アップルがAI戦略で「他社に頼った」という大誤解
アップルはAIで遅れていたが、今回のWWDCで巻き返しの策に出た。
巷での評判はそんなところではないだろうか。そういう言い方もまた間違いではないが、WWDCを現地で取材する身としては、また別の印象を受けている。
同じような時期に走り始めたビッグテックだが、商品戦略の違いで表に出てくるタイミングと、戦略上の組み立てが違うというのが筆者の見方だ。
さらに言えばレース自体のゴールも見えておらず、どこまでどう走るべきかを模索している、というのが現状ではないだろうか。
では、その中でアップルが目指すゴールはどこで、他社とはどう違うのか? その点を考察してみたい。
「遅れを挽回」という見方に対する違和感
GoogleにしろOpenAIにしろMetaにしろ、ビッグテックは大規模な生成AIの開発に力を入れている。
それらの企業と違い、アップルは“クラウドで動く大規模な生成AI”に積極的でないように見える。それが“遅れ”と感じられる部分はあるのだろう。
今回アップルは、各種OSでOpenAIの「GPT-4o」を使えるようにした。そのため「OpenAIをパートナーとして遅れを挽回」と説明する記事も多い。
ただ、これはちょっと認識が異なると感じる。
そもそもアップルはOpenAIとの提携をAI戦略の主軸に据えてはいないからだ。
アップルとOpenAIの提携は独占的なものではないし、OSに深く組み込んだものでもない。今後はGoogleの「Gemini」など、他社のクラウドAIも使えるようにしていく予定だという。ウェブブラウザーで検索エンジンの設定を切り替えるようなものだ。
他社の生成AIを使うのは、アップル独自のAIである「Apple Intelligence」とは違う結果を得たいとき。そこでユーザーが選択して利用する機能となっている。
確かにクラウドで動く巨大で賢い生成AIは重要な存在ではある。ただ、「賢いAIに何かを聞く」「複雑なプロンプトを記述して処理してもらう」というのは、生成AIの使い方の1つにすぎない。
アップルが目指しているのは、クラウド上の大きな知性をサービスとして提供することではなく、機器をより便利に使うためのAIだ。
ほかのビッグテックの場合、収益の源泉はサービスもしくは広告が中心。生成AIの強化=サービスの強化という意味合いも強い。生成AIはコストのかかるサービスであり、だからこそ、AIを作る基盤整備やオフィスアプリケーションへのAI搭載といった要素が有料で用意されていくのは必然だ。
一方でアップルは、iPhoneやMac、iPadといったデバイスの販売から多くの収益を得ている。だとすれば、生成AIで強化すべきはデバイスの魅力という話になる。
OpenAIなどとの提携は最後のピース
もちろん実際には、他社もクラウドだけをやっているわけではない。GoogleがAndroidの中に生成AI「Gemini」を組み込んだり、マイクロソフトが生成AIを活用するPC規格である「Copilot+ PC」を推進したりするのはデバイスの魅力をアピールするための施策だ。
ただ、他社がクラウド側からデバイス戦略を組み立てているのに対し、アップルはデバイス側から戦略を積み上げている。
アップルにとってOpenAIやGoogleなどの生成AIが追加要素なのは、その部分が土台ではなく最後の1ピースになるからだ。
では、デバイスの魅力を増すためのAIとはどういうものか?
ポイントは人の行動履歴を把握することであり、デバイスの中に蓄積された情報の意味を理解することである。
Apple Intelligenceが組み込まれたアップル製品では、過去にやり取りしたメッセージから「先日、妻におすすめされたポッドキャスト」を探して聞くこともできるし、「母が到着する飛行機の時間と、空港の近くにある彼女が好きそうなレストラン」を呼び出すこともできる。
数万件を超える写真の中から「顔にステッカーをつけた娘」の写ったものだけを探すこともできるし、「旅行で撮った写真から、最後が2人のセルフィーで終わる動画を作る」こともできる。
ここで挙げた例は、いずれも人間なら簡単に把握できる内容だが、機械が把握するには使っている人間の行動や文脈を理解しておく必要が出てくる。写真を検索するにも、写真にはそもそもなにが写っているのかを細かく認識して蓄積していなくてはならない。
「オンデバイス生成AI」をトレーニングしていた
確かにこうした分析は生成AIが得意とするものだ。
だが、どれも非常にプライベートな内容であり、解析した結果がネットに流出したり、広告などに使われたりすると大変なことになる。AIの学習に使われることも避けたい。
そのため、機器の使い勝手を上げるAIでは、どのメーカーも機器内だけでAI処理を進めるオンデバイスAIを使って、プライバシーに配慮している。
オンデバイスAIの開発についてはOpenAI独走という状態にはなく、マイクロソフトもGoogleも、そしてMetaもそれぞれ独自に結果を残し始めている。アップルはさらにそこに割って入ることになった。
あまり知られていないが、アップルは2023年に「AXLearnフレームワーク」という技術を公開している。Apple Intelligenceに使われているものだが、公開のさらに数年前から独自開発を進め、Apple Intelligenceで使う「オンデバイス生成AI」をトレーニングしていたという。
さらにApple Intelligenceでは 「Private Cloud Compute」 と呼ばれる技術を組み合わせる。
これはサーバーを利用するものの、処理ごとにプライベートな形で演算力を使い、処理が終わったら情報をいっさい残さないというものだ。Apple Intelligenceでは機器内のデータや履歴は個人のデバイス内にしか残らず、アップルもその内容を知らない。
さらに言えば、AIの処理結果は「同じ個人が持つデバイス同士」ですら共有されない。MacとiPhoneを持っている人がいたとしても、AIは情報をやり取りすることはない。「自分のMac」「自分のiPhone」だけにAIが作ったインデックス情報が蓄積される徹底ぶりだ。
多くのメーカーは、プライバシーを重視するためにオンデバイスで処理することとクラウドで処理することを分類する。
一方でアップルはオンデバイスで処理するのを基本とするが、必要な時はプライバシー重視のクラウドを併用、さらに望めば他社のクラウドAIという組み合わせになる。
「次のiPhoneが欲しくなるAI」を作れるか
アップルのこうした戦略は非常に興味深いものだ。
今年秋に発売されるiPhoneは、全機種がApple Intelligence対応になるだろう。MacもiPadも、近いうちに全製品がApple Intelligence対応にシフトすると考えるのが自然だし、アップルとしてはそこへの買い替えを推進したいところだろう。
Apple Intelligenceが期待通りの賢さに到達し、消費者が満足するかどうかはまだ判然としない部分がある。対応アプリや使い方の認知向上など、アップルがやるべきことは多数ある。実機での動作が見えてこないと、思わぬ落とし穴が存在する可能性も否定はできない。
クラウドからの方法論であろうがデバイスからの方法論であろうが、消費者にとって重要なのはAIでどれだけ良いこと・価値あることが起きるかだ。
生成AIは急速に盛り上がったが、価値ある利用はなかなか拡大しない。どういうシナリオで、どういう業務に、どういうコスト感で使えばいいのかがわかりにくいからだ。要約や翻訳など、シンプルで明確な価値がすでにあるものの、その先はなかなか定着しない。
とはいえ、プライバシーを守ったうえで個人向けの使い勝手向上に特化することは、他社との差別化にプラスであるのは間違いない。写真の検索が劇的に楽になったり、メッセージの文脈に合わせたオリジナル絵文字を送る「Genmoji」を使ったりするのは、現状アップルらしい切り口ではある。
他社より前にいかに「個人にとって魅力のあるAIの使い方を見つけるか」が、アップルらしい生成AIの勝ち筋であり、次のiPhoneやMac、iPadへの買い替えを促すものと言える。
(西田 宗千佳 : フリージャーナリスト)
06/14 05:10
東洋経済オンライン