資産運用しない高齢者を待ち受ける悲惨な未来

(写真:Luce/PIXTA)

岸田政権が、今年の秋にも年金生活者に対して経済的な支援を行うことを打ち出している。例によって、財源を調達してからの議論ではなく、赤字国債の発行による財源調達と考えられているが、このままでは日本の財政はそう遠くない将来には、危機的な状況に陥るのではないか……。それほど、日本の財政規律は緩みっぱなしと言っていいだろう。

そんな状況では、将来的に年金制度や皆保険制度が維持できるのか、不安に思う人は多いはずだ。とりわけ、Z世代と呼ばれる若年層は、将来的に自分たちの老後を政府が面倒を見てくれるとは思っていない傾向が強い。自分の将来は、自分で切り開く以外に方法はない、と思っている若者は多い。

その一方で、シニア世代と呼ばれている60歳以上の高齢者は、現在でも自分たちの老後は、政府の用意してくれる年金制度を頼りに暮らしていこう、暮らしていけると考えている人が少なくないようだ。確かに、現在では、70歳を超えてからも働いている人は数多いが、基本的に定年退職まで貯めたお金をベースに、年金を中心とした老後設計を立てている人が多いはずだ。そして、数多くの高齢者は自分の資産を銀行預金や郵便貯金に預けたままで安心している、運用しない人が大半だろう。

しかし、世界はここに来て大きく方向転換し、「新しい戦前」とも呼ばれるような、将来を見通せない不安定な時代になってきている。そんな状況の中で、果たして資産運用をせずに、銀行預金や郵便局の貯金だけで老後が乗り切れるのか……、考えてみたい。

「2025年問題」をどう捉えるか?

2025年問題というのは、戦後ベビーブーム世代と呼ばれる、1947~1949年の3年間に生まれた約800万人の世代が、揃って75歳以上の後期高齢者になることを意味している。戦後の人口爆発によって誕生した「団塊の世代」と呼ばれる人々のことだ。これまでにも、日本の消費動向や文化など、経済全体に影響を及ぼしてきた。彼らが揃って後期高齢者になれば、さまざまな面でこれまでの常識が通用しなくなると考えていいかもしれない。

10年前の予想では、2025年には3500万人の高齢者人口になるとされていたのだが、2023年1月1日現在の高齢者人口は、すでに約3617万人(総務省統計局、2023年6月の概算値)となっており、総務省の人口推計を超えている。ちなみに、認知症の高齢者の数も約320万人と想定されていたのが、2025年には約675万人になるだろうと指摘されている(「2025年問題とは|与える影響や対策を社労士が分かりやすく解説 朝日新聞SDGs ACTION! 2023年8月1日配信)。

社会保障費の負担増が大きな問題に

10年前と比べて、いかに高齢化社会が急速な勢いで進行しているかがわかるはずだ。つまり、これからの日本は爆発的に増えてしまった高齢者と共存する運命にあり、日本経済全体は無論のこと、我々自身もそれなりの準備をしていかなければならない。急速な高齢化社会の進行による影響をいくつかピックアップすると次のようになる。

①医療費の増大
②介護保険財源の逼迫
③労働力不足の深刻化
④人口急減による税収不足
⑤高齢者の貧困化

やはり、医療費や介護費といった社会保障費の負担増が大きな問題になることは明らかだ。たとえば、医療費は2020年度の支出で医療の個人サービスや予防接種・健康診断等などの費用として、約60兆5208億円のコストがかかっており、さらに、老齢年金や介護保険等の介護サービスにも約48兆7809億円のコストがかかっている(2021年度「社会保障費用統計」政策分野別社会支出より)。

今後、こうした高齢者のための社会保険料が大きく増加することは間違いない。政府は、2024年度の予算では112兆円の歳出額のうち、社会保障費として全体の3分の1に当たる37兆円を支出しているが、今後はこの金額がどんどん増えていくことになるはずだ。

一方で、政府は財政の再建にも取り組まなければならず、国民へのサービスを低下させざるを得なくなる。同時に、国民への負担を増加させていく政策をとるしかない。結局、適切な医療サービスや介護サービスを受けられない高齢者が急増することになる。

さらに、日本全体の影響も大きい。現在は70代でも働いている高齢者が多く、人手不足を補う人材となっている。さらに技術継承という面でも、2025年問題によって現在の高齢者の存在は大きい。しかし、後期高齢者が急増していく過程で、労働することが困難となる高齢者も少なくない。団塊世代が80代になる2030年には、人口減少による人手不足はさらに深刻化するはずだ。

具体的には、2025年には経営者が70歳以上の中小企業が約245万社にまで増加し、そのうち127万社では後継者が決まっていないと試算されている。その結果、約650万人の雇用が失われ、GDP(国内総生産)は22兆円減ることになる(日本財団ジャーナル 労働力不足、医療人材不足、社会保障費の増大――間近に迫る「2025年問題」とは? 2023年5月24日)。

地政学リスク、インフレ…豊かで穏やかな老後は可能?

ただでさえも、医療サービスや介護サービスが十分に受けられなくなるかもしれない状況の中で、深刻な人材不足などが重なって、高齢者世代は自分たちの資産を使い果たして、貧困に直面する人が多くなるはずだ。

日本は、平均寿命こそ男女ともに世界トップクラスの長寿国だが、いわゆる健康寿命は我々が思っている以上に短い。男性で72.14歳、女性は74.79歳となっている。厚生労働省は2040年までにこの健康寿命をともに3年以上延ばそうとしているが、その実現は不透明だ。

最近、やたらと政府が1日に理想的な飲酒の量を提示したり、肥満や高血圧の弊害を訴えているのもそのためとも言える。とは言え、今や1人の若年層が2人の高齢者を支えるようなイメージが定着しつつあり、高齢世代の自立が問題となっている。

こんな状況の中で、もう一つ問題が増えてしまった。言うまでもなく、世界的なインフレの進行だ。この30年間、日本はデフレ経済だったために、収入がさほど増えなくても何とか生活していくことができた。そのために資産運用という概念がなく、タンス預金に等しい銀行預金に頼った老後生活を送ってきた高齢者が多い。

アメリカや他の先進国では、老後を生きるための重要なスキルとして、資産運用が用いられているのだが、日本では高齢者が資産運用に拒絶感を持つ傾向にある。こんな状況では、自分自身に何か起きたときに対応できないばかりではなく、日々の生活さえも、困窮を極めてしまうかもしれない。

すでに、日本人の多くは急激に進んだ円安のために、海外旅行も自由にできなくなった現実を認識している。円安の進行は、今後も止まる気配がなく、1ドル=163円というラインを超えてしまうと、プラザ合意前の1ドル=250円程度にまで一気に進行してしまうのではないかとさえ言われている。インフレが、今後も継続することは間違いないだろう。

さらに、野菜や肉などの食料品価格も天候不順による不安定な供給状況によって、価格が上昇する傾向が高まっている。高齢者も年金以外の収入を確保しなければならない状況に追い込まれているわけだ。

資産運用しないと年3%インフレで預金の価値は半分に?

そこでクローズアップされているのがNISAなどの制度を使った資産運用のテクニックだ。現在、老後を迎えている人間の多くは、バブル崩壊を経験しており、株式や投資信託への運用で痛い目に遭った人間が多いのも特徴のひとつだが、それでもこれからの時代には、高齢者であっても、資産運用のノウハウを身につけておくことが求められる。

たとえば、高齢世帯の貯蓄額の目安として取り上げられていた「2000万円」という金額だが、2000万円あれば、公的年金を中心とした定期収入で、その不足分を補いつつ生活していけるのではないかと言われた。しかし、2000万円という貯蓄もインフレになれば、その価値は年々目減りしていく。実際に、2000万円の預金を金利ゼロで放置した場合、年3%インフレが20年続いた場合、その実質価値は次のように目減りしていく(AIなどを参考に算出)。

●3年後……1830万円
●5年後……1724万円
●10年後……1487万円
●20年後……1107万円

つまり、預金金利がまったくつかなかった場合、2000万円だったお金の価値は、実質的には1100万円の価値しかなくなってしまうことを意味する。仮に、預金金利がついたとしても、日銀が大量の国債を保有している現状では、金利を引き上げられないという現実がある。実際に、日銀が年2.8%に金利を引き上げた場合、日銀は「債務超過」に陥るという試算もある。

インフレも年3%とシミュレーションしたが、現在の国際情勢や資源価格の推移などを考えると、それで済むのか、という懸念がある。とりわけ、日本経済が高齢化社会の進行と海外からの労働力をあてにできない状況を考えると、慢性的な人手不足に悩まされることになり、経済成長があまり望めない。

加えて、低いエネルギー自給率と食料自給率を考えると、3%をはるかに超えるインフレが予想される。ある程度高いインフレ率を想定しておいたほうがよさそうだ。定年退職後のリタイア世代は、リスクのある資産運用からは距離を置きたくなるのもうなずけるが、超高齢化社会の進行で、公的年金や企業年金の給付額がどんどん増えていくことはほとんど期待できない。

言い換えれば、資産運用しない高齢者世代は、よほどの資産家は別だが、じり貧になっていく可能性が高いということだ。少なくとも、保有している資金を株式や投資信託などに投資して、自分の資産を守ることで、自分の老後の生活水準を守るしかないということだ。

積み立てを続けることで資産を防衛する?

では、具体的にどうすればいいのか。資産運用の知識はちょっと勉強したぐらいで簡単に身に付くものではない。金融マーケットには魔物が住むと言われており、とりわけ現在のような瞬時に情報が世界中に駆け回る環境では、そう簡単に運用で利益を出すことはできない。いまや、相手はAI(人工知能)の時代だ。

理想的なのは、運用をプロに任せることだが、それにはある程度まとまった資金が必要かもしれない。ただ、最近ではロボットに運用させる運用機関もある。少ない金額で、市場に参加できる。

いずれにしても、大切なことは長い時間をかけて、ゆっくりと資産運用のノウハウを身に付けていくことだ。そのためには、例えば月額1万円でもいいから、株式や金などに投資する投資信託やETF(上場投資信託)を積み立てていくことで、資産運用の概要を知ることだ。一気に扉を開けるのではなく、少しずつ広げていく。

高齢者であってもつみたてNISAを活用するのも、ひとつの方法だろう。いま注目されている、アメリカの「S&P500連動型ETF」や世界中の株価に分散投資する「オールカントリー」といった投資信託で、つみたてNISAを活用するのもひとつの方法だ。「純金」を積み立てていくのもいいかもしれない。若者と違って大きな失敗は許されないから、ギリギリ失敗しても仕方がない範囲でスタートさせるべきだ。長い老後の生活では、資産運用の知識やノウハウが必ず役に立つはずだ。

(岩崎 博充 : 経済ジャーナリスト)

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