航空管制官が「原則を外れた指示」を出す時の条件

(写真:いお/PIXTA)
航空の世界は、さまざまなルールによって成り立っています。たとえば、A地点からB地点へと飛ぶ場合、原則として「このルートで向かいなさい」という道筋が決まっているのです。
しかし航空管制官は、状況によっては、あえてその「原則」から外れる指示を出すこともあります。安全な運航が常に求められるなかで、管制官はどんなときに「ルールから外れた指示」をパイロットに出すのか? そして、その指示を出す際の重要な「条件」とは?
元・航空管制官で現在、航空評論家であるタワーマン氏の著書『航空管制 知られざる最前線』から一部を抜粋し、間断ない離陸・着陸を捌くプロフェッショナルの舞台裏に迫ります。

管制官が「ルールから外れた指示」を出すとき

管制では、原則としてのルールはすべて決まっています。「このようなことが起きたら、どう対処するのか」「こうしたら、次はどうするのか」というような原則的な手順、規則や制度については、管制官であれば当然、誰もが理解しています。

管制官やパイロットだけでなく、資格を持って運航に携わる人たちは全員が同じ知識レベルにある前提で、ともに仕事をしています。しかし、物事はすべてが原則通りに進むわけではありません。「原則を外したほうがよい」と判断する場面もあります。

自転車は左側、歩行者は右側通行が原則ですが、細い道でちょうど対面となったら、どちらかが逆側を通行したほうが安全で効率的です。原則はあくまで原則。お互いの意思疎通がとれていれば外しても構わない。それと同じ感覚です。

航空管制の例でいえば、「ショートカット」があります。A地点からB地点に飛ぶ場合、原則として「このルートで向かいなさい」という道筋が決まっています。しかし、状況によっては、「ここはショートカットしたほうが早い」という場合もあり得ます。

その際に注意すべきは、それがリーズナブルな指示であることに気づいているのは自分だけで、隣の空域を管轄する管制官は気づいていない場合がある、ということです。また、ショートカットした機が自分の管轄空域内ではほかの飛行機に干渉することはないが、隣の管制官の空域内ではほかの飛行機に近づきすぎてしまう――ということが起きる可能性もあります。

そのため、原則とは違うことをしようと考えたときは、影響を与える可能性がある空域を担当する管制官に「この便をショートカットさせてもいいだろうか」と先に確認しておきます。そのような調整は、隣にいる管制官だけでなく、少し遠くの席や別の場所にいる管制官と行なう場合もあります。調整する内容によっては、異なる管制施設をまたいで、直通電話でやりとりします。

原則と違うけれどメリットがある、安全性と効率を高めることができると思ったら、それは行なったほうがよいでしょう。ただし、自己の管轄に収まらない場合は、「内部調整が必須」という条件の下においてです。

1人で空港・空域すべての飛行機を動かせるのなら、調整はいりません。しかし、実際は複数の人間がかかわっています。原則と違うことをやるときほど、周囲の合意形成が大切です。ここでもコミュニケーションのテクニックが活きてきます。

(出所)『航空管制 知られざる最前線』より

ワンマンプレーは好まれない

管制官には原則を堅持する人と、状況に応じて柔軟な方法を選ぶ人がいます。一長一短があり、正解はありませんが、後者は「イケイケ管制官」などと揶揄されるのを聞いたことがあります。おそらく自分も、現役時代は周囲にそう思われていたのではないかと思います。

原則を堅持するメリットは、管制官の負担が少ないということです。前例主義にも近いかもしれません。今まで通りのやり方を貫くことで、それを守ることに集中できます。

後者のメリットは、関係する管制官のあいだでうまく合意がとれれば、安全性、効率性が向上する、ということです。

そもそもそういった調整をするということ自体、原則通りにやっていたら必要のないものです。それでも、たとえ原則通りでなくてもこっちのほうがよいと判断したら、あえて調整を行なってよりよい管制を実現する――いかにも職人肌という感じですが、こうした行動が周囲に高く評価されるのか、というとかならずしもそうではありません。

調整をすること自体、周囲に負荷をかけることになります。いくら頭の回転が速くて、状況を的確に読み切って、スマートな判断ができたとしても、周囲がそれを受け入れていなかったら当然、評価は下がります。ワンマンプレーは好まれない、ということです。

それまで100回うまくいっていても、101回目に何かが起きてしまったら100回の功績は崩れ落ちます。「安全を守る」というのは、そういうことなのです。

管制はあとで「答え合わせ」ができる 

ただ、原則通りにしろ、柔軟な対応にしろ、管制官は皆、正解がはっきりしないなかで事前の判断が求められるわけです。これはどんな仕事においても、何らかの課題に対して対応を迫られるという点では共通のことかもしれませんが、管制の面白いところは、あとでかならず「答え合わせ」ができてしまう点でしょうか。

たとえば、到着機が空港から10数キロメートルの地点にいる一方、出発機が地上走行しながら滑走路に近づいているという場面で、管制官が無理をせずに到着機を優先し、出発機には滑走路手前での待機を指示したとします。

おそらく、その管制官は「今、離陸許可を出しても間に合うかもしれない」と迷った末に待機の判断をくだしています。出発機がいざ滑走路の手前に到着した時点で、待機か離陸かを判断させてくれればいちばんよいのですが、「クルマは急に止まれない」と同じく、飛行機はすぐに動き出すことができません。

管制官が到着機の位置を見ながら指示しているように、出発機のパイロットも着陸してくる飛行機の動きを目の前で見ながら、離陸できそうかどうかを予想しています。そんななか、管制官が待機を指示したのが2分前なら、その後、地上走行して滑走路により接近するであろう2分後には離陸が間に合うかどうかわかる位置に両機とも到達しています。その時点で、「このタイミングだったら離陸に間に合ったな」、あるいは「管制官のいう通り、待機で正解だったな」と答え合わせができてしまうわけです。

もしも、待機が正解だったとなれば「あの管制官は2分前の時点でこれを読み切った。正しい判断だった」となるでしょう。同じ管制官ならわかるはずです。

これとは逆に、離陸を先にすると判断した管制官は、出発機と到着機の両パイロットに対して調整を仕掛けることができます。到着機には減速の指示を、出発機には離陸を急がせる指示を出して、より自分のつくり出したい交通の流れに寄せていくのです。

現場でもっとも評価される管制官とは

しかし、そこまで柔軟な対応をして離陸させた結果、やはり安全な間隔が保てず失敗に終わるということもあります。

柔軟性を持つことも必要です。ただし、周囲の同意が得られなかったり、現実に負担をかける結果となってしまっては意味がありません。私自身、本当はこうしたほうがうまく行くのに、と思いながらぐっと堪えるシーンは日常的にありました。

航空管制 知られざる最前線 (KAWADE夢新書 S 452)

これは完全な持論ですが、もっとも評価される管制官は、というと「チームワーク力を高められる管制官」だと確信しています。

この人とだったら、気がねなく、何のストレスも感じずに楽しく仕事ができる。この人と一緒に仕事をしているとなんだか安心できる。このメンバーだったらいつでもうまくやれる気がする。緊急事態、悪天候……空港ではさまざまなことが起こります。それでもこのチームだったらうまく乗り切れる。そんな雰囲気をつくれる人が、管制の現場では求められるのだと思います。そこに予測能力の高さや動じない平常心が加われば「満点管制官」です。

管制は、チームスポーツのようなものです。どんなに優れた個人技を持っていても、チームに貢献できなかったら勝つことはできません。全体を見て、先を見通して、あくまで組織の一員としてうまく動ける人こそベストプレイヤーです。

頭がよくて、頭の回転が速くて、英語が堪能で、空間把握能力があって……という一般の方が想像する優秀な管制官の姿は、必要とされる素養のほんの一部でしかないのです。

(タワーマン : 元航空管制官・航空専門家)

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