DMG森精機のロシア子会社「強制収用」までの顛末

DMG森精機の海外売上高比率は80%超。5軸・複合加工機などの超高性能機や自動化を得意とする(撮影:梅谷秀司)

「ロシアの製造子会社ですね。2年ほど、ウクライナの侵攻が始まってから(操業を)止めていたわけですけども、(プーチン氏による)大統領令が出てですね、正式に差し押さえられました」

世界最大級の工作機械メーカー、DMG森精機の森雅彦社長は、4月26日の決算説明で淡々とこう報告した。

DMG森精機の子会社だった「Ulyanovsk Machine Tools ooo」は2月19日付で、ロシア政府に株式を強制収用された。これを受けてDMG森精機は同社を連結対象から除外し、約148億円の損失を計上した。加入していた海外投資保険への求償で相殺できる見込みという。

在庫の工作機械はどうなった?

ここで気になるのは、現地で管理していた工作機械の所在だ。DMG森精機は昨年9月、ロシアの軍事産業へ製品を供給したとして、ウクライナ政府からドイツ子会社を「戦争支援企業」と認定された。DMG森精機は全面否定し、2本の声明文を発表した。

その中でロシア国外で製造され、ウクライナへの侵攻開始より前にロシア国内に持ち込まれた在庫機18台を現地法人が安全に保管していると釈明。これらの機種のグレードは不明だが、工作機械はものによっては、核兵器開発などの軍事向けに転用されるリスクがある。

DMG森精機はロシアのウリヤノフスクに製造工場、モスクワに販売・サービスの拠点を有していた。そのうち前者への支配権を失った今、封印されたはずの機械たちはどこにあるのだろうか。

東洋経済は5月13日にロシアで管理していた18台の性能や、ロシア政府による子会社収用後の所在を尋ねた質問状をDMG森精機へ送付した。同時に盛り込んだ決算内容に関する質問に対しては、5月21日付で文書による回答が届いた。

DMG森精機の森雅彦社長。伊藤忠商事を経て1993年入社。1999年から社長を務める。日本工作機械工業会副会長も務める(撮影:梅谷秀司)

ただ、ロシアに関連する部分については一切の言及がなかった。回答する意思はないのかと5月24日に改めて広報担当者へメールで尋ねたが返信はなかった。

ロシア軍が2022年2月24日にウクライナへ攻め入った後、DMG森精機は3月3日付で「ロシア事業の影響について」と題する文書を公表した。2021年度にロシアで販売した工作機械の約60%が現地生産、残りは日本や欧州からの輸入品だったという。

さらに「20台強のロシアのお客さま向けの受注残を抱えているが、その出荷を停止した。ウリヤノフスクの組立工場での生産も中止した」と明言。5月には現地の従業員約270人を解雇し、ロシアから事実上撤退した。

当時の報道によると、現地会社には少数の社員が残り、顧客のアフターサービスなどのみに従事していたはずだった。しかし2023年9月20日、ウクライナの国家汚職防止庁(NACP)が、次のような文章を発表した。

ウクライナ政府の認定

「DMG MORIはロシア市場の積極的な参加者であり続けており、これは公式声明と矛盾」「ロシアとの協力を続け、軍事力を支援している」

そしてNACPは、DMG森精機のドイツ子会社を国際戦争支援企業のリストに追加すると宣言した。同リストには日本たばこ産業の海外子会社JTIも掲載されていた。ウクライナ政府は他国からの抗議を受け、このリストは削除済みだ。

メディアが「戦争支援」認定を報道すると、DMG森精機は2023年9月29日に1本目の声明文を出した。一部を以下に引用する。

「DMG MORIは、2022年3月に当社ホームページにリリースの通りロシアでの生産・販売・サービスを停止しております。また、今日に至るまで、DMG MORIはこの宣言を遵守しています。
現在、DMG MORIがこの宣言を反故にしたかのような印象が持たれているようですが、そのような批判は完全な誤りであり、全てを否定します」

文中には、事実関係を調査する旨も記されていた。一方、NACPは同日、ホームページ上に続報を掲載。そこでは「(DMG森精機側が)2022年後半だけで、1600万ドル相当の商品とサービスをロシアで販売し、2023年の最初の3カ月でさらに200万ドルの利益を上げた」と述べられていた。

約1カ月後の10月25日、DMG森精機は「ロシアに関するステートメント」と題して、ロシア事業に関する調査結果を公表。ウクライナへの侵攻後、ロシアへ販売されたり、持ち込まれたりした機械は1台もないと改めて強調した。

それ以前から同国内にあった18台については、現地の拠点で厳重に管理されており、「第三者によるアクセスは不可能」と断言している。ただ、現地で生産された一部の機械については、以下のように流出を認めた。

「複数のDMG MORIロシア法人の従業員が、自己判断で、ロシア製の機械複数台をロシア国内の顧客に販売したことが判明しました。また、ロシアで製造された機械122台の殆どを購入し、ロシアの顧客に再販した会社3社を特定。(中略)納入したエンドユーザーはすべて民生用途です」

解雇後に行動を制御するのは不可能

現地法人はリストラをすでに実施しており、「解雇後に彼らの行動を制御することは不可能」とも指摘。「法令に違反した事実はないとはいえ、ロシア国内での販売はDMG MORIの厳格な方針に違反しております」と非難した。

そして2024年2月、ロシア政府は現地の製造子会社の株式を強制収用し、DMG森精機はこの事実と業績への影響を公表するに至った。2022年のロシア事業撤退から2年にわたり、混乱が続いたことが見て取れる。

こうした独裁国家による他国への侵略行為や経済活動への介入を、事前に予期するのは難しい。中国をはじめとして、海外で事業に取り組む際の地政学リスクは多くの日本企業にとって喫緊の課題だ。グローバル展開するトップメーカーとして、今回の経緯についてできる限り情報を開示し、教訓を社会に残してほしい。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)

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