阪急阪神HDの会長再任を「阪神ファンが救った」説

阪急阪神HDの角和夫会長

阪急阪神HDの角和夫会長グループCEO。阪急電鉄社長時代から数えると、20年以上もの間、グループのトップに君臨する(撮影:ヒラオカスタジオ、2019年4月撮影)

「株主はじめ多くの皆様に心よりお詫びします。一丸となって再発防止策に取り組んでおります」。阪急阪神ホールディングス(HD)が6月14日に開いた定時株主総会の冒頭、議長を務める角(すみ)和夫会長グループCEOはそう謝罪した。

今年の総会は「角ショック」とも言える波乱が起きた。阪急阪神HDが17日に関東財務局に提出した臨時報告書によると、角会長の再任に対する賛成率は57.45%にとどまった。昨年の90.46%から30ポイント超も下落した。

角会長の取締役再任への賛成率は、阪急阪神HDが2010年に開示して以降、一度も85%を割り込むことがなかった。取締役に選任・再任されるには、出席株主の過半数から賛成を得る必要がある。つまり、今回の57%はギリギリセーフでの再任だった。

「賛成率が低かったのは、さまざまな要因が影響している。厳しいご意見があるのは事実。信頼回復に向けて、努力していきます」。阪急阪神HDの広報担当者はこうコメントした。

阪急阪神HD角会長の賛成率

宝塚歌劇団問題への批判の声

阪急阪神HDは「さまざまな要因」と説明するが、角会長への賛成率が低かったのは、同社のガバナンスに不安を抱く株主が多かったからにほかならない。

グループが運営する宝塚歌劇団では2023年9月に、上級生らによるパワーハラスメントを受けて俳優の死亡事故が起きた。阪急阪神HDは事故発生から半年が経過した今年3月28日に緊急会見を開き、パワハラを認め、角会長が遺族に直接謝罪したことを公表した。

一連の対応の遅れは、株主の経営陣に対する批判につながった。

今年の株主総会の出席人数は2035人。開催時間は2時間10分だった。質問者は15人で、宝塚歌劇団問題を含むエンタメ事業についての質問が10ほどあった。

「宝塚の件が原因で株価が下がっているのではないか」と、問い詰める株主もいた。実際、昨年9月には5000円台で推移していた阪急阪神HDの株価は、その後下降線を描いている。6月14日時点では4094円と冴えない。

さらに、賛成率急落が明らかになった6月17日の終値は3952円と、前日終値から3%以上も落ち込んだ。

57%は高すぎるとの声も

角会長の賛成率にはさまざまな受け止め方がある。

「57%の賛成率は高すぎる」。そう語るのは、関西私鉄大手の幹部だ。この私鉄幹部は、「宝塚の件だけでなくトップ在任期間が長すぎることが問題」と指摘する。

現在75歳の角会長は1973年に阪急電鉄に入社。2003年に同社社長に就任した。そして2006年の阪神電気鉄道との経営統合を経て、同年に阪急阪神HDの社長に就いた。2017年には代表取締役会長とグループCEOを兼任し、現在にいたる。

阪急電鉄時代から数えると、実に20年以上もの長期間にわたり、グループの経営トップに君臨している。

「高すぎる」という声がある57%の賛成率について、関係者の間には「運営する阪神タイガースの熱烈なファンが下支えした」との見方も出ている。阪急阪神HDの株主構成は4割以上が個人株主。しかも阪神タイガースのファンが多いことで知られる。

阪急阪神HDの株主でタイガースファンでもある50歳代の男性は、「昨年の日本一の立役者である岡田彰布監督は角会長が就任を後押ししたとされる。角会長がいなくなると岡田監督も退団してしまうことが懸念され、それでは困る」と語る。

なお株主総会では、タイガースに関する質問が出ることも定番となっている。「外国人のミエセス選手とノイジー選手は活躍していないのになぜ起用するのか」など、今年は2件の質問があった。

阪急阪神HDの株主構成

業績は高水準が続き良好

株主総会では波乱が起きたものの、阪急阪神HDの目下の業績は順調に推移している。2024年3月期は営業利益1056億円(前期比18%増)と、高水準の利益をたたき出した。鉄道事業の旅客数が回復したことに加え、タイガース優勝の特需によりエンタメ事業が収益を押し上げた。

今2025年3月期の営業利益は1058億円と横ばいの見通し。だがこれは、タイガース優勝の特需がないという前提の数字だ。しかも私鉄大手は、期初に慎重な計画を出す傾向がある。鉄道やホテル事業が堅調なことを考えると、今期の収益が上振れる可能性は十分にある。

大型再開発プロジェクトも着々と進んでいる。グループ会社が事業者として参画する「うめきた2期地区開発事業(グラングリーン大阪)」(大阪市北区)は、今年9月の先行街開き、2027年度の全体開業を計画する。「芝田1丁目計画」(大阪市北区)では、阪急三番街や大阪新阪急ホテル、阪急ターミナルビルの全面改装について、「竣工時期などは未定だが(全面改装は)構想にあり、目下検討中」(IR担当者)とする。

賛成率とともに開示された2024年3月期の有価証券報告書。そこでは優先的に対処すべき課題として、「宝塚歌劇団に対するガバナンス機能の強化」などを掲げた。昨年の有価証券報告書にはなかった記述だ。

業績は良好ながらも角会長を含めた経営陣がこの先どのような動きを見せるのか。多くの株主が見守っている。

(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)

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