バイデン氏が大統領選を辞退したら何が起こるか

ジョー・バイデン候補(写真:© 2024 Bloomberg Finance LP)

世界の未来を変えてしまうかもしれない、興味深い出来事が起こりました。6月27日、アメリカのCNNが開催したアメリカ大統領選挙の候補者討論会で、現職大統領のジョー・バイデン候補と返り咲きを狙うドナルド・トランプ候補が対決しました。

結果はというと、圧倒的に精彩を欠いたバイデン氏の映像を全米の有権者が目にすることになりました。CNNの世論調査では今回の討論会についてトランプ氏の勝利と答えた人が67%となりバイデン氏勝利の33%にダブルスコアをつける結果になりました。

選挙での支持率は過去一年間でトランプ氏がやや有利ではあるものの、これまで支持率は1ポイント差以内にほぼほぼ収まる接戦状況が続いていました。ところが討論会直後にこの支持率の差は2ポイント近く開きます。

この後、現在行われている刑事裁判でトランプ氏への量刑言い渡しが7月11日に予定されています。おそらく有罪が言い渡されるとしてそこで一定レベルの揺れ動きはあるにせよ、7月15日に始まる共和党の党大会ではまず間違いなくトランプ候補が正式な大統領候補に選出されるでしょう。

トランプ旋風によるさらなる影響

討論会の結果はトランプ大統領誕生の可能性が一段と高まったというだけではありません。11月の選挙ではアメリカの上下院の選挙も行われます。この改選選挙では強い大統領候補がいる党が有利に選挙戦を運ぶ傾向があります。

上院では現在100議席のうち51議席とわずかに共和党を上回っている民主党が、改選では過半数を失う可能性が高いと考えられています。問題は完全に均衡状態にある下院ですが、この先のトランプ旋風次第ではここでも共和党が議席を増やす可能性が出てきました。

そうなると何が起きるかというと、2016年以来のトリプルレッドが起きます。共和党のシンボルカラーは赤であることから、大統領、上院、下院それぞれで共和党が多数を占めることをトリプルレッドと呼ぶのですが、その状況が再来することになります。

世界経済の未来はどうなってしまうのか

さて、私は経済に関わる未来予測の評論家です。世界経済の未来が気になる人にとって重要な話はここからです。

トリプルレッドになると何が起きるかというと共和党の法案が通りやすくなります。ひとことでいえばトランプ大統領の政策に近い法案がどんどん議会を通過するという現象が起きます。

そこから想定すべき未来が「中国とアメリカの関係悪化」「日本を含む貿易相手国との関税引き上げ」そして「地球温暖化を抑止する脱炭素政策からのアメリカの離脱」といったことが考えられます。それを専門家が「もしトラ」と呼んで警戒していたのですが、今回の討論会の結果「もしトラ」どころか確実にトランプ新大統領が誕生しそうな方向に矢印が傾き始めたのです。

さて、ここまでの話が7割方起きるであろうこの先の未来の話です。しかしひょっとすると2割以下の確率だとは思いますが、別の未来が起きるかもしれません。

「もしトランプの相手候補がバイデンでなくなったら何が起きるのか?」という別の未来の話です。

そもそもの話をさせていただくと、私のように未来予測を専門とする人間は、イレギュラーな出来事が起きるとそこに注目する習性があります。今回の討論会、あきらかにイレギュラーでおかしなことがありました。

それは討論会の開催時期です。これまでのアメリカの大統領候補のテレビでの直接対決は基本的に7・8月の両党の候補者選挙が終わった後に開催されていました。それがなぜか今回は6月に開催されました。

通常ではないおかしなことが起きる場合には、何らかの理由があるというのが私のこれまでの経験値です。今回のケースでいえば6月に討論会をすることで、今回のような結果が起きることをあらかじめ示しておきたかった勢力がいたということではないでしょうか。

仮にそのような勢力がいたとしたら、結果は彼らの期待通りになったはずです。6月27日を境に民主党支持者の多くが「バイデンではだめだ」と考えるようになったのです。

トランプ対バイデン以外の組み合わせの可能性は?

では誰がそれを望んだのかというと、論理的に考えうるのは民主党の重鎮たちです。バイデンが拮抗のすえに競り負けるのであれば大統領は共和党、議会は民主党というようなねじれ状態が生まれる可能性も期待できますが、圧勝となるとトリプルレッドが起きてしまいます。

それを阻止するためにぎりぎりのところで彼らが動いているのではないかというのが、異例の時期にテレビ討論が開催されたことに関する私の推測です。

アメリカの大統領選挙は仕組みとしてはこの秋、トランプ対バイデン以外の組み合わせは起きえないことになっています。なぜなら昨年秋に始まった各州の予備選挙でこれまでバイデン候補が民主党の過半数の選挙人の票を集めているからです。

しかしこの前提には唯一の例外があります。それがバイデン候補が自ら降りた場合です。

通常ではまず起きないはずですが、仮にこの先、バイデン候補の支持率が急落していったとしたらどうでしょう。8月までの間に明確な数字としてトランプ候補との支持率の差が取り返せないほど開いていけば、本人もそれを深く自覚するタイミングが来るはずです。

そのタイミングで民主党の重鎮がバイデン候補を説得する準備ができているとしたらどうでしょう。具体的にはバイデン大統領の親友でもあるバラク・オバマ元大統領が直接、バイデン大統領をねぎらったうえで、候補を辞退するよう進言したらどうなるのでしょうか。

そうなると8月の民主党党大会は大混乱に陥ります。新しい候補を急遽選ばなければならない。しかしその候補ではおそらくトランプ候補には勝てない。じゃあどうすればいいんだということになるわけです。

バイデンが候補を辞退したら誰が代わりに?

ここが実はポイントです。「別の候補ではトランプに勝てない」と考える人が想定する次善の策の候補はカマラ・ハリス副大統領です。アメリカ人女性としての初めての副大統領でありながら、この人、国内での評判がいまひとつ良くはないのです。そこにもっと勝てる若い候補がこのタイミングで出現する可能性があります。

大統領選挙に関しては世論調査とは別に、これはアメリカらしいのですが、賭けのサイトがいくつもあって、それぞれオッズを発表しています。賭け事は水原一平氏が逮捕されたようにアメリカには違法の州もあるのですが、合法の州もたくさんあります。そして賭けのオッズというものは意外と世論を正しく反映しているものです。

それで見るとカマラ・ハリス氏はドナルド・トランプ氏との対決では20:1のオッズで大敗すると予想されています。

ではそれよりも強い民主党の候補者はいるのでしょうか? 実はふたりいます。

ひとりはオバマ大統領の奥さんであるミッシェル・オバマ氏。人気はあるのですが賭け率ではやはりトランプ氏との対決では2桁のオッズになってしまいます。

そこでこの人です。民主党の候補者でバイデン氏の次にオッズが高いのがギャビン・ニューサム氏、現職のカリフォルニア州知事です。彼は56歳で、外見は俳優のマイケル・ダグラス似のイケメンで、出馬を表明していないのにもかかわらず大統領選のオッズは1桁の6~9倍。しかもこのオッズ、6月27日の討論会直後から急騰し始めています。

このニューサム氏、大統領選には出ていないにもかかわらず、昨年秋には当時共和党の大統領候補で、トランプ氏と政策が近いとされていたフロリダ州のデサンティス知事との討論会に参加しています。ジョー・バイデン支持を表明しつつも、その後釜に名乗りを上げる準備は十分にできているのです。

ニューサム氏がトランプ候補の対決相手になったら

そしてここが経済の未来予測としては一番重要な論点なのですが、もしニューサム氏がトランプ候補の対決相手に選ばれたとしたら何が起きるでしょうか?

実はニューサム氏はバイデン氏と政策が近いのです。カリフォルニア州知事ですから、全米でもとりわけ脱炭素には熱心です。LGBTについても理解があり、2004年のサンフランシスコ市長時代に、当時州法がまだ違法としていた同性婚を認めたことで全米の注目を集めたこともありました。ひとことでいえば典型的なリベラル政治家で、その意味では政策はトランプ候補の対極です。

とはいえ全国的な知名度はまだ低いニューサム氏が大統領を目指すとしたら選挙戦をどう戦うのでしょうか。実はニューサム氏には他の候補にはない圧倒的な強みがひとつあります。

それはサンフランシスコ市を含むシリコンバレーで圧倒的に支持されているということです。ニューサム氏はコロナ禍に行った政策でリコール選挙が行われたことがありました。カリフォルニア州の北東部では反対票も多かったのですが、シリコンバレー中心に圧倒的な支持票が投じられたことでリコールは否決されました。

もしトランプ候補との決戦が行われるとしたら、その行方を左右するものはSNSになるでしょう。そのSNSの利用に関して言えば、全米で一番手慣れたひとたちがニューサム氏の支持者になるのです。

そして浮動票から共和党の穏健派まで、正直トランプ老人にも票を入れたくはないと考えるひとたちは少なくありません。ここが動けばまさかの新大統領誕生もありうる話だと思いませんか?

もしトランプ氏が選挙に負けたら

「もしトランプ氏が大統領に返り咲いたら」という意味の「もしトラ」では2025年以降の経済情勢について、石油回帰、中国との関係悪化、ウクライナからの撤退などバイデン政権の政策がことごとく覆る可能性が危惧されていました。

しかしもうひとつの「もしトラ」つまり「もしトランプ氏が選挙に負けてしまったら」が現実になるとしたら、脱炭素政策は2025年以降加速し、ウクライナには継続的な支援が続けられ、世界の分断にも一定の歯止めがかかるかもしれません。少なくとも世界は「これまでの予想よりはかなりましな未来」になるでしょう。

その結果、日本経済を取り巻く来年以降の前提条件についても「変わる」可能性が急に出てきたのです。そう考えるとやはり、イレギュラーな大統領討論会が行われた背景には、本当に何者かの政治的な意図があったのかもしれないと考えてしまいます。

(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)

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