「海水温上昇」で日本の周りだけ魚が獲れないなぜ

近年人気が出てきているウマヅラハギ(写真:筆者提供)

農林水産省から2023年の水産物の生産量(漁業+養殖)が発表されました。数量は372万トンと、現在の形で統計を取り始めた1956年以降で過去最低を更新しました。過去最低は毎年のこととなっており悪化が止まる気配はありません。

前年(2022年)も過去最低でしたが、それに比べて4.9%減、数量にして19万トン減という膨大な数字です。さらに漁業は前年比4.3%減(13万トン減)にとどまらず、養殖も前年比6.9%減(6万トン減)とかなり深刻です。

FAO(国連食糧農業機関)の数字からは、1970年代から1980年代にかけて20年弱世界一の水産物生産量を誇っていた日本のかつての面影はありません。2021年に世界第11位となりトップ10から陥落し、2022年には同12位とさらに順位を落とし続けています。また、順位が落ちていくのは他国の生産量が増えているというより、日本の生産量が減り続けているためなのです。

サンマをはじめ、さまざまな魚が獲れなくなっているため、あまり食用になっていなかった小さな魚まで店に並び、しかも価格が高くなるといったことが増えています。この傾向は、水産資源が減ることで供給量が減り、今後も強まります。

どんな魚が減っているのか?

ところで具体的にはどのような魚が減少しているのでしょうか? 次の表は最新(2023年)の水産白書からのデータです。

(出所)令和5年度 水産白書

2022年の数字は2012年と比較すると16種(その他の魚種は1魚種として)のうち、実にイワシを除いたすべての魚種が減少して「全滅」状態なのです。なお、ホタテは漁業といっても稚貝をまいている漁業なので除外します。

さらに2022年と2021年の比較でも、ほぼ全魚種が減っていることが表からわかります。これに2023年を比較したら、そのまたさらに減少しているのは、2022年より全体として減っているので、言うまでもありません。なお、マイワシは環境要因で大きく変動します。今後起こり得るマイワシの資源減少が始まったら、一体どうなってしまうのでしょうか?

ところが、こういった生産量が減り続けている全体の問題が、マスコミで扱われることはほとんどありません。サンマが、サケが、スルメイカが、サバが、イカナゴが……といった個別の報道では全体像がわかりません。

また、すでに大きく水揚げ量が減っている前年より少しでも増えると、前年比何割増、何倍といった報道になるので、時にはまるで回復したような錯覚を覚えさせられてしまいます。

まだ効果がある水産資源管理が適用されていないので、残念ながら、悪くなっても中長期的によくなることはありません。次のグラフ(水産白書)は日本の漁業・養殖業の生産量が減り続けていることを示しています。

(出所)令和5年度 水産白書

世界全体と比較してわかる明確な違い

次のグラフは世界全体の漁業・養殖業生産量を示しています。減り続ける日本とは対照的に増加が続いています。青の海面漁業が横ばいなのに対して、ピンクと緑の養殖量が増加していることがわかります。水産物の供給のためには養殖業は不可欠です。

(出所)令和5年度 水産白書

なお青の海面漁業は横ばいで推移していますが、これは魚がこれ以上獲れないので伸びていないということではありません。北欧・北米・オセアニアをはじめ、科学的根拠に基づく資源管理の重要性に気づいている国々は、実際には単年、もしくは数年間は大幅に漁獲を増やすことができることがわかっています。しかしながら資源の持続性を考えて大幅に漁獲を制限しているのです。

科学的根拠に基づき、漁業者や漁船ごとに実際に漁獲できる数量より大幅に少ない漁獲枠が割り当てられています。このため価値が低い小さな魚や、脂がのっていない、おいしくない時期の魚は、自ら獲らないようになる制度なのです。これを個別割当制度(IQ、ITQ、IVQ)などと呼び、譲渡性の有無などによりいくつかのパターンがありますが、乱獲を防ぐという意味で基本は同じです。

わが国でも個別割当制度(IQ)の適用が、2020年の漁業法改正もあり、ようやく増えはじめました。ただし、実際に漁獲できる数量より割当が大きかったり、漁獲されている魚が小さかったりなど、まだまだ運用面での大きな課題があります。また漁業者の方に、世界の漁業で良好な結果を出し続けていて、自身のためにもなる個別割当制度の内容がまだ正しく伝わっていないことは大きな問題です。海外と日本は違うといったことでは、全然ありません。

世界で水産業は紛れもない「成長産業」

次のグラフは世界全体(赤の折れ線グラフ)と日本(同・青)の生産量を比較したグラフです。世界全体では1980年代の1億トンから2倍に増加して現在は2億トンになっていて増え続けています。対照的に、同時期に日本は同1200万トンから400万トンと3分の1に激減して、さらに減り続けて悪化が止まる気配はありません。

(出所)農水省とFAOのデータを基に筆者作成

このように、世界と日本の傾向を比較すると「何故これほどまでに違うのか?」という大きな疑問がわくはずです。わが国では青い折れ線グラフのほうしか学校で取り上げないため、水産業は魚が獲れず、後継者もいない厳しい一次産業と習ってしまいます。しかしながら、実際には世界人口と水産物の需要増加を背景に、紛れもない「成長産業」なのです。

社会科の先生がこういった客観的な事実を知る機会がないまま、授業をしていることで、教えられた子供にも水産業に対する誤解が広がり、国民全体が誤解してしまっているのです。

全国でさまざまな魚が減って報道される際、表現によって伝わり方が変わってしまうのはとても残念なことです。魚が減った理由について「海水温上昇や獲りすぎが原因」という表現では「海水温上昇」に主に原因があると取られてしまいます。同様に「外国漁船の影響や獲りすぎが原因」という表現でも同様に「外国漁船」のほうに意識がいってしまいます。

これを「獲りすぎに加え、海水温上昇・外国船の漁獲なども影響」という表現にすることで、社会は「獲りすぎ」という本質的な原因に目が行くことになります。是非心がけていただきたいです。

なぜ日本の周りだけ魚が減っていくのか

最初に「外国船の影響」について例を挙げてその理由を説明します。このグラフは瀬戸内海(愛媛県)と日本全体の漁獲量の推移を比較したものです。瀬戸内海で中国や韓国の漁船は操業していませんが、日本全体と同じように漁獲量が減少していることがわかります。

次に「海水温上昇」と漁業への影響の説明です。気象庁の図は世界の海の海水温の変化を示しています。よく、海水温が3度上がった、5度上がったなどと聞くことがありますが、それは表面の海水温の変化のことです。

(出所)気象庁

日本の海が含まれる海水温の変化は、海面の水温でも図の通り、100年で0.6度の上昇となっています。つまり100年で1度未満という、ゆっくりとしたペースで海水温は上昇しているのです。言うまでもなく、日本の海の周りだけ海水温が上昇しているわけではありません。

しかしながら、なぜ日本の周りだけ魚が減っていくのか。その違いが資源管理の違いなのです。「日本と外国は違う」といったことではまったくないのです。

筆者には、拙稿やYouTubeをご覧になったマスコミ関係者をはじめ、さまざまな分野の方からの問い合わせが増えています。

このままでは、資源管理に有効な手段がまだ取られていないので、魚が減っていく社会問題はさらに深刻になっていきます。

(片野 歩 : Fisk Japan CEO)

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