「アメリカ経済」がなんだかんだ好調な根本理由

バイデン大統領

知られざる「バイデノミクス」の実績をご紹介(写真:© 2024 Bloomberg Finance LP)

アメリカの大統領選の出馬を断念したジョー・バイデン大統領。その経済運営については日本ではあまり語られることがないが、実はオバマ政権やトランプ政権とは明確に違う「特徴」があるという。カリフォルニア州立大学バークレー校のスティーブン・ボーゲル教授が知られざる「バイデノミクス」の実績を紹介する。

トランプ政権を上回る経済的な実績

バイデン政権は、GDPを成長させ、インフレを抑え込み、さらにインフレ率を大きく低下させることで、G7の他の国々と比べて、パンデミック後の経済の課題をうまく克服してきた。さらに、雇用や製造業への投資、連邦債務の増加、健康保険、子どもの貧困などに関する多数の指標を見ると、バイデン政権は、経済運営でトランプ政権を上回っている。

だが、多くのアメリカ人はこの実績を信用していない。『ニューズウィーク』誌の最新の世論調査では、アメリカ人の46%が、ドナルド・トランプ前大統領がホワイトハウスを去った2021年1月よりも経済は悪化したと考えているのに対し、33%が経済は改善していると回答している。

また、イギリスのガーディアン紙が5月に行った世論調査では、調査対象者の56%が、経済が景気後退に陥っていないにもかかわらず、景気後退に陥っていると考えていることがわかった。

49%は、S&P500株価指数が年間で12%上昇したにもかかわらず、下落したと思っているほか、49%は、失業率がほぼ50年ぶりの低水準である4%を下回っているにもかかわらず、50年ぶりの高水準にあると信じている。

ABCニュース/ワシントン・ポスト/イプソスの世論調査によると、7月時点でのアメリカ人による経済運営に関する評価では、トランプがバイデンを10%上回っている。トランプは8月の世論調査でも同様に、大統領選で対決するカマラ・ハリス副大統領に対して9%のリードを保っている。

これは、ハリス陣営にとって、現時点で彼女の勢いが好調であることを考慮しても、重要な課題だ。民主党は党大会で、バイデン、ハリス両氏の経済実績を守るために果敢な努力をしたものの、それだけでは深く根付いた認識を取り除くには十分ではないかもしれない。

ここれではっきりさせておくが、私自身は、好調な経済はすべて政治指導者の手柄である、あるいは低迷する経済はすべて政治指導者の責任である、と主張しているわけではない。しかし、バイデンンの効果的な経済運営と、それに対する一般的な認識との間の大きな乖離は、控えめに言っても不可解である。

バイデン政権の経済運営で評価が高かったのは?

ヘザー・ロングとエイデン・バートンは、7月18日付のワシントン・ポスト紙で、トランプとバイデンの経済運営を17項目で比較した。その結果、インフレ、賃金、住宅購入、消費者心理、年収、株式市場との比較から、トランプの経済運営にインフレの点で優位性を与えた。

一方、バイデンの経済運営では、雇用増加数や経済成長、郡別の雇用、アフリカ系アメリカ人労働者、アメリカの製造業、産業別の雇用創出、住宅価格、起業促進、健康保険、子どもの貧困、連邦債務の点で優位性が認められた。また、不平等に関する点では、どちらにも明確な優位性は見られなかった。大雑把なポイント制度を採用するなら、バイデンが11対5で明らかに勝利したことになる。

アメリカ経済自体は、両大統領のもと、力強く成長してきた。パンデミック前のトランプ政権下で、インフレ調整後のGDP成長率は年間2.5〜3%に達し、その後、バイデン政権下の2021年に6%近く、2022年に1.9%、2023年に2.5%の成長を記録している。

アメリカではパンデミック前に、トランプ政権下で670万人の雇用が創出されたが、パンデミック後は、同政権下で270万人の雇用が失われている。その後、バイデン政権下で1570万人の雇用が増えた。

ただ、バイデン政権下での好景気は高インフレと相まっている。インフレ率は、トランプ政権の4年間では15.4%だったのに対し、バイデン政権の最初の3年間では19.4%になった。

このこともあって、アメリカ人はトランプ政権下のほうが、経済がいいと感じていた。ミシガン大学消費者信頼感指数は、パンデミック前のトランプ政権下では72から101、バイデン政権下では50から88で推移したことが報告されている。

今年7月のアメリカの雇用統計は予想よりも弱く、失業率が4.1%から4.3%に押し上げられ、アメリカ、日本、その他の主要国の株式市場が下落する原因となった。しかし、市場は回復し、現在、連邦準備制度理事会(FRB)は経済活動を維持するために9月中旬に金利を引き下げると予想されている。

インフレはバイデンの責任ではない

私は、ロングとバートンの比較結果は、実際にはバイデンとトランプの経済運営における成果の差異を過小評価していると指摘したい。先進国に蔓延したパンデミック後のインフレをバイデンの責任にするべき理由はほとんどなく、前述のように、アメリカはこの課題をたいていの貿易相手国よりもうまく克服している。

加えて、バイデン政権が長期的に成長と経済的平等を強化する政策に軸足を移しているのに対し、トランプ政権は富裕層や権力者を優遇する減税による短期的な景気刺激策に注力。アメリカでは政治が極端に二極化しているにもかかわらず、バイデン政権は、インフラ投資や製造能力強化、グリーン移行推進のための主要法案を可決することに成功している。

また、バイデン政権は、オバマ政権やトランプ政権とは一線を画し、賢明にも「マーケットクラフト」に取り組んできた。

これは、独占禁止法や労働規制などの市場ルールの改革を意味するが、この目的は競争やイノベーションの促進、そして、経済と政治の力関係のバランス化である。その点で、バイデン政権は1980年代以降、アメリカの経済政策を支配してきた新自由主義のパラダイムを、貿易保護に専念してきたトランプ政権よりもはるかに生産的な方法で打破した。

こうした中、ハリス陣営は現政権が独占企業と闘っているほか、薬価の引き下げを実現しようとしてきたこと、そして、大統領選に勝利すれば、こうした取り組みをさらに促進すると強調している。

こうした実績を残しているにもかかわらず、バイデン・ハリスの経済政策はこれほどまでに評価されないのだろうか。1つには、国民がインフレを好んでおらず、インフレをバイデン政権の責任にしていることが挙げられる。

物価上昇率は低下しているが、物価の合計値は低下しておらず、物価はまだ高すぎるという一般的な認識が、雇用や賃金の成長などほかの成果を圧倒している。ハリス陣営はこうした認識を改めるのに苦慮するかもしれない。

共和党の経済運営への信頼が高いのはなぜ

しかも、この問題は長期的にはさらに深刻になる可能性がある。

2021年のニューヨーク・タイムズ紙の分析によると、1933年以降、民主党大統領の下での経済成長は4.6%であるのに対し、共和党大統領の下では2.4%となっている。しかし、アメリカ人は共和党が経済を運営することに高い信頼を寄せる風潮がある。

これはおそらく、減税や規制緩和など、共和党大統領の政策を支持する傾向のあるビジネスリーダーやその他のエリートが、大衆の経済に関する認識に過剰な影響力を与えたことが背景にあると考えられる。

トランプの場合、多くのアメリカ人は、彼はビジネスで成功したから経済をうまく運営できると考えている。そのどちらも正しくないことを示す証拠があるにもかかわらず、だ。

民主党の大統領候補がバイデンからハリスに交代したことによって、民主党の経済政策に対する懸念は多少後退したが、払拭されてたわけではない。ハリスは勝負の流れを大きく変えることに成功したが、経済政策でもバイデンの流れを汲みながら独自性を打ち出すことができるだろうか。

(スティーブン・ヴォーゲル : カリフォルニア大学バークレー校教授)

ジャンルで探す