フランス「極右首相」は生まれるか、何が起きるか

パリのリパブリック広場では、極右政党の勝利に対するデモが行われた(2024年6月10日、写真:Ibrahim Ezzat/NurPhoto via Getty Images)

6月6~9日に欧州連合(EU)の加盟各国で行われた欧州議会選挙では、極右勢力が議席を伸ばしたが、中道右派会派が最大会派の座を死守し、他の親EU会派と協力して議会運営を行う可能性が高い。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長も2期目の続投に前進した。

その意味で今回の選挙がEUの政策運営に与える影響は限定的だが、極右勢力の躍進を受けて主流会派の政策の中心軸が右傾化することや、国内政局への波紋が懸念される。

なかでもフランスでは、大統領支持会派が極右政党に大敗したことを受け、マクロン大統領が国民議会(下院)の解散・総選挙を決断し、国内外に衝撃が広がっている。もし極右政党が第一党となれば、マクロン大統領は極右政党から首相を選ばざるを得なくなる恐れがある。

2024年の世界的な選挙イヤーに新たな不安要素が加わった。

移民増加と生活困窮が招いた極右躍進

欧州各国で極右勢力が躍進している背景には、厳しい市民生活と移民の流入増加に対する国民の不満がある。

過去数年の欧州経済は、歴史的な物価高やインフレ抑制を目指した金融引き締めなどで、景気の低迷が続いている。エネルギー価格や食料品価格の高騰は市民生活を直撃してきた。

また、2022年にEUに新たに流入した移民は約700万人と、過去10年余りの300万~400万人程度から急増した。2023年にEU域内で庇護申請を行った難民希望者は、2015~2016年の難民危機時以来の100万人を突破。ウクライナからの逃避民に加えて、中東や北アフリカなどからの移民や難民希望者が欧州に殺到している。

財政負担の増加や治安悪化への警戒が広がるなか、極右勢力は移民規制の厳格化、国民の負担増につながる気候変動対策の見直しなどを掲げ、支持を拡大している。

さらにフランスでは、今回の欧州議会選はマクロン施政に対する信任投票という色彩も帯びていた。

マクロン大統領は就任以来、国際社会やEU運営で強いリーダーシップを発揮する一方、国内では時に強硬手段を使って改革を断行し、「傲慢で国民の声に耳を傾けない」との批判に晒されてきた。

マクロン陣営は今回の欧州議会選挙を「欧州の未来を占う選挙」と位置づけたが、野党勢は「マクロン大統領への審判の場」と位置づけ、争点化することに成功した。

「追い込まれるより今」と総選挙に踏み切った

2022年の大統領選挙で再選を果たしたマクロン大統領は、直後に行われた国民議会選挙で大統領支持会派が過半数を失って以来、厳しい議会運営を強いられてきた。

野党勢の協力が得られない法案審議では、議会採決を迂回する憲法上の特例を用いて、法案を通す事態が頻発している。この特例は内閣不信任決議を兼ねている。これまでは野党勢が一枚岩でなかったことで不信任を免れてきたが、穏健野党も政権への不信感を強めており、秋の議会審議では内閣不信任のリスクが高まっていた。

マクロン大統領としては、内閣不信任に追い込まれての解散・総選挙よりも、国民の間で極右台頭への危機感が高まっているタイミングで、自らのイニシアティブで総選挙を行うほうが得策との判断が働いたのだろう。

マクロン大統領に勝算はあるのだろうか。

今回の欧州議会選で、マクロン大統領の支持会派・再生(ルネッサンス)の得票率は14.6%にとどまり、極右政党・国民連合の31.4%にダブルスコアで大敗した。

極右政党・国民連合が最近、党勢を拡大する原動力となっているのが28歳のバルデラ党首だ。ユーロ離脱など極端な主張を封印することで、党のイメージを刷新することに成功している。

SNSを駆使する国民連合のバルデラ党首(写真:Nathan Laine/Bloomberg)

マクロン大統領としては、極右台頭への危機感、選挙制度、選挙日程、選挙の顔、野党の分断を味方につけようとしている。

危機感を呼び起こし、重鎮を総動員

国民議会選挙は議会の解散から20~40日以内に行われる。マクロン大統領は初回投票日をその中の最短日程である6月30日に設定し、1週間後の7月7日に決選投票が行われる。

7月26日に開幕するパリ五輪を考慮した日程との見方もあるが、欧州議会選挙直後の投票により、極右台頭への危機感を呼び起こし、欧州議会選挙に参加しなかった有権者が投票所に足を運ぶことに期待している可能性がある。

比例代表制で行われたフランス選出の欧州議会選挙と異なり、国民議会選挙は577の小選挙区ごとに2回投票制で行われる。初回投票で50%以上の票を獲得し、有権者の4分の1以上の票を獲得すれば、その候補が議席を獲得する。

初回投票での当選者がいない場合、初回投票の上位2名と有権者の12.5%以上の票を獲得した候補が決選投票に進み、決選投票での最多票獲得者が議席を獲得する。

過去の国民議会選挙では、初回投票で敗退した候補の支持者が極右政党の候補に投票せず、大統領会派に有利に働くことが多かった。今回も極右勢力の台頭に対する「危機バネ」が働くことにマクロン大統領は期待しているのだろう。

今回のフランスの欧州議会選挙で大統領支持会派の選挙戦を率いたのは、全国的な知名度が低い欧州議会議員のハイヤー氏だった。国民議会選挙では、フィリップ元首相、アッタル現首相、ルメール財務相、ダルマナン内相など、人気と知名度を兼ね備えた政界の重鎮がこぞって選挙戦を展開する。

選挙制度を考えると、大統領支持会派が決選投票に進んで勝利するには、極右勢力だけでなく、左派勢力の動向も鍵を握る。

2022年の国民議会選挙では、社会党、不服従のフランス、欧州・エコロジー=緑の党、共産党などが統一会派・新人民連合環境社会(NUPES)を結成し、最大野党となった。社会党はその後の議会運営で左派統一会派NUPESに参加せず、今回の欧州議会選挙で他の左派政党を上回る支持を獲得し、党勢回復に成功した。

欧州議会選挙で別々に戦った左派政党が、国民議会選挙で再び統一会派を結成できるかはわからない。その場合、野党票が分断し、大統領支持会派に有利に働く可能性がある。

ただ、欧州議会選挙での大敗直後に行われる今回の国民議会選挙で、大統領支持会派の苦戦は避けられない。国民連合の支持者は引退した高齢者や過激思想の持ち主だけでなく、若者や一般市民に広がっており、かつてのような「危機バネ」が働くとは限らない。

極右政党が第一党となれば、極右首相が誕生する可能性が高い。

大統領と議会のねじれ回避策も効かず

フランスでは大統領が首相を任命する。首相選出に関する明示的なルールはなく、非議員の首相を任命することもできるが、内閣不信任を回避するためには議会の多数派が支持する首相を任命する必要がある。

第五共和制下(1958年以降)のフランスでは、大統領の出身政党と議会の多数派が食い違うこと(コアビタシオン)が何度か発生し、政権運営を難しくしてきた。こうした事態を回避するため、2000年の国民投票で大統領任期を従来の7年から5年に短縮し、大統領選挙の直後に国民議会選挙を行うように改められた。その後は大統領の与党が直後の議会選挙で敗北したことはなく、コアビタシオンが発生していない。

極右首相が誕生した場合の政権運営の行方は未知数だ。過去のコアビタシオンでも、大統領と議会第一党の主張や政策軸がここまで異なったことはない。

フランスでは国家元首である大統領が政治の中心で、大きな権限を持つが、大統領が主に外交と国防を、首相が閣僚とともに内政全般を担う。大統領は首相・閣僚の任命権や議会の解散権などを通じて、首相に圧力を掛けることができるが、議会が決めた法案の拒否権を持たない。

外交・国防分野は大統領が大きな権限を持つため、ウクライナ支援の見直しにつながる可能性は低いが、国民連合は、欧州人権条約に違反する形での移民規制の強化、EU予算へのフランスの拠出負担の軽減、フランスの事業者や農業従事者の優遇(フランス第一主義)、バラマキ的な財政運営などを主張している。

5月31日には大手格付け会社がフランスの国債格付けを「AA」から「AA-」に引き下げた。政局不安、EUとの関係悪化、財政再建が進まないとの懸念から、フランス国債に売り圧力が及んでいる。

欧州各国を席巻する極右

極右主導の連立発足で基本合意したオランダや、秋の総選挙で極右政党が第一党になる可能性が高いオーストリアに加えて、フランスでも極右主導の政権が誕生した場合、EUの屋台骨を揺るがしかねない。

フランスとEUの未来を左右する運命の総選挙まで残り1カ月弱、フランスの政局展開から目が離せない。

(田中 理 : 第一生命経済研究所 首席エコノミスト)

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