世界の富裕層が注目「究極のポルシェ」日本へ

大胆な空力パーツや大径ホイールを装着しながらも、オリジナルの雰囲気を保つ不思議なクルマ(写真:Singer Vehicle Design)

大胆な空力パーツや大径ホイールを装着しながらも、オリジナルの雰囲気を保つ不思議なクルマ(写真:Singer Vehicle Design)

今、世界の富裕層にもっとも注目されるポルシェ「911」――。

その答えは、ロサンジェルスに本拠を置くSinger Vehicle Design(シンガー)が手がける911だ。300万ドルに迫る価格でも、“引く手あまた”なのである。

このシンガーが、これから本格的に日本の顧客向けにもサービスを開始すると、2024年5月に東京で記者会見を開いた。1980年代から1990年代にかけての911(964型)のみを対象に“リイマジン”(再解釈)するというのが彼らのビジネス。どこまで商機があるのだろう。

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911の可能性をとことん追求する

「よくシンガー・ポルシェと呼ばれますが、私たちがやっているのは、あくまでクラシック911のドナーカー(ベース車両)のレストレーションとモディフィケーション(改造)です。エンジンのパワーアップをはじめ、サスペンションシステムのチューニング、CFRP(炭素繊維樹脂)のボディパネルなど、空冷911の可能性をとことん追求すること。そうやって仕上げることを、リイマジンと呼んでいます」

理想の911を創るべく2009年にシンガーを創業したディキンスン氏(筆者撮影)

理想の911を創るべく2009年にシンガーを創業したディキンスン氏(筆者撮影)

プレゼンテーションのため東京を訪れた(2度目の来日だそう)、創業者兼エグゼクティブチェアマンのロブ・ディキンスン氏は、そう語った。

私が初めて、シンガーが手がけた911を見たのは、2018年のこと。イギリス南部で開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードの会場だった。コース外の芝生に、何台ものクラシックスポーツカーが置かれており、その一画に置かれていた。

特に大々的な説明パネルなど見当たらなかったが、大勢の来場者が「Oh! Singer!!」と数台の911を取り囲んでいた。

そこに置かれていたシンガーによる911は、空力パーツもついていたし、リアにはエンジンの熱気を出すためにネットが張られているなど、カスタマイズされたサーキット用911という雰囲気。でも、決して派手というものではない。

それでも英国の自動車ファンが興奮を隠せない様子を見て、シンガーの存在感が理解できた気がした。

東京・神宮前のトランクホテルを使った会場に置かれたのは、「ターボスタディ」と「DLSターボ」と名付けられた2台。

前者のターボスタディは、コードネームでいうところの964型(1989年〜1993年)をベースに911ターボ(1975年〜1989年)の雰囲気に仕上げたモデルで、2022年に発表された。

一見するとキレイにレストレーションされ911ターボに見えるターボスタディ(筆者撮影)

一見するとキレイにレストレーションされ911ターボに見えるターボスタディ(筆者撮影)

「ウルフブルー」なる塗色を施した軽量炭素繊維のオリジナルボディ、インタークーラー付きターボチャージャーを2基備えた3.8リッター空冷水平対向6気筒エンジン、450HPあるいは510HP(HPは英馬力で510HPはおよそ375kW)の出力、6段マニュアル変速機、カーボンセラミックブレーキ、専用仕上げの内装、ヒーティング機能つきシートなどを装備。

インテリアもオリジナルの雰囲気を損なわずカスタマイズされている(筆者撮影)

インテリアもオリジナルの雰囲気を損なわずカスタマイズされている(筆者撮影)

9000rpmで700HP、超ハイスペックなDLSターボ

「ダイナミクス&ライトウェイティング・スタディ」の頭文字をとったモデルがDLSターボで、ベースはやはり964型。ディキンスン氏は「サスペンション、ブレーキ、ステアリングシステムはしっかりしていて、空冷エンジンの911の中でもベース車としてもっともポテンシャルが高い」と、964型を選ぶ理由を説明している。

その外観は、1970年代にレースで数々の勝利を獲得した「935」をイメージしつつ、現代風に仕上げられている。

ターボ・スタディとは違い、DLSターボは大きな空力パーツがただならぬ雰囲気を醸す(筆者撮影)

ターボスタディとは違い、DLSターボは大きな空力パーツがただならぬ雰囲気を醸す(筆者撮影)

搭載される3.8リッター水平対向6気筒エンジンには4バルブ化されたヘッドが載せられ、電気式ウェイストゲートと水冷インタークーラーを備えた2基のターボチャージャーを装着。700HPの最高出力を、9000rpmを超えるエンジン回転域で絞り出す。

さらに、専用ダンパーをはじめとするサスペンションシステムや、カーボンのブレーキキャリパーとモノブロックのブレーキピストン、ミシュラン「パイロットスポーツカップ2」あるいは同「カップR」タイヤも装備される。

当時のデザインの中に「最新」を見つけることができるインテリア(筆者撮影)

当時のデザインの中に「最新」を見つけることができるインテリア(筆者撮影)

シンガービークルデザインは、F1でおなじみ、ウィリアムズ・アドバンストエンジニアリングの協力のもと、超ハイスペックな車両を仕上げているのだ。

「もしオーナーが望むなら、街乗りしやすい仕様に変更することも可能です」とディキンスン氏が言うように、フロント部分やスポイラーを含めたリア部分など、炭素樹脂製のボディパーツをそっくりつけ替えることも可能である。

シンガービークルデザインの創業は2009年。「そもそも911に強く惹かれたのは、私が子どものとき、家族で出かけた南仏でのドライブでした」とディキンスン氏は笑顔で語る。

「父のフォルクスワーゲン・ビートルに乗ってオートルートを走っていると、後ろから911がやってきたのです。それを見て私は“なんてすごいクルマなんだろう!”と雷に打たれたような衝撃を受けました」

ロックミュージシャンとしても活躍していたディキンスン氏(筆者撮影)

ロックミュージシャンとしても活躍していたディキンスン氏(筆者撮影)

その後、クルマの世界へ進もうと、学校では自動車デザインを専攻したディキンスン氏。それでも当時は、ロックミュージシャンになるか自動車デザイナーになるか、迷いがあったそうだ。

シンガービークルデザインの“シンガー”とは、キャサリン・ホイール(Catherine Wheel)なるイギリスのロックバンドでボーカリストを務めていた自身のキャリアと、「911のエンジン音が歌のように聴こえることから」とディキンスン氏は『Forbes』誌のインタビューで答えている。

「自分の911」へのニーズがビジネスに

「学校を卒業して自分の思いどおりに改造した911に乗っていたところ、“同じように自分のクルマを仕上げてくれないか”と、声をかけられたのをきっかけに、オーダーがくるようになりました。その台数が10台を超えたとき、“もっと多くの人が、自分と同じような911を欲しがっているのでは?”と、ビジネスへ舵を切りました」

成功の要因は、単に古いポルシェのレストアとチューニングにとどまらず、「独自の価値観を入れたこと」とディキンスン氏は分析する。

グリーンのカラーリングも「当時っぽい」ターボ・スタディの一例(写真:Singer Vehicle Design)

グリーンのカラーリングも「当時っぽい」ターボスタディの一例(写真:Singer Vehicle Design)

「かつて深く愛されたもの(クルマ)を今、真剣に、高い技術で、現代にも合ったように手を入れ、当時を知らない人にも受け入れてもらえるように“リイマジン”する。このアイデアが功を奏したと思います」

これこそが「なぜ昔の911にこだわるのか」という問いに対する、ディキンスン氏の答えだ。

先に触れたとおり、964型のシャーシを使い、炭素樹脂で作り直したボディは1964年発売の初期型911(901型という)からインスピレーションを得ているという。これも強いこだわり。

価格は、今回東京に持ち込まれたターボスタディが110万ドルで、DLSターボが270万ドルだという。邦貨にして、1億7000万円と4億2000万円超。それを払える人は、ドナーカーをシンガーに渡し、“レストレーション”を依頼する。

上記のターボスタディは内装も当時の911にあったようなチェック柄で仕立てられている(写真:Singer Vehicle Design)

上記のターボスタディは内装も当時の911にあったようなチェック柄で仕立てられている(写真:Singer Vehicle Design)

台数は戦略的に絞っていて、2024年2月に(ようやく)300台目のレストレーションが完成したと、シンガービークルデザインによるニュースが発信された。オーダーは現時点で450台に達していて、納期は3年だとか。

日本ではコーンズをパートナーに

「ドナーカーは、ご自身がすでに乗っているクルマでもいいし、私たちに探し出すことから依頼してもらってもかまいません。ドナーカーを現地に送ったり、レストア後にそれを日本へ引きあげてきたり、さらにその後のメンテナンスも行います」

そう話すのは、新たに日本でのパートナーとなったコーンズ・モータースだ。輸入代理店ではなく、あくまでもユーザーとシンガーの橋渡しをするパートナーとしてコーンズが介在する。

「最初にシンガービークルデザインの911を見たときの感動は、今も強く覚えています。オリジナルを決して崩さない彼らのリイマジンの姿勢にも共感しますし、クルマ好きを感動させるものがあると思います。少数ゆえに儲からないかもしれませんが、そうしたことこそが、私たちの未来にとっても、日本で一緒にビジネスをやる価値だと思う理由です」

同じ記者会見の席上で、コーンズ・モータースの林誠吾代表取締役社長兼CEOは、大意上記のことを語った。

一般的な輸入代理店やディーラーとは異なるパートナーという形でユーザーをサポート(写真:Singer Vehicle Design)

一般的な輸入代理店やディーラーとは異なるパートナーという形でユーザーをサポート(写真:Singer Vehicle Design)

「ロックンロール・スピリットとすばやく的確な決断力を持って、すぐれたスタッフとともにビジネスを続けていきたい」とディキンスン氏は言う。

ロックンロール・スピリットというのがディキンスン氏らしいが、シンガービークルデザインのこれからを考えれば、964型だけでなく、930型だって993型だってベース車両になるかもしれない。

究極の911を作り出すシンガービークルデザイン、ポルシェファンにとって楽しみはまだまだこれからだろう。

【写真】美しいレストレーション「シンガー・ポルシェ」を詳しく

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)

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