「中国系頭脳」が"米国に流出"生成AIの熾烈な争い

中国 米国 生成AI Pica

Pikaに「NYタイムズスクエア 中国人女性」などと入れてできた生成AI画像(画像:Pikaで作成)

生成AIを巡る開発競争が加速している。同分野で圧倒的にリードしているのがオープンAIに代表されるアメリカ企業であることに異論はないだろう。

ただ、競争力のあるアメリカの企業は多国籍のメンバーで構成され、中でも中国ルーツの華僑・華人がプロジェクトを支えている。自国の頭脳が次々に流出することについて、中国人は複雑な感情を抱いているようだ。

若い2人の女性が立ち上げた生成AIのPika

6月5日(現地時間)、アメリカの生成AIスタートアップ「Pika」がシリーズBで8000万ドル(約126億円)を調達したと発表した。2023年4月に創業した同社は、簡単な説明文を入れるだけで動画を生成するサービス「Pika 1.0」を展開する。

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Pikaに「フルマラソンをゴールして喜びを爆発させる日本人の中年男性」と入れてできた生成AI画像(画像:Pikaで作成)

創業からわずか1年余りで計1億3500万ドル(約213億円)を調達し、評価額が4億7000万ドル(約740億円)に達する同社は、スタンフォード大学博士課程を中退した若い2人の女性が立ち上げた。

生成AIというトレンドの最先端を走るサービスと、この分野では異色と言える「女性起業家」の組み合わせ、注目されないはずがない。

2024年2月にオープンAIが最長60秒の動画を生成できる技術「Sora」を発表し、Pikaの競合として立ちはだかっているが、今回の資金調達で同社への評価も引き続き高いことが示された。

Pikaはアメリカだけでなく、中国でも高い関心を集めている。というのも、創業メンバー4人のうち3人が華人華僑だからだ。

共同創業者はCEOの郭文景氏とCTOの孟晨琳氏。孟晨琳氏についてはスタンフォード大学に入学し、修士、博士課程に進学したこと以外は詳細な情報がないが、郭文景氏は中国・杭州市の高校に通っていた頃から、国際情報オリンピックをはじめとした学術やプログラミングの国際大会で活躍し、「天才美少女」として国営メディアにも取り上げられる有名人だった。

高校卒業後はハーバード大学に進学し、修士課程を経てスタンフォード大学の博士課程に進学した。高校時代からマサチューセッツ工科大学(MIT)などアメリカの名門大学の研究者や起業家と交流を深め、創業や資金調達でもサポートを受けている。郭文景氏の生年月日は不明だが、昨秋の資金調達を報じる記事に26歳とあったので、現在は26、7歳のようだ。

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Pikaの共同創業者の郭氏(左)と孟氏(右)(写真:Pikaの公式サイトより引用)©Lauren Segal

3人目のメンバーは郭文景氏の高校の同級生で、北京大学に進学した陳思禹氏。同氏も秀才ぶりを国営メディアに紹介されたことがある。残りの1人はイスラエル人と報道されている。

Pikaは2023年11月末、今年6月と、計2回の資金調達を公表している。実は昨年11月末に5500万ドル(約86億円)を調達した際、杭州市に本社を置き、金融業界向けにソフトウェアを開発するサンヤード・テクノロジー(信雅達科技股分有限公司)の株価がストップ高になった。

同社の会長を郭文景氏の父親が務めており、Pikaと取引関係にある、あるいはPikaに出資しているとの噂が広まり、生成AI銘柄としてサンヤードの株価も急騰したのだ。慌てたサンヤードはすぐに、Pikaとの資本関係や取引を否定するコメントを発表した。

米中対立は生成AIの開発競争でも

生成AIをめぐる開発競争はアメリカ企業がリードし、中国が必死に追い上げている。

2022年11月にオープンAIがChatGPTをリリースし、以前から同社に出資するマイクロソフトが自社サービスに搭載した。グーグルも続き、出遅れていたアップルも2024年6月10日、生成AI戦略を発表した。

一方中国ではバイドゥがやや先行しているものの、アリババ、テンセント、バイトダンスといったメガテックからAIスタートアップ、清華大学のような研究機関まで入り乱れてしのぎを削る。

米中関係の悪化で半導体、電気自動車(EV)など多くの産業で分断が進み、生成AIでも米中はライバルに見える。だが、アメリカの生成AIスタートアップは多国籍のメンバーで構成され、中国系人材も多数働いている、というのも1つの現実なのだ。

同分野で独走するオープンAIも例外ではない。

同社のサム・アルトマンCEOは最新モデル「GPT-4o」を発表した2024年5月中旬、X(旧Twitter)で、開発リーダーのPrafulla Dhariwal氏を名指しし、「彼なしには同製品は世に出なかった」と謝意を示した。

インド生まれのDhariwal氏は同じ日、XでGPT-4o開発チームの主要メンバー16人を紹介した。中国のネット界隈ではXやビジネスSNSのリンクトインを通じてその日のうちに16人の素性の特定が進められ、うち6人が中国系であると推定している。

それぞれの国籍は不明なものの、うち4人は北京大、清華大、中国科学技術大、上海交通大と中国の大学を卒業しアメリカの大学院に進学、グーグルやアップルなどメガテックでの勤務を経てオープンAIに入社しているとされる。

ChatGPTにも中国系人材が関わる?

オープンAIは各製品の開発に関わった「貢献者」のリストを公開しているが、中国メディアなどによると「GPT-4o」の1つ前のバージョンである「GPT-4」にも約30人の華僑華人が含まれているという。

中国系の研究者や技術者がグローバル、つまりはアメリカで活躍していることについて、中国ではさまざまな受け止め方がされている。

北京有力メディアの新京報は、Pikaの郭文景氏がハーバード大に合格したことが話題になっていた2015年12月、「ハーバードに進学するあの女の子、一般人は決して同じことを望むな」という一風変わった記事を掲載している。

同記事などによると、郭文景氏の父は前述した通り上場企業の社長、母は名門・浙江大学を卒業後、MITの博士課程に進学している。アメリカで産まれた郭文景はアメリカ国籍だ。

記事は彼女が何度もアメリカを訪問したり、お金のかかるスポーツを楽しんでいることを紹介し、「郭文景氏がハーバード大に入学できたのは、恵まれた家庭環境」に大きく起因すると主張している。

「天才美少女が中国の高校からハーバード大に進学した」ともてはやす国営メディアを、「富二代(金持ちの子どもという意味)のアメリカ人がハーバードに進学したというだけの話だ」と冷笑し、「ハーバードへの道には経済的な壁もある。一般庶民には縁のない話だから夢を見るな」とくぎを刺しているのだ。

この記事が掲載された2010年代前半は、不動産やIT産業で財を成した経営者や共産党幹部の子どもが最初から恵まれた環境でスタートできることを指す「富二代」という言葉が広がり、格差の拡大や固定化が顕著になっていた。郭文景氏がアメリカ国籍であるとわざわざ言及している点にも、格差への反発が見て取れる。

中国のSNS上でのコメント

一方、最近のSNSのコメントは、エリートがアメリカを目指すことにそう否定的ではない。

オープンAIの開発チームに華僑華人が多く含まれていることには、「人材を育成するにも土壌が必要だ。この人たちはアメリカの企業で鍛えられたからこそ、今のレベルに到達したとも言える」「中国の教育制度の下にいたら、彼らも今のようにはなれなかっただろう」など、「誇らしい」「羨ましい」と感じていても、「けしからん」という意見は少ない。

むしろにじみ出るのは、現状への閉塞感や自国の教育体制への問題意識だ。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)

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