ホンダ「CB650R/CBR650R」止まらない進化の理由

Honda E-Clutch搭載車をタイプ設定し、登場したホンダの「CB650R/CBR650R」。車両本体価格は、103万4000円~115万5000円(税込み)で、従来どおりクラッチ操作が必要の標準車のほか、E-Clutch仕様を設定

Honda E-Clutch搭載車をタイプ設定し、登場したホンダの「CB650R/CBR650R」。車両価格は、103万4000円~115万5000円(税込み)で、従来どおりクラッチ操作が必要の標準車のほか、E-Clutch仕様を設定(写真:本田技研工業)

本田技研工業(以下、ホンダ)は2024年4月25日、外観を一新しエンジン性能にも改良を加えたロードスポーツモデル「CB650R」と「CBR650R」の新型を発売。続く6月13日には、クラッチ操作を必要としない「Honda E-Clutch」搭載モデルの発売を開始した。

Honda E-Clutch開発の背景

今回、Honda E-Clutchを搭載した「CB650R」と「CBR650R」の開発者インタビューとともに、クローズドコースでの試乗も行えた。開発陣はE-Clutchを「進化型MT(マニュアルトランスミッション)」として製品化することを目指したというが、いったいどんな機構なのか。

「この10年を振り返ると二輪車はコロナ禍で販売が増えました。いわゆるパーソナルモビリティという観点が注目されたと考えていますが、ありがたいことに新規ユーザーも増えました。ホンダとしてはこれを一過性の需要にとどめず、製品やサービスを向上させて時代に合わせることが必要だと考えています」と語るのは、本田技研工業で大型モーターサイクルカテゴリーゼネラルマネージャーを務める坂本順一さんだ。

【写真】ライダーによるクラッチレバー操作を不要にした世界初の機構「Honda E-Clutch」搭載、ホンダの新型「CB650R/CBR650R」のディテールをチェック(25枚)

坂本さんは続けて、「多様化社会において二輪車の提供価値を上げたい。その回答のひとつとしてHonda E-Clutchを開発しました。Honda E-Clutchはオンロードスポーツの楽しさを拡大させる、MTの進化技術です」と開発背景を説明する。

CB650R/CBR650Rの開発者たち

CB650R/CBR650Rの開発者たち(写真:本田技研工業)

Honda E-Clutchを搭載する「CB650R/CBR650R」のグローバル規模での年間販売台数は3万台を超え、ユーザー層も年齢を問わずビギナーからベテラン、女性とじつに幅広いという。Honda E-ClutchをHonda二輪の中核モデルであるCB650R/CBR650Rに搭載することで世界のバイクライフを豊かにしたい、そういった想いから具現化させた技術であると、前出の坂本さんは力説する。

「CB650R/CBR650Rはステップアップを目指す方からダウンサイジングを考えるライダーまで、幅広いユーザーから支持されてCBシリーズの最量販モデルに成長しました。2024年モデルでは①魅せるデザイン、②体感できるパワーユニット、③充実した先進装備の3点にスポットをあてました」と語るのは本田技研工業でCB650R/CBR650Rの開発責任者を務める筒井則吉さんだ。

CB650R/CBR650R 3つのキーワード

CBR650Rのスタイリング。CBR650Rは、「マットバリスティックブラックメタリック」と「グランプリレッド」の2色を設定。標準車は、マットバリスティックブラックメタリックの1色展開となる

CBR650Rのスタイリング。CBR650Rは、「マットバリスティックブラックメタリック」と「グランプリレッド」の2色を設定。標準車は、マットバリスティックブラックメタリックの1色展開となる(写真:本田技研工業)

①魅せるデザインでは、普遍性と先進性といったネオスポーツカテゴリーが目指す姿をモチーフに、ライダーに過度な前傾姿勢を強いることなく、スタイリッシュでシャープなライディングフォルムを実現。具体的にフロントカウルでは、CBRならではの鋭い顔付きを強調するためヘッドライトデザインを変更し、ミドルカウルからリアにかけての統一感が図られた。

②体感できるパワーユニットでは、直列4気筒エンジンらしい吸気サウンドを実現しながら平成32年排出ガス規制をクリア。また、吸気側のバルブタイミングを変更して、中低域をトルクアップさせて高回転域へのシームレスな加速を実現した。

CB650Rのエンジン

CB650Rのエンジン(写真:本田技研工業)

車体では従来のスチール製ツインスパークフレームの基本構造は変えずに、シートレール後端の形状を変更して剛性バランスを高め450gの軽量化を実現。車体中央部から遠いシートレール後端の形状を変更したので運動性能の向上にも寄与している。足まわりではフロントサスペンションの圧縮側減衰力を強めて、2段目のバネレートを引き下げてバランスさせ、トータルで105gの軽量化を行って上質な乗り味にした。

CBR650Rに搭載されている5インチフルカラーTFT液晶メーター

CBR650Rに搭載されている5インチフルカラーTFT液晶メーター(写真:本田技研工業)

③充実した先進装備では、新開発の5インチフルカラーTFT液晶メーターを採用。直射日光を受けても見やすくなった。ディスプレイ表示項目はバー、サークル、シンプルの3タイプから選べ、表示色も白色、黒色、白/黒自動変更の3モードから選択できる。GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)の最適化とともにフォントや表示色にUD(ユニバーサルデザイン)を採用。スマートフォンとの連携機能である「Honda RoadSync」も標準装備した。

クラッチ操作不要、世界初の機構

Honda E-Clutchの本体

Honda E-Clutchの本体(写真:本田技研工業)

ハイライトは世界初の二輪車用Honda E-Clutchだ。Honda E-Clutchはクラッチレバーを握ることなく、ライダーによるシフトペダルの変速操作だけで、発進、変速、停止ができる進化型MTだ。しかもHonda E-Clutchはライダーによるクラッチレバー操作をいつでも受け付けるため、一般的なMTとしても操作できる。

ただし、クラッチ操作はシステムが行うものの、クラッチレバーを装備するため法規上はMTモデルとしてみなされる。よって、CB650R/CBR650Rの場合、AT限定大型二輪免許では乗ることができず、大型二輪免許が必要になる。

Honda E-Clutchのカットモデル

Honda E-Clutchのカットモデル(写真:本田技研工業)

「新しい駆動機構を開発してパラダイムシフトを起こしたい、そんな想いから私はホンダを目指しました。入社時は世界初の二輪車用DCT(デュアルクラッチトランスミッション)の開発が最終段階を迎えたころでした。DCTは二輪車向けATシステムとしての完成形ですが、私にはMTを進化させたいという想いがありました。バイクの醍醐味は両手両足、全身を使って走らせることではないか、との考えからHonda E-Clutchの着想にいたりました」(本田技研工業でHonda E-Clutch開発責任者を務める小野惇也さん)

E-Clutchの構造を示す筆者である西村直人

E-Clutchの構造を示す筆者である西村直人(筆者撮影)

「今から10年ほど前、Honda E-Clutchの前身システムである、クラッチ自動制御システムの開発責任者になりました。技術検証の最初期モデルから機能や性能は良好でしたが、技術開発と製品開発は性質が異なるため製品化となるとコストや製造面で大きな課題をいくつも抱えました。もう一生、量産化にたどり着けないのではないかと考えたほどです」と、小野さんは開発初期の苦労を語る。

「Honda E-Clutchは進化型MTとしての位置付けですが、開発初期のころにはクラッチレバーがついてなかったり、逆にパーキングブレーキがついていました。しかし、量産に向けてシステム全体の思い切った見直しが必要だと判断し、シンプル路線に切り替えました。本来やりたかった“MTの進化”にこだわったのです。MTでできることはすべて織り込み、さらにHonda E-Clutchとして独自に進化させました。モーターで直接、クラッチを制御するのは社内でも無理だと言われていましたが、弊社『ASIMO』のロボティクス技術に関する知見を採り入れることで、大幅に速い制御周期で外乱やばらつきを抑えられる理想的なシステムが完成しました」(小野さん)

MTながらATライクに乗れる新たな楽しみ方の提案

Honda E-Clutchのシステム概要

Honda E-Clutchのシステム概要(写真:本田技研工業)

よりスポーティに、よりイージーにライディングが行えて、疲労軽減から安全面でも寄与する。さらにHonda E-Clutchはいつでもライダーによるクラッチレバー操作やシフトペダル操作を受け入れてくれる。普段はシステムによるクラッチ制御をライダーが受け入れつつ、自身でフルにライディングを楽しみたいときは、いつもと同じMTモデルの操作で積極的に操ることができる。これこそHonda E-Clutchが目指した姿だ。

人のクラッチ操作をいつでも受けつけるE-Clutch

人のクラッチ操作をいつでも受けつけるE-Clutch(筆者撮影)

「個人的にはCB650R/CBR650Rに搭載できてうれしかった。直列4気筒ならではの鋭いエンジンの吹け上がりをHonda E-Clutchが際立たせることができるからです。これまでの試作車はすべて4気筒モデルでした」と、小野さんは満面の笑みで開発秘話を語ってくれた。

CBR650Rのスタイリング

CBR650Rのスタイリング(写真:本田技研工業)

開発者インタビューに続いて、Honda E-Clutchを搭載したCB650R/CBR650Rにクローズドコースで試乗した。筆者はDCT搭載モデルである「VFR1200F DCT」に2010年8月~2015年8月まで乗り、直後にVFR1200F DCTをベースにしたクロスオーバーモデルで同じくDCTモデルの「VFR1200X」に乗り換え今にいたる。

仕事柄、国内外の二輪車、四輪車、商用車に試乗しているため愛車の走行距離は所有年数からすれば少ないが、それでもDCTモデル2台合わせた距離は地球1周ぶんを優に超えた。DCTはクラッチレバーがなくシフトペダルも存在しない。いわゆるAT感覚で乗れるが、筆者は左足のシフトでDCTギア段の制御ができる純正アクセサリーの「チェンジペダル」を装着している。

DCTとE-Clutchの違い

CB650Rのスタイリング

CB650Rのスタイリング(写真:本田技研工業)

DCTは、偶数ギア段用と奇数ギア段用のクラッチセット2つを使いわけて瞬時に変速を行い、エンジンの力を駆動力に変換する。そのため変速時の駆動トルク抜けが非常に少なく、MTモデル以上に素早いギア段のアップ&ダウンシフトが行える。ただし、仕組みが複雑でトランスミッション単体としても大きく重く、二輪車向けのトランスミッションとして採用するために、膨大な開発工数がかけられた。

一方のHonda E-Clutchは、DCTのイージーライディングの世界観をクラッチ操作レスという次元で実現した。実際、エンジンスタート時からクラッチ操作は不要で、レバー操作せずにシフトペダルを踏み込み1速へ入れてしまえば、あとはスロットル操作のみで発進する。

極めつけは緻密なクラッチ制御だ。ライダー歴36年になる筆者だが、思わず唸ってしまうほど極めてスムースに、まるでベテランライダーが行うようなクラッチ操作を見せつけたからだ。

CBR650Rのメーターおよびステアリングまわり

CBR650Rのメーターおよびステアリングまわり(写真:本田技研工業)

シフトペダル操作を行うとHonda E-Clutchのシステムがライダーの変速意図を読み取り、エンジンの点火制御と燃料の噴射制御を行いながら、システムによる半クラッチ制御で絶妙な変速アシストを行う。ライダーからすればいつもの左手によるクラッチ操作を行っているかのように、自然なシフトアップやシフトダウンが行える。

渋滞路を想定して頻繁に発進、停止を繰り返したがHonda E-Clutchはまったく音を上げない。普段、MTに乗り慣れているライダーであれば、クラッチレバー操作がなくなるだけでこんなにも楽なのかと驚くだろう。

加えて10km/h以下の微速制御もすばらしかった。MTモデルでは、速度調節のためライダーはスロットル操作と後輪ブレーキ操作を連携させるが、ひとたび速度が下がりすぎた場合には、クラッチレバー操作を行う必要がある。こうした場面でもHonda E-Clutchはシステムによるクラッチ制御が絶妙で、自分ならこのあたりでレバーを握るかな、と感じたあたりでフワッと制御が介入しはじめる。

標準車とE-Clutch仕様の価格差

CBR650Rのフロントサスペンションおよびブレーキ

CBR650Rのフロントサスペンションおよびブレーキ(写真:本田技研工業)

Honda E-Clutchは標準車であるMTから5万5000円高く、2kg車両重量が増えるが、筆者がCB650R/CBR650Rを購入するなら少しも迷わずHonda E-Clutchモデルを選ぶ。MTで欲しかったクラッチレバー操作の自動化が手に入るし、いつでもどこでも、ライダーの手動操作を受け付けてくれるからだ。

Honda E-Clutchは機構的にMTバイクであれば装着可能であるという。是非、さまざまな排気量/カテゴリーのバイクへの展開を期待したいです。そしてこの先、大きく育ててほしいと思います。

(西村 直人 : 交通コメンテーター)

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