ホンダ社長が語る「2040年脱エンジン」の行程表

ホンダは5月の「ビジネスアップデート」で、改めて電動化戦略について説明した(写真:ホンダ)

ホンダが5月16日に「2024 ビジネスアップデート」と題された記者説明会を開き、4輪の電動化を中心とした取り組みについて三部敏弘社長、青山真二副社長がプレゼンテーションを行った。

ここで改めて示されたのは、2022年に三部社長が宣言した、2040年にBEV/FCEVで100%を目指す電動化の方針に変わりはないということ。目下、BEV市場には減速感が漂っているが、特に2輪、4輪などの小型モビリティについては、長期的にはBEVシフトが進んでいくと見て、本格的な普及期に向けてホンダとして中長期的視野で事業基盤、ブランドを構築していくという方針である。

率直に言えば、ビジネスとしていかに目指す姿に進んでいくかは、より明確になった一方、ホンダがその時にユーザーに何をもたらすつもりか、将来見せようとしているクルマの歓びは何かといった部分は、あまり見えてこなかった。しかし、その後に改めて三部社長、青山副社長、そして貝原典也副社長からより突っ込んだ話を聞くことができたので、彼らの発言を交えながら将来のホンダを考察したい。

この説明会の直後にトヨタ、マツダ、スバルは電動化時代に向けた新しい内燃エンジンの開発を宣言した。それとは一線を画するホンダの戦略は、非常に興味深いものだった。

ホンダならではの魅力的なBEVとは

ホンダの4輪事業の当面の目標は、2030年のBEV比率40%、生産台数200万台超、ROS(売上高経常利益率)5%の達成である。それに向けた4輪電動化の方向性として3つの方策が示された。

まずは「ホンダならではの魅力的なBEVの投入」である。

主軸となるのは、年初のCESで発表された完全新設計のアーキテクチャーを用いる「Honda 0(ゼロ)シリーズ」だ。ほぼCESで発表したものと変わらない姿で登場するという「SALOON」では、低全高そしてショートオーバーハングのパッケージングが謳われている。

全高は他社平均と較べて10%以上低く、オーバーハングもやはり10%短くするという。LGエナジーソリューションと共同で開発する超薄型バッテリーパックや、新開発の小型e-アクスルによって、これを実現する。

車重を自社BEV比で約100kg軽くするとも公言された。具現化する技術として挙げられたのは、新型パワーユニットの軽量・薄型化、そして衝突コントロールである。F1技術を活用したとされる高効率パワーユニットと空力技術により電費性能を高め、航続距離は300マイル(約480km)以上を目指すという。

「例えばBEVのSUVはすでに沢山走っています。それは作れると思いますが、それじゃ価値観が他社と変わらない、差別化ができない。ホンダのBEVを買う意味がないだろうという議論を経て、ゼロシリーズができました」(三部)

2024年の1月にラスベガスで発表した「ゼロシリーズ」。フラッグシップの「SALOON」は低全高でショートオーバーハングの特徴的なスタイル(編集部撮影)

単なるコンセプトの提示ではなく、それを実現できる技術的な裏付けがそろったところで発表になったというゼロシリーズ。目をひくのは300マイル以上という航続距離だ。今の他社動向からすると、控えめな数字である。

「BEVの車重を減らしたいと思っていて。バッテリーを沢山積む方向はやめたい。400マイルだって沢山積めばできるんですけど、われわれは逆で行く。コストを下げたいというより、やっぱBEVってクルマが重過ぎるんですよ。直線ではむしろ非常に軽く感じるほどですが、曲がるとやっぱりわかりますよね」(三部)

高効率であることはもちろん走りにもこだわる。これもホンダならではという話に繋がるところだろう。

「BEVのエネルギー変換効率の高さを活かした電費の追求。その結果として搭載するバッテリーの量が減り、軽量化にも繋がっていくと考えると、重要なのはやはり電動としての基本の部分をどれだけよくするか。それが今一番、力を入れているところです」(青山)

まずはクルマの基本素性を高める

内燃エンジンのないBEVは走りの差別化が難しいとよく言われる。それに対しては、まず軽く、重心が低く、空力に優れるといったクルマとしての基本素性を高める。それは効率性にも効いてくる。

「BEVという文脈だけで見ると差別化要素は若干減りますが、車体や運動性能といった今のクルマが持っている技術的な要素は(現行販売モデルから)受け継がれていくので、そこもきちんと入れていくということですね」(青山)

例えば、新型アコードに投入されたシャシーの総合制御技術であるモーションマネージメントシステムなどは、次世代BEVにも進化した形で搭載される。走りの味は、そうやって継承、進化していくというわけだ。

ただし、操って楽しいというだけが、特に将来に向けたクルマの価値というわけではない。空間価値やデジタルUX、そしてAD/ADAS(自動運転・運転支援)などの知能化という部分も、今回改めて強調されていた。

「自動運転は思った以上に早く来ると私は言ってるんです。技術がだいぶ変わってきていて、その昔は、大量のデータと高精度マップをベースに、センサー、レーダー、カメラなど50個近くの機材を積んでの力ずくでやっていたわけです。コンピューティングパワーなんかはもう5kWぐらいの消費電力で。ところが今、極端に言えばそれらはカメラだけで、あとは人間の脳に近い能力を持ったコンピュータがその目で見て、地図がなくても走っていくという技術が急速に進化していて。クルマの価値のゲームチェンジが起こると考えています」(三部)

「自動運転は思った以上に早く来る」と三部社長は語った(写真:ホンダ)

自動運転化が進めばパーソナルカーに於いては、まさに空間価値がクローズアップされてくる。要するに、運転しない車内で何をするのかという話だ。ヴィークルOSの自社開発は、そこに繋がってくる。

「空間価値が必ず商売になります。(先日発表された)IBMとの次世代半導体、ソフトウェアの共同研究も、そこを見据えたものです」(三部)

2年前に三部社長が将来のBEVは「空間価値」が重要だと話した際には、その中身はこれから考えるという状況だった。CESで青山副社長にうかがった際にも、独自の価値を持つのは簡単なことではないという答えだったが、改めて空間価値を追求するというこの発言である。ホンダとして、その目指すところが明確になりつつあるのかもしれない。

垂直統合型のバリューチェーンを構築

 3つの方策のうちの2つ目が「バッテリーを中心としたBEVの包括的バリューチェーンの構築」である。その3週前に発表された、カナダでの新工場の建設はそのモデルケースとなるものだ。

(資料:ホンダ)

特に重要なのはバッテリーである。ホンダがBEV黎明期とする2020年代前半は、地域ごとの外部パートナーシップを強化して、コストを抑えながら必要なバッテリー量を安定的に調達する。BEV移行期の2020年代中盤からは、LGエナジーソリューションとの合弁によるバッテリー工場が稼働を開始する。また充電サービス、エネルギーサービス、リユース・リサイクルまで事業領域を拡大していく。

そしてBEV普及期の2020年代後半以降は、いよいよGSユアサとの共同開発バッテリーの自前生産が始まる。正極材、セパレーターも合弁工場で生産。究極的には原材料の調達から完成車生産、バッテリーの2次利用、リサイクルまで含む、まさしく垂直統合型のバリューチェーンを築くことを目指す。

ホンダも、いよいよ自前でバッテリー生産まで手掛けるわけだ。かつてEVシフトは、水平分業を加速させると言われていた。しかしながら世界的に状況は変わってきたようである。

「モーター、バッテリーなど、コア部品に関しては競争領域なので、自分たちでやります。差の出ないものは買ってきてもいいんですが、これらはわれわれの“勝ち技”になることですから」(三部)

バッテリーは単に電気を貯めておく、内燃エンジン車に於ける燃料タンクのような存在ではない。サイズ、形状が重要になるし、高出力を安定して供給し続け、しかも耐久性、信頼性に優れたものでなければならない。電気モーターとともに、要するに内燃エンジン車に於けるエンジンの一部でもあると考えれば、既製品を買ってくるという選択がホンダにとってありえないという結論に至ったのだろう。

そして3つ目の方策が「生産技術・工場の進化」である。

ギガキャスト、メガキャストなどと呼ばれる、要するに6000トンクラスの高圧ダイキャストマシンが導入される。まずはオハイオに作られるバッテリー工場の薄型バッテリーパックの製造ラインに導入され、これにより60以上にもなる構成部品、付帯部品の数を5部品にまで削減するという。

さらに日本の栃木にある研究所にも、やはりメガキャストマシンが導入されて、現在は量産性の検証が行われている。将来的にはボディ骨格部品への適用拡大も検討しているということだ。

その他に複数のモデル、商品の進化に柔軟に対応できるフレックスセル生産システム、生産能力最適化に繋がるデジタルツインの導入などが、カナダのバッテリー工場にまず導入される。一方、当面は内燃エンジン車の混流生産が行われ、EV専用工場へとスムーズな移行を図っていくという。

この「生産技術・工場の進化」は、何よりコスト低減に大きく貢献する。バッテリーコストは2020年代後半にはマイナス20%、生産コストは専用工場でマイナス35%を実現するという。ROS 5%という強気の目標設定には、こうした裏付けがあるわけだ。

10年間で10兆円を投資

ただし、それを実現するための投資額も半端じゃない大きさになる。2021年度を起点とした2030年度までの10年間に於けるソフトウェア、バッテリー、モノづくり各領域への投資額は実に10兆円に及ぶ。

(資料:ホンダ)

「とてつもない数字で、言うのは結構勇気が要ったんですよ(笑)。でも、やらなきゃどうなるのかと言えば、やはり会社が潰れるって思っているので、決して無謀ではない。もちろん、議論もあったし色々なご意見はあるんだけども、われわれとしては前に進もうと決めたので、そこを明確に発表したということです」(三部)

そのためのキャッシュを創出するのは現時点では内燃エンジン車とHEVであり、実はその体質強化も2030年に向けた大きなテーマとなる。2030年、あるいはそれ以降に向けたホンダの4輪ラインナップの目論見、そして内燃エンジンの今後についても見てみよう。

ホンダが近い将来に見据えているBEVラインナップは、実はCESで発表されたゼロシリーズだけに留まらない。ゼロシリーズ以外にもBEVが投入される予定だし、中国ではすでに別のラインナップ展開が進んでいる。アメリカにはアキュラがあり、また日本の事情もそれらとは当然違っている。

そして、もちろん急激にBEVだけに変わっていくわけではない。HEVに力が入れられていくことはすでに公言されているし、内燃エンジン車も当面なくならないだろう。いや、それどころかBEVシフトへの原資を稼ぐのは、まさにHEVの拡販だとされているのだ。

そもそもクルマにとってパワートレインは重要だがすべてではない。この先、ホンダはどのような価値をもったクルマを提供していくのか。

「本来はどういう商品を作るのかということを、われわれとしては一番に言うべきことだと認識はしているものの、どうしても財務はどうするのかという話がないとご納得いただけなくて。ですが、ゼロシリーズについては、われわれの狙う方向性は多少はご理解いただけたかなと思います」(三部)

市場としてもっとも重要な北米については、ホンダだけでなくアキュラもある。高価格車寄りにならざるを得ないBEVに関しては、プレミアムブランドのこのアキュラが、少なくとも当面は非常に重要な存在になる。

「まずはゼロシリーズが固まったので先に発表したわけですが、アキュラの戦略も今後明らかにしていきます。ゼロシリーズよりアキュラの方が(発売は)少し手前かなという感じですね」(青山)

詳細は8月のモントレー・カー・ウィークで明らかになりそうだ。

今後のBEV投入スケジュール

ゼロシリーズについては、2026年の北米を皮切りに、2030年までにグローバルで7車種が投入されることが発表されている。予定では、2026年にはまずフラッグシップ的なSALOONと、中型と小型のSUVが、2027年には3列大型SUVが投入される。

2030年までにゼロシリーズは7モデルを投入する(資料:ホンダ)

中国市場では2023年までに、「e:NS1」「e:NP1」といったBEV専用車が投入されている。2024年には3車種、そして2027年までに10モデルが投入されるという。そして2035年には全モデルがBEV化される予定だ。ちなみに中国生産のe:NS1は現在、ヨーロッパにも輸出されている。

中国では2027年までに10モデルを投入(資料:ホンダ)

そして日本は、先日まず軽商用BEVの「N-VAN e:」が登場。2025年以降には軽乗用BEV、小型BEVも発売される予定。また、交換式バッテリーのHonda Mobile Power Pack e:を搭載するマイクロモビリティ、そしてバンも計画されている。これらはラストワンマイルの移動、小規模ビジネスの現場での活躍が期待される。

日本では軽商用BEVを皮切りに商品を展開していく(資料)

「スポーツカーのBEVもやる」と青山副社長(写真:ホンダ)

「スポーツ的なところもきちんとやろうと思っていますよ。当然バッテリーEVで。2026年の初めあたりに出る小さなやつは、いいですよ」(青山)

これは上記の小型乗用BEVのことだろう。BEVの走りの楽しさというと、電気モーターならではの制御の緻密さを活かしたものも考えられるが、これは昔ながらのクルマとの一体感を重視しているという。

こんなヒントもあった。

「BEVでも昔のCR-Xみたいな軽快な感覚のもので、かと言って航続距離は200kmしかありませんというのではなく、500km走れるようなのが作れたら、特徴が出せるし、一群の中で違う戦い方ができるんじゃないかと思うんです」(三部)

1980年代に一世を風靡したライトウェイトスポーツ「CR-X」のようなBEV。想像しただけで期待が高まる。バッテリー搭載量を減らして、車重を軽くしたいという三部社長のBEVに対する考えが、ストレートに反映されたクルマ。ホンダらしさがにじみ出る存在になりそうだ。

スポーツカーはアキュラ?

「サスペンションもブレーキも、昔はハードで一生懸命すり合わせて作ってきた物がみんな電気で動かせるようになりました。そのすべてをコントロールする上では、ユニットごとの制御ではなく統合制御になります。そうしてクルマが知能を持って、どういう走行状態を作るのかで他社と差別化できます。できるんですが、走りの次元がものすごく上がっていて、今スポーツカーを一生懸命開発していますけども、加速は気を失いそうだしコーナーもタイヤの限界まで曲がれちゃう。これを一般のクルマでどこまでやるのか……。まだ見えてないんですが、こうした部分はホンダではなく、アキュラでこだわってやるのかなと思っています」(三部)

ただし、その前段階としてHEVが非常に重要な存在になる。今回の発表には、2モーターハイブリッドシステムであるe:HEVの軽量・高効率化、後輪を電気モーターで駆動するE-AWDの採用などが謳われた。

「JAPAN MOBILITY SHOW 2023でお見せしたプレリュード。あれはいいですよ。それも含めて2026年頃には、日本市場にBEVもe:HEVも面白いクルマが出てくると思います」(青山)

三部社長(中)、青山副社長(右)、貝原副社長(左)からより詳しいホンダの戦略を聞くことができた(写真:ホンダ)

HEVは強化していくが、PHEVは計画にはないという。中国で販売台数が伸びていることを考えると、意外な感もあるが……。

「やはりエンジンのシステムとBEVのシステムを1台の中で持つのは賢くないなというのがあって、技術的な素性としては僕はあんまり好きじゃないっていう感じです」(三部)

「(PHEVの)販売が伸びているのはBYDだけですよ」(青山)

e:HEVについては更にアップデートが予定されているが、進化するのは主に電動システムの部分。内燃エンジンの新規開発は考えていないという。

「ホントは色々やりたいのは山々ですけど、内燃エンジンにこれから生産投資しても、何年使えるのか。2035年って実はもうそんな先じゃなく、あと10年しかない。そこは莫大な投資をするのは経営者としては躊躇します。e:HEVはちゃんと正常進化させるので、それで勝負できればなというのが本音です」(三部)

技術進化もあり、またe-フューエルの開発などもあるので、エンジンを完全にやめるのではなく1部隊は残す。研究はやめず、何かあった時にまた作れるような態勢にはしておくという。e-フューエルについて、かつては全否定といった感のあった三部社長だが、e-フューエルを推進している自工会の副会長という立場もあってか、かつてよりは柔軟に考えてはいるようだ。

「e-フューエル専用のエンジンを積むスポーツカーを作るとかね、あるかもしれないですけどね」(三部)

しかしながらメインのシナリオにエンジンを置くのは、もはや難しい 2030年には販売の40%、200万台がBEVになるとして、内燃エンジンを積むクルマは300万台。2035年にはBEVが80%ということは、トータルの台数が同じだとしたら内燃エンジン車は100万台である。しかも、10年後の話なのだ。投資をためらうのもよくわかる。

脱エンジンには自信

「やっぱりわれわれの次の勝ち技を作っていかないと。いつまでもエンジンだけにしがみついても負けますよ。かつてわれわれはエンジンでメシを食っていました。私自身、熱効率50%なんてエンジンも実は手掛けていましたが、それ以上は難しい。また、いくらいいエンジンができてもCO₂を出すことは間違いありません。パワーユニットを武器にしたいというのは変わっていませんが、それはちゃんと時代に合ったものでなければ。そう考えるとエンジンはやめた方がいいんだろうなということです。これは結構、自信ありますよ」(三部)

賛成、反対、色々意見はあるだろう。しかしながら、こうして話を聞いて、かつてのホンダらしい独立心、先取の気風が改めて強く出てきたなと感じられたのは事実である。そんな感想に三部社長は「元々そういう会社なんで」と笑った。なるほど、確かに。

他に迎合せず、我が道を行く。電動化に向けた大変革は、ホンダが本来あるべき姿を取り戻すためのいい機会になるかもしれない。

(島下 泰久 : モータージャーナリスト)

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