楽天モバイル「プラチナバンド」ともう1つの武器

700MHz帯基地局を介した試験通話に臨む楽天モバイルの三木谷浩史会長(筆者撮影)

楽天モバイルは2019年に“第4のキャリア”として新規参入を果たして以来、全国にエリアを拡大してきた。契約数は2024年4月に700万回線を突破し、他キャリアの背中が見える状況となってきた。一方で、度々指摘されてきたのがエリアの狭さだった。特にビルの奥まった場所や地下街では電波が届きにくいという課題があった。

その状況を打開すべく、2023年総務省から割上げを受けて準備を進めてきた“プラチナバンド”がいよいよ始動。同社は携帯電話エリアの拡充に関する発表会を2024年6月27日に開催し、700MHz帯の基地局を介したビデオ通話を行うデモンストレーションなどを披露した。

われわれが本当に熱望していたもの

総務省から割り当てられた700MHz帯は、携帯電話エリアの設備に欠かせない周波数帯域で、プラチナバンドが通称だ。壁などに当たっても浸透しやすい特性を持つ。

プラチナバンドによって、ユーザーの通信環境は大きく改善され、特に電波の届きにくかった場所での通信品質向上が期待される。都心のオフィスビルの谷間のような場所でも、LINEやメールがストレスなく使えるようになるだろう。

三木谷浩史会長は「プラチナバンドは、われわれが本当に熱望していた最終的な兵器……と言うと怒られちゃうかもしれないが、大変重要なもの」と強調する。

さらに、5G関連でも進展があった。特に関東圏では、衛星との電波干渉問題が解決する。これにより5G基地局の出力を増強でき、安定して通信・通話が行えるエリアの拡大が見込める。

楽天モバイルが総務省から割り当てを受けた700MHz帯は、携帯電話エリアの整備に欠かせない周波数帯で、プラチナバンドは通称だ。壁などに当たっても浸透しやすい特性を持つため、エリアの半径を拡大するときに活用しやすい。

通話試験の様子(筆者撮影)

三木谷会長は「海外キャリアの関係者からはプラチナバンドは数千億円の価値がある。よく獲得できたと言われた」と胸を張るが、獲得までの道のりは平坦ではなかった。

当初、楽天モバイルは既存キャリアが持つプラチナバンドの一部再配分を総務省に求めていた。これに既存キャリアが強く反発。議論の末、NTTドコモが妥協案を提示した。それが700MHz帯のガードバンド(干渉防止用の未使用帯域)の活用だった。この“隙間”を削り出す形で、楽天モバイルの700MHz帯が誕生したのだ。

上の図で赤線で囲った部分が楽天モバイルに割り当てられたプラチナバンド。ほかのキャリアよりも帯域が狭い(出典:総務省資料)

しかし、楽天のプラチナバンドも万能ではない。割当て幅は上下3MHz幅で他キャリアの10MHzより狭くなっている。この帯域幅では、1つのアンテナからの電波を1つの端末で独占したとしても、4G LTEの通信速度は30Mbps程度が限界だと考えられる。10台もつなげると速度がでなくなる計算だ。

つまり、楽天モバイルのプラチナバンドでは、他キャリアのプラチナバンドのように、1つの大きな基地局で広い面積をカバーするような整備の仕方は難しいということになる。

“1局”からと抑制気味の展開計画

楽天モバイルは完全仮想化した携帯電話ネットワークを特徴としている。そのため、基地局の既存設備を流用しつつ、700MHz帯用のアンテナ(RU)を追加するだけで改修工事が完了する。これにより、コストを抑えながらエリアを拡大できる。

とはいえ、アンテナを取り付ける工事が発生するのは変わらない。そのため、迅速なエリア拡大は望めないだろう。

楽天モバイルの計画では、既存の1.7GHz帯を中心に整備を進める。そのうえで、この周波数帯でカバーしきれなかった地点にスポット的に700MHz帯を整備していく方針だ。

6月27日時点では東京都内の1つの基地局からスタート。関東地方から順次拡大していく方針だ。楽天モバイルの提出した開設計画では、10年で544億円を投資し、700MHz帯をカバーした基地局を1万661局開設する計画だ。

過去の例を見るとイー・アクセス(現ソフトバンク)の700MHz帯の開設計画では、2015年からの10年間の設備投資額が1439億円、開設基地局数が1万4994局という規模だった。投資額と開設基地局数の規模に大きな差がある。

ただし、すでに1.7GHz帯で全国に展開し、5Gの周波数割当ても受けている楽天モバイルと、当時のイー・アクセスを単純に比較することは難しい面もある。楽天モバイルにおいて今回獲得したプラチナバンドの重要度が相対的に低いことを示唆しているのかもしれない。

5Gでは三大都市圏でエリア大幅拡大

楽天モバイルは、5G基地局の設置を急速に進めており、現在1.7万局を突破したと発表した。特に5Gのエリア整備で当面の主力となるSub6周波数の整備では進展があった。衛星との干渉問題が解決され、関東圏でSub6エリアを最大1.6倍まで拡大できる見込みが立った。また、東海地方では1.7倍、近畿地方では1.1倍のエリア拡大をすでに完了している。

関東エリアではSub6エリアが最大1.6倍まで拡大する(筆者撮影)

5Gは3.7GHz帯の電波を使用するが、この周波数帯は衛星放送受信設備も利用している。そのため、衛星地上局付近では5Gの出力を抑える必要があった。

しかし、対策工事の進展によりこの問題が解消された。その結果、5G基地局の出力を増強できるようになった。楽天モバイルは、この出力向上を5月から年内にかけて順次実施する方針だ。

三木谷会長は「出力アップにより、5Gを使っていただく方の1基地局あたりのトラフィック量が約2.3倍になる」と述べ、5G利用が浸透していることを強調した。

出力増強で5Gユーザーのトラフィックが2.3倍に拡大。接続ユーザー数も1.5倍に増えた(筆者撮影)

また、三木谷氏は4Gと5Gの間のハンドオーバー(切り替え)がスムーズに行えることも、楽天モバイルの強みとして挙げた。つまり、街中を動き回っている時に、4Gと5Gの切り替えのタイミングで通信が途切れたりすることなく、快適に利用できるネットワークになっているという。

この衛星通信の出力問題はKDDIとソフトバンクも同様に直面していた。KDDIは6月にSub6エリアを関東地方で2.8倍に拡大したと発表している。

KDDIローミングこそ真の最終兵器か

楽天モバイルには、もう1つの切り札がある。KDDIとのローミング協定だ。

この協定により、楽天の整備が追いついていない都心の商業施設内などで、KDDIの4G LTE回線を借りてエリアを補完できる。当初、このローミング協定は楽天の新規参入を後押しするための一時的な措置で、段階的に縮小する予定だった。

ところが、三木谷会長は「KDDIとのローミング系のネットワークをさらに拡大していく」と述べた。実際、昨年4月にKDDIと新たに提携したローミング協定に基づき、都心の一部繁華街でのローミング提供を開始している。
【2024年7月3日20時20分 追記】上記のローミング協定の記述について、初出時から修正しました。

他社の力を堂々と借りられることが、楽天モバイルにとって真の“最終兵器”なのかもしれない。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)

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