池上彰「第三次世界大戦は起きない」と考える理由

最新の世界情勢を池上彰氏が解説(撮影:ヒダキトモコ)
戦後79年、日本は一度も戦争の当事者国になっていない。しかし世界では、絶えることなく戦争や紛争が続いてきた。そして2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。2023年10月には、イスラム組織ハマスとイスラエルの間で戦闘が始まった。
世界はどこに向かうのか、日本はこのまま平和でいられるのか――。
そうした疑問をジャーナリストの池上彰氏が解説する『新・世界から戦争がなくならない本当の理由』より、一部抜粋しお届けします。

第三次世界大戦は起きるか

いまウクライナとパレスチナでは戦闘が行われています。この戦火が3度目の世界大戦を呼び起こすのか──そう案じる声も聞かれます。本稿では第三次世界大戦の可能性について考えます。

そもそも「世界大戦」とは、どのような状態を指すのでしょうか。実は、明確な定義はありません。辞書を開いても、「世界規模で行われる戦争」などとされています。つまり、多数の国が敵味方に分かれて戦うこと。英語なら「ワールド・ウォー(World war)」です。

日本は第一次世界大戦(1914~1918年)に参戦しています。この戦争は連合国(協商国。イギリス、フランス、ロシア、ルーマニア、アメリカなど)と同盟国(ドイツ、オーストリア゠ハンガリー、オスマン帝国、ブルガリアなど)の戦いです。当時、日本は日英同盟を結んでいましたから、イギリスの要請で戦争に加わったのです。

1914年8月にドイツに宣戦布告、ドイツ軍が拠点としていた中華民国・山東半島の青島を攻撃しました。1917年6月には地中海のクレタ島付近で、救助作業中の日本の駆逐艦がドイツ軍のUボート(潜水艦)に魚雷攻撃を受け、59人が戦死しています。

第一次世界大戦に関わったのは、日本を除けばヨーロッパの国々です。アジアやアフリカ諸国は参戦していません。それでも、当時の「世界」という概念がヨーロッパ中心でしたから、「世界大戦」と呼ばれるわけです。これが第二次世界大戦になると、アジアまで広がりました。文字どおりの世界大戦です。

こうした考え方に基づくなら、ロシア・ウクライナ戦争は世界大戦ではありません。ところが、もしウクライナ軍にNATO軍が加わり、ロシア対NATOという構図になれば、第三次世界大戦になり得ます。なぜならNATO軍は、欧州合同軍(EU)、大西洋連合軍(アメリカ)、海峡連合軍(イギリス)、カナダ・アメリカ計画グループ(カナダ)など各国の軍隊で構成されているからです。

しかしプーチンは、ロシア対NATOの戦争は避けたい。だから核兵器の使用をほのめかして脅しているのです。NATO側も、対ロシア戦争にならない程度にブレーキをかけています。したがって、いまのままであれば、ロシア・ウクライナ戦争が第三次世界大戦に拡大することはないでしょう。

アメリカの2隻の空母が意味すること

では、イスラエルとハマスの戦いはどうでしょう。イスラエル軍の攻撃でパレスチナの人たちが犠牲になっているわけですから、アラブ諸国が同胞としてパレスチナを支援し、ハマスに加勢するのは当然でしょう。しかし、アラブ諸国は軍を派遣するような直接行動は取らず、イスラエルへの非難声明を出すに留まっています。

イランの最高指導者アリー・ハメネイ師は、2023年11月5日、X(旧・ツイッター)に「侵略者であるシオニスト(イスラエルのこと)に対するパレスチナの抵抗を支持することが、イランの永続的な政策だ」と投稿しました。ハマスの指導者イスマイル・ハニヤとテヘランで面会後のことです。かといって、イラン軍や革命防衛隊(正規軍とは別系統でハメネイ師直属の武装組織)がパレスチナに出動することはありません。

もしイランがイスラエルと全面戦争になれば、イスラエルは核保有国ですから核ミサイルをイランの首都テヘランに向けて発射するかもしれません。しかも、アメリカは間違いなくイスラエルを支援します。

イスラエルがハマスを攻撃すると、アメリカは地中海に2隻の空母(航空母艦)を展開しました(いまは引き揚げています)。この表現だと空母2隻だけと思われるかもしれませんが、実状は違います。空母を含む軍艦が20隻です。これはアメリカの空母が「空母打撃群」というチームを組んでいることによります。

空母は戦闘機や爆撃機を載せていますから攻撃能力に優れていますが、防御能力は脆弱です。そのため、周囲にミサイル巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、補給艦などを配し、大体10隻でひとつのチームを組んでいます。ということは、空母2隻=2チーム・軍艦20隻の計算になります。驚異的な攻撃能力です。

【2024年6月18日11時00分追記】初出時、記載に誤りがあり、一部訂正いたしました。

空母から戦闘機や爆撃機が発艦し、ミサイル巡洋艦が一斉に数百発のミサイルを発射すれば、核兵器を使わなくてもテヘランは壊滅します。アメリカは、その力をイランに見せつけたのです。だからイランは、イスラエルに対して非難の声を上げるけれども、自ら手を出そうとしません。地中海を遊弋する2隻の空母、この現実が戦争の抑止力になったのです。

国際航路の安全を確保するための報復攻撃

その代わりイランは、支援する武装組織を動かして“ちょっかい”を出しています。武装組織とは、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派のことです。たとえば2023年12月12日、フーシ派が紅海でノルウェー船籍のタンカーをロケット砲で攻撃しました。この船はイスラエルの港に向かっており、それを妨害するのが目的でした。

こうした攻撃が続いたため、アメリカ軍とイギリス軍がイエメン領内にあるフーシ派の拠点に報復攻撃を行いました(2024年1月12日)。アメリカの国防総省は「フーシ派の攻撃能力を低下させた」と発表しています。攻撃の応酬で中東の緊張感が高まりましたが、この報復攻撃はアメリカとイギリスがイスラエルを支援するというより、国際航路の安全を確保する性格のほうが高いと言えます。

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フーシ派の兵力は約2万人で、イスラエルが射程圏内に入るミサイルを擁しています。そして、アメリカとイスラエルが「敵」であることと、ハマスとの連帯を公言しています。その後ろ盾がイランです。だからといって、イランがイスラエルとの全面戦争に踏み切ることはないでしょう。

イスラエルの核兵器とアメリカの空母2隻の存在が歯止めになっているからです。フーシ派による攻撃はイスラエル側の力を分散させ、ハマスを後方支援するための、あくまでも“ちょっかい”なのです。

つまり、イスラエルとハマスの戦いもロシア・ウクライナ戦争と同様に、第三次世界大戦につながることはないでしょう。ただし、どちらも第三次世界大戦への「危機的な状況」を招いたことは間違いありません。

恐怖が「次の戦争」に対する抑止力になる

ウクライナとパレスチナで多くの血が流れ、それは今も続いています(2024年2月末)。そして悲惨な映像を見て、人々の間に危機意識と恐怖が生まれました。その恐怖が、「次の戦争」に対する抑止力になっています。2度の世界大戦を経験した人類が、その歴史から少しは学んだと言えるかもしれません。

(池上 彰 : ジャーナリスト)

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