「強みを全然見てもらえない」悩む人に欠けた視点
「差別化=ただ単に他との違いをつくる」ではない
自分の強みにしようと最新の経営理論を学んだが、それが会社でまったく評価されない。コピーライティングを実践で身につけるセミナーに通ってみたが、転職の面接通過率は一向に変わらない。
そんな経験はないでしょうか。実はこれ、1つは私自身、1つは私のメンティー(キャリアの相談をする人)の実体験です。
共通点は、なんとか自分を「差別化」しようとして、それに失敗しているということです。幸いなことに、その後私自身もメンティーも、「差別化」の正しいステップを理解することで無事この状況から脱出することができました。
皆さんが私たちと同じ轍を踏まないように、今からこの記事では、その「正しいステップ」について解説していきたいと思います。
「差別化」という言葉は、もしかしたら一番有名なマーケティング用語かもしれません。
仕事ではマーケティングに縁のない人でも、一度くらいはこの言葉を使ったことがあるのではないでしょうか。あるいは、私や先ほどのメンティーのように、自分自身のキャリアで実践しようとしたこともあるかもしれません。
しかし、聞きかじりの専門知識というのはだいたい誤解されています。この「差別化」も例外ではありません。
「差別化=自分だけの違いをつくること」だと考え、例えば世界で数十人しか話者がいないマイナー言語を身につけたとしても、それで給料が上がることはないでしょう。差別化といっても、ただ「違い」にだけ注目をしていればいい、というわけではないのです。
差別化の正しいステップは、まず「参照枠(フレーム・オブ・リファレンス)」を考えることから始まります。
参照枠というのは、顧客が頭の中に無意識につくっている、商品やサービスを分類するためのグループです。例えばベンツやBMW、アウディなどは、「高級車」というグループでくくられて顧客の頭の中に入っていたりします。
同じ高価格帯の車でも、国産車のクラウンやスカイラインなどは、これとは微妙に違うグループに入っているのではないでしょうか。
そのグループに意識して別の名前(「国産高級車」など)をつけているかどうかは別として、顧客はこれらの車を、ベンツやBMW、アウディの横並びとしては通常思い浮かべません。例えばクラウンとベンツのCクラスはだいたい同じ価格なのにもかかわらず、です。
差別化というのは、正確にはこの参照枠の中で、参照枠の中の他の商品と自分の商品の差をつくっていく、というアクションなのです。例えば先ほどの「高級車」グループの中で、自社の車とベンツとの差を考えたり、「国産高級車」グループの中でクラウンとの差を考えたりすることです。
狙ったグループに入るために「同質化要素」を考える
おっと失礼。少し先を急ぎすぎました。差別化を語る前に、もう1つ重要なステップについて触れておかなくてはならないのでした。
一度参照枠を決めたら、次に必要なアクションは、その参照枠に入るためのエントリー資格を身につけることです。
ベンツやBMW、アウディと横並びになって「高級車」のグループに入るには、例えば独立した、高級感のあるショールームを用意する必要があります。また、車の内装にはホテルの調度品のような素材のクオリティーが求められますし、一目でそれとわかるアイコニックな外観デザインも必要となってくるでしょう。
こうした要素を「同質化要素」と呼びます。「差別化」と比べると知名度は劣りますが、実はこちらが兄弟で言えばお兄さん的な存在なのです。
日本では2005年に後発として登場したレクサスは、まずこうした「同質化要素」を備えることによって、顧客の頭の中でベンツやBMW、アウディと横並びで思い出される「高級車」ブランドとなりました。
レクサスが誇る静粛性や、高級旅館さながらのおもてなしなどといった「差別化要素」は、この状態になってはじめてその真価を発揮します。「顧客の頭の中にある高級車グループ」という土俵に上がれていなければ、そもそもフォーカスしている顧客に比較されることがないので、いくら他の商品との差を考えてもあまり意味がない、ということになってしまうのです。
同じことが、キャリアアップおける自分自身の差別化にも当てはまります。
例えばマネージャーに昇進したい、と考えるとき、まず考えるべきは、幹部が考える「次のマネージャー候補」というグループに入ることです。そして、そのためのエントリー資格となる「同質化要素」を見つける必要があるのです。
それは例えば、「社内の人脈の広さ」なのかもしれません。あるいは「トラブルを起こさず周りとコミュニケーションが取れること」なのかもしれません。目標の達成率に閾値がある場合も多いでしょう。
まずはそうした同質化要素を分析したうえでそれをしっかりと備え、「次のマネージャー候補」という土俵に上がることが大事なのです。他のライバル候補との「差別化」を考えるのは、その後です。
「最新の経営理論を熟知している」「コピーライティングが上手」などという「他の人との違い」をいくら身につけていたとしても、「次のマネージャー候補」という土俵に上がれていないのであれば、その違いは決して差別化要素になりません。
同じ土俵に上がれていないのであれば、そもそも比較されることがないので、たとえ土俵の上の他の人とは違う何かを持っていたとしても、それが強みになることはないのです。
差別化要素は、特別にユニークである必要はない
これは厳しい現実とも取れますが、見方によっては救いであるとも言えます。
なぜなら、同質化要素を備えてひとたび土俵に上がることができれば、その土俵の上で他のライバルたちとの間に生み出す必要のある違いは、必ずしも特別ユニークである必要はないからです。
例えば、最新のデジタルマーケティングの知識と、部下を管理したことがあるマネージメント能力が、デジタルマーケティングチームのマネージャー候補の「エントリー資格」だったとします。
そのような要素を備えた人がそれほど多くなく、土俵に上がっているライバルが数人であれば、「笑顔が素敵」「誰とも壁を作らない」などといったさりげない自分の良さが、そこでは大きな差別化要素になってくるかもしれません。
私が上梓した働きかた小説『幸せな仕事はどこにある』では、キャリアに悩む主人公・一郎にアドバイスをしているアコさんという女性が、こんなことを言うシーンが出てきます。
誰もが、他の人とは違ういいところを持っているものです。
そんないいところが、これまで差別化要素として活きてこなかったのは、それそのものに価値がないわけではなく、「同質化要素」を備えておらず競争の土俵に上がれていなかっただけなのかもしれません。
(井上 大輔 : マーケター、ソフトバンク株式会社 コンシューマ事業推進統括 プロダクト本部 新規事業開発統括部 統括部長)
06/28 10:40
東洋経済オンライン