「空港施設vs.物言う株主」でANAが思わぬ被弾

空港施設

羽田空港周辺のビルなどを保有する空港施設。アクティビストとして知られるリム・アドバイザーズから株主提案を受けている(記者撮影)

「ガバナンスについて伺わせてください」。マイクを手に取った男性が質問を切り出すと、会場内に緊張が走った。

国交省OBの人事介入問題で昨年注目を浴びた「空港施設」。羽田空港周辺で空港関連施設やオフィスビルの賃貸、冷暖房の供給などを行う、東証プライム市場上場の企業だ。5月31日の決算説明会では、6月27日の定時株主総会に向けた前哨戦ともいえるやり取りが繰り広げられた。

質問した男性は、香港の投資会社リム・アドバイザーズの松浦肇氏だ。アクティビスト(物言う株主)として知られるリムは4月、空港施設に対し株主提案をした。日本航空(JAL)とANAホールディングスからの「天下り」を役員として受け入れることは禁止する、など6つの議案を出した。

JALとANAはともに空港施設の大株主で、合計すると約42%の株を保有している。その2社出身の2人の副社長がプロパー出身である田村滋朗社長の脇を固める。JALとANAが空港施設を実効支配しており、天下り役員にはガバナンス上の問題があると、リムは主張している。

3問中1つのやり取りだけが公表

決算説明会に乗り込んだ松浦氏は3つの質問をした。しかし空港施設が後日開示した「決算説明会 質疑応答」の資料には、1つの問いをめぐるやり取りしかない。空港施設は「要約したものを公開している」と省略した理由を説明する。

記されていたのは、「昨年の株主総会における大株主の議決権行使の状況について、大株主間で議決権行使の内容の事前合意はあったと思うか」という問いと、「株主様のご意見であるため当社がコメントする立場にない」とする回答だ。

昨年の空港施設の総会では、JAL出身の社長の再任が否決された。ANAは「人心を一新すべき」と反対票を投じたことを明らかにしている。JALは当時明確にしなかったが、再任に反対していたことがわかっている。松浦氏はこの社長解任劇に至る過程を改めて問うたわけだ。

では残り2つのやり取りは、いったいどのようなものだったのか。2つ目の質問も、昨年の社長解任におけるJALとANAの合意の有無に関するものだった。

「昨年の総会の2日前。御社の総会担当者に大株主の1社から電話があった。『明日の午後1時くらいにもう1社の大株主が投票(議決権を行使)する。それを確認してから当社も投票する』と、御社に伝えたと聞き及んでいる。その大株主はどうやって他社の投票を確認したと思いますか」

JALとANAの間で事前合意があったのでは、とさらに切り込んだわけだ。松浦氏は日本経済新聞社の元記者で、経済事件などを取材してきた経歴の持ち主でもある。

答えたのは空港施設で経営企画などを担当している笹岡修取締役。「われわれがそのような認識をしているわけでなく、両者の関係について把握していたりコメントしたりはできない。ご理解いただければ」と述べた。

3つ目の質問も昨年の社長解任に関する内容だった。ただ松浦氏の述べた見立ては、思わず耳をそばだてる内容だった。

プロキシーファイトをちらつかせた?

空港施設幹部は総会に諮る取締役選任案について理解を得るため、大株主の元を訪れた。そうすると大株主の幹部が、「バランスを失した取締役選任案には賛同できない。このまま総会に諮るなら『DBJ』も巻き込んでプロキシーファイト(委任状争奪戦)も辞さない」と言った――。

バランスとは、空港施設の社内取締役におけるJAL出身者とANA出身者の人数を指す。慣例では1名ずつだったところ、昨年の総会に諮られた案は再任を否決された社長を含めJAL出身者が2名、ANA出身者が1名だった。

こうした背景から反発した大株主はANAだったとみられる。DBJは3位株主の日本政策投資銀行のことだ。JALやANAと異なり、社長の再任に賛成票を投じた。

「なぜ株主共同の利益に反する発言をするような大株主から取締役を受け入れるのか。その後、田村社長は抗議したのか」。この松浦氏の問いに田村社長は、「エアラインに抗議はしていない」と答え、「航空業界の知識・経験を持つ人材は当社として必要と感じている」と述べた。

東洋経済がANAに事実関係を問い合わせたところ、メールで回答を得た。プロキシーファイトに関する発言の有無については「子細までは覚えていない」とのこと。そのうえで次のように説明する。

「空港施設の企業価値向上に資する体制がどうあるべきかという観点から、次の時代を担う人材を尊重し、人心を一新すべきと考え、取締役選任議案に対する当社の考え方を事前に説明したことは事実。会社提案内容が変わらなかったため、事前に説明した内容のとおり、議決権を行使した」

そもそもJALとANAからの天下り役員の存在はどう考えればいいのだろうか。焦点となるのが2社と空港施設との間における利益相反だ。

リムは「空港施設がここ数年来求めてきた冷暖房費などの条件改定に2社などが消極的だったとされている」と問題視する。対するJALとANAの見解は次のとおりとなる。

「空港施設との関係は、形式的には利益相反の構造に該当するかもしれないが、実質的には利益相反に該当する関係性にはない。空港施設の施設を賃借するにあたっても建設的な議論を重ねており、取引上も株主である立場を利用して強引に厳しい条件を押し付けるようなことはない」(JAL)

「空港施設との間には、羽田空港における施設利用や賃貸借等の取引があるが、公正な契約に基づき、経済合理性と安定継続性を追求した取引を行っている。株主という立場を利用した利益相反取引は生じていないと考えている」(ANA)

天下り役員の存在に頼っている側面も

一方、悩ましい立場なのが空港施設だ。関係者は「利益相反の指摘は免れない」と語る反面、「プロパーだけでの経営は難しい」ともこぼす。JALとANAから役員クラスの天下りを受け入れることで「助かっている側面もある」と話す。

というのも空港施設の主要ポストはこれまで国交省の元官僚たちが占めてきた。成長戦略などの経営については国交省OBたちが決定し、それらを現場の社員が実行してきた。

空港施設の社内取締役の構成

だが、経営を支えてきた国交省OBらは昨年の人事介入問題を機に、ほぼ全員が退いた。そのためJALとANAから送られてくる役員クラスの人材が頼りになるというわけだ。

空港施設の株価は停滞が続いている。直近の株価は600円前後でPBR(株価純資産倍率)は0.5倍と、東証の求める1倍を大きく下回っている。リムは「空港施設の少数株主は辛酸をなめ続けてきた」と痛烈に批判する。

総会でリムの提案が可決される可能性はほぼない。とはいえ、一般株主らは空港施設の現経営陣にどのような評価を下すのか。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)

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