認知症の父が母の介護ベッドを壊すほど怒った訳

認知症の父親が起こした「介護ベッド破壊」事件から、認知症患者さんとの付き合い方を考えます(写真:Mills/PIXTA)
6年後の2030年、認知症の患者数が推計523万人に上るとされる。これは高齢者のおよそ14%、およそ7人に1人に当たる数で、増加する認知症患者をどう支えるかが大きな課題となっている。
これまで1000人を超える患者を在宅で看取り、「最期は家で迎えたい」という患者の希望を在宅医として叶えてきた中村明澄医師(向日葵クリニック院長)の連載。今回は、老老介護の事例をもとに、どんな支え方や言葉がけが必要か、困ったときにはどこに相談すればいいかを、みていきたい。

「診断された」記憶がない

病気の妻を介護しながら2人で暮らしているAさん。私はAさんの妻の在宅医として、Aさん家族と関わるようになりました。

Aさんは10年ほど前に認知症と診断されています。ただ、進行が緩やかで、生活に大きな支障をきたしていないこともあり、特に治療を受けることなく過ごしてきました。

認知症と診断されたとき、Aさんも医師から説明を受けていますが、その説明自体を忘れており、自分自身が認知症とはまったく思っていません。そうしたこともあって、妻の面倒は十分に見ることができているという認識でいました。

ところが、それゆえに周囲が困り果てる場面が増えてきたのです。

Aさんの妻は、心不全で在宅酸素を使用しており、ほぼ終日、ベッドの上で過ごしています。介護や生活のしやすさを考えると、家の中心にあるリビングに介護ベッドを置いたほうがよく、Aさんもそれに納得してくださいました。

にもかかわらず、ベッドを設置した日、Aさんは「こんなところにベッドがあったら邪魔じゃないか!」と逆上したのです。事前に相談し、了承を得たうえで入れたはずのベッドなのですが、Aさんはどうやら、その話し合いをすっかり忘れてしまったようなのです。

その場に居合わせた介護スタッフが、「お話ししましたよ」「AさんもOKとおっしゃっていたのに」などと言おうものなら、「俺は聞いてない!」と、さらに怒りがヒートアップ。力任せにリビングからベッドを移動させた結果、ベッドが壊れてしまいました。

包丁をちらつかせてケンカ

スタッフに聞けば、こうしたトラブルは“これまでにも何度も起きている”よう。

認知症の影響で、感情のコントロールが利かない場面も出てきており、例えば近くに住む子どもと親子げんかをしたときには、包丁をちらつかせて脅すようなことも何度かあったといいます。

言ったことを忘れるのは日常茶飯事で、「何回も言ったでしょ」と言っても、「歳だからな」で終わるのが常でした。

周りが認知症を疑っても、本人が病院を受診しようとしないケースはよく見られます。本人は日常生活を滞りなく過ごせていると“思い込んでいる”ため、家族が「病院で診てもらおう」と言っても、「必要ない」と断ってしまうのです。

しかし、生活に困りごとが出てきていたら、家族だけで抱え込むのは望ましくなく、できれば専門家の支援につながったほうがいいのです。そのためにも、まずは専門の機関や専門家に相談することが大切です。

Aさんの場合、本人は「できている」と思い込んでいても、子どもたちから見たらできていないことが山のようにありました。

例えば、妻の服薬管理がおろそかになっていたり、受診の予約時間を忘れて出かけてしまったりなどで、いずれも記憶力の低下が原因だと考えられます。

認知症の家族に困りごとが生じた場合、最初の相談窓口となるのは、お住まいの地域の最寄りにある地域包括支援センターです。

介護・医療・保健・福祉などの側面から支援が必要な人を支える総合相談窓口で、誰もが住み慣れた地域で生活できるように、専門知識を持った職員が、介護サービスや介護予防サービス、保健福祉サービス、日常生活支援などの相談に応じています。

ですから、必要な支援につなげるには、まずは地域包括支援センターで、具体的な困りごとについて相談するのが第一歩です。

認知症初期集中支援チーム

さらに認知症の場合には、医師や看護師、介護福祉などの専門家で構成される「認知症初期集中支援チーム」と呼ばれる組織を、認知症が疑われる人や家族の元に派遣する、無料の公的支援サービスもあります。これは認知症の早期診断・早期対応に向けた支援体制を整えるのが目的です。

対象者は、在宅で生活している40歳以上の人で、認知症の疑い、または認知症と診断されている人です。

表にある、いずれかの基準に該当するのが条件になりますが、多くの人が当てはまると思います(※外部配信先では表を閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。

認知症の初期症状には、怒りっぽくなる、頑固になるなどの傾向も見られます。しかし、認知機能が低下している相手に対し、正論を振りかざしたり、頭ごなしに否定したりするのは得策ではありません。

説明しても、納得してもらうのは難しいと割り切りましょう。基本的には、否定をせずに、寄り添うことが大切です。

どんな対応がいいのか?

冒頭のAさんは相談されたことを忘れて、リビングにベッドを置かれたことに怒っていましたよね。

この場合、どんな対応がよいのか例を挙げてみると、記憶がない本人に対し、「ベッドをここに置くって言ったよね?」「覚えてないの?」などと言うのは、火に油を注ぐ事態になってしまうので、避けたいところ。

まずは「どうしたの?」「何で怒ってるの?」と、何が不満でイライラしているのか、話を聞くこと。実際、Aさんに「どうしたの?」と聞いてみると、「だってベッドがなぜこんな場所にあるのか、わからないんだ」と説明を始めました。

そのときは本人の言葉を否定せず、「ああ、そうだったんだね」「びっくりしちゃったよね」と、寄り添うひとことを言えたら、本人は穏やかさを取り戻せることも多いのです。

同じ質問を何度も聞かれたとしても、「だからさっき言ったでしょ」と突き放さず、「そうなんだね」と共感する。そうした言葉がけ1つで困った行動が落ち着いたり、怒りっぽさが軽減されたりすることがあります。

「言ったよね?」と言いたくなる気持ちもわかりますが、本人や家族が穏やかに日常生活を過ごすためにも、そのひとことをぐっと飲み込んで、寄り添う姿勢を忘れないように努めてほしいです。

認知症はわかりにくい病気

認知症は、症状が進行していても、会話が普通に成り立つ場合も多く、はたから見るとわかりづらいこともある病気です。

子どもからしたら、親の認知機能が落ちているのを認めたくない気持ちも働き、「うちの親に限ってボケることはない」と、都合のいい解釈をしてしまいがちです。

年齢とともに記憶力が低下するのは、誰しもに起こる老いの変化の1つ。「あれ?」と思ったら、前出の地域包括支援センターで相談してもいいですし、かかりつけ医がいたら、そこに相談するのもいいと思います。

記憶力は落ちていても、適切な薬の服用や言葉がけによって、穏やかに暮らすことはできます。

また地域包括支援センターや医療機関のみならず、認知症カフェや地域でのコミュニティなど、同じような悩みを抱えている本人や家族が交流し、支え合えるような場も広がっています。

家族だけで抱えこまないで、ぜひ相談してほしいと思います。

(構成:ライター・松岡かすみ)

(中村 明澄 : 向日葵クリニック院長 在宅医療専門医 緩和医療専門医 家庭医療専門医)

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