大阪メトロ野田阪神駅「ライバル社名」を名乗る謎

大阪メトロ 野田阪神駅

野田阪神駅の出入り口。すぐ横には阪神本線の野田駅がある(撮影:伊原薫)

Osaka Metro(大阪メトロ)の駅には、興味深い名前のものがいくつかある。有名なのは、谷町線の喜連瓜破駅や野江内代駅だろう。難読駅名としても知られるこれらは、ちょうど2つの町の境界上に駅があるため、両側の町の名前を組み合わせている。

駅名になぜ「阪神」?

また、同社で一番長い駅名の四天王寺前夕陽ケ丘駅は、所在地をイメージしやすいという理由で開業当時は四天王寺前駅を名乗っていたが、1997年の長堀鶴見緑地線延伸開業と同時に、もともとカッコ書きで併記されていた地名を組み合わせ、現在の名前に改称された。大阪ビジネスパーク駅や動物園前駅、フェリーターミナル駅なども、地域のランドマーク名を採用した例である。

一方、今回取り上げる千日前線の野田阪神駅は少し異質だ。見ればわかる通り、名前にほかの鉄道会社名が入っている。その理由はもちろん、阪神の野田駅がすぐ近くにあるから。ではなぜ「野田駅」にしなかったかと言えば、少し離れた場所にJR(当時は国鉄)大阪環状線の野田駅もあってややこしいからである。

【写真】2015年に開催したハロウィンイベントでは2番ホームが“恐怖の空間”に。普段の駅の様子は?(24枚)

「大阪環状線の野田駅は、千日前線の玉川駅が乗換駅となっています。野田阪神駅は、最近は阪神線よりもJR東西線に乗り換えるお客さまの方が多い印象を受けます」と、野田阪神駅の駅長を務める永井征夫さんは話す。

おそらく、阪神電車で神戸方面に向かう利用者は千日前線に乗ってここで乗り換えるのではなく、並行する阪神なんば線を使っているのだろう。

それにしても、名前にほかの鉄道会社名を入れるとはなかなか思い切ったことをしたものだが、実はこれ、路面電車時代からの名残なのである。大阪市電は大正時代に大きく路線網を広げたが、その際に国鉄野田駅近くの停留所を「野田駅前」、そして阪神野田駅近くの停留所を「野田阪神電車前」と名付けたのだ。

「阪急」や「京阪」もあった

ちなみに、阪神梅田駅の近くには「阪神電車前」、阪急梅田駅前には「阪急電車前」、そして京阪天満橋駅前には「天満橋京阪電車前」という停留場がかつて存在。公営の路面電車ならではの名付け方とも言えるが、その歴史が今なお受け継がれている。

そもそも千日前線は、終戦直後に阪神が近鉄と共同で野田―難波―鶴橋間の路線建設を計画した際、大阪市が「市内の鉄道は大阪市が運営すべき」という考えに基づき、対抗策として計画したものである。

最終的に阪神は起点を野田ではなく西九条へ変更し、阪神なんば線として開業させることになるのだが、このような因縁がある千日前線の駅に「阪神」の名が入っているとは、なかなか興味深い。

野田阪神駅の駅名標

野田阪神駅の駅名標。阪神電車のほかJR東西線と乗り換えられる(撮影:伊原薫)

そんな野田阪神駅は、1969年に千日前線が初めてできた際、その始発駅として開業した。

ところで、開業時から現在まで始発駅のまま残っている大阪メトロの駅は、2000年代に入って開業した今里筋線を除けば同駅と堺筋線の天神橋筋六丁目駅、そしてニュートラムの住之江公園駅の3つだけ。しかも、天神橋筋六丁目駅は阪急との相互乗り入れ駅であり、住之江公園駅は四つ橋線との乗り換えを前提としているため、どちらも延伸の余地がない。

他方、千日前線はかつて神崎川方面への延伸構想があったものの、実現することはなかった。そういった点でも、野田阪神駅は珍しい存在と言えるだろう。

改札口もユニーク

同駅の線路は対向式ホーム2面2線という構造。改札口は2020年に北改札と南改札が廃止され、中央の1カ所に統合された。「統合」といっても、1番線と2番線はつながっていないため、それぞれ中東改札と中西改札が用意されている。そして、この改札口にもユニークな点がある。

「当駅の2番ホームは、朝夕時間帯に降車専用として使っています。2番線に到着した列車は、乗客を降ろした後で回送列車として玉川方面に向かいます。従って、2番ホームに唯一つながる中西改札の自動改札機も出口専用となっているんです」(永井さん)

確かに、自動改札機を見てみると構外側にはきっぷの挿入口がない。出口専用改札というのはほかの駅にもあるが、改札外からホームにまったく入れないというのはここだけだ。

野田阪神駅 中西改札

2番ホームに通じる中西改札は出口専用(撮影:伊原薫)

一般客が立ち入るには、朝夕に運転される2番線到着の列車に玉川方面から乗るしかないという、なんともハードルの高いこのホーム。だが、そこにはタイムスリップしたような空間が広がっている。

野田阪神駅 駅名標

野田阪神駅の2番ホームに残されている昔の駅名標。アクリルの切り文字がレトロな雰囲気(撮影:伊原薫)

「このホームの柱には、昔のデザインの駅名標が残っています。ほかの駅ではほとんど見られなくなっているので、写真を撮る人もちらほら見かけますよ」(永井さん)

レトロな空間が広がる

独特の書体で書かれた駅名標は印刷ではなく、プラスチックを切り出した文字が貼り付けられている。確かにレトロだ。天井も化粧板などは張られておらず、コンクリートや配管がむき出しのまま。ちょっとした異空間に降り立ったような気分になる。

野田阪神駅 2番ホーム

朝夕のみ降車専用ホームとして使われる野田阪神駅の2番ホーム。天井もコンクリートむき出しで独特の雰囲気だ(撮影:伊原薫)

ところでこのホーム、実際に”異空間“になったことがある。2015年から数年間、ハロウィンに合わせたイベントがこのホームで開催されたのだ。

当日はホームのあちこちにおどろおどろしい装飾が施され、パフォーマーによるアトラクションなども開催。普段とはガラリと異なる雰囲気のホームに歓声、もとい悲鳴を上げていた。

野田阪神駅 ハロウィンイベント

2015年に行われたハロウィンイベント。2番ホームが会場となった(撮影:伊原薫)

あまり使われていないホームの活用法としてはなかなかユニークな取り組みであり、ぜひ復活に期待したいところだ。

駅前には阪神の本社

駅から地上に出ると、目の前に阪神の野田駅があるほか国道2号線が通る大きな交差点もあって、かなりにぎやかな雰囲気。駅前には阪神の本社などオフィスビルも多い一方、商店街もいくつかあり、終日にぎわっている。

「近くには工業高校もありますので、朝夕は学生さんの利用も多いですね。また、桜川駅の周辺には外国人観光客の方が利用する民泊も多くあるようで、野田阪神駅を乗り換えで利用される方も増えた印象です。駅員もがんばって英語で案内したりしていますが、業務用スマートフォンに入っている翻訳アプリが“強い味方”です(笑)」(永井さん)

野田阪神駅 阪神野田駅

大阪メトロ野田阪神駅は野田阪神前交差点の下にある。背後には阪神野田駅が見える(撮影:伊原薫)

そう話す永井さんの肩書は、難波管区副管区駅長というもの。千日前線は全駅が難波管区に属しており、管区駅長の下に3人の副管区駅長がいて、それぞれが桜川以西と四つ橋線なんば駅、日本橋以東、そして千日前線と御堂筋線のなんば駅を担当しているそうだ。

野田阪神駅 1番線ホーム

野田阪神駅の1番ホーム。床や天井もリニューアルされている(撮影:伊原薫)

「私は普段は西長堀駅に出勤し、各駅を管理しています。野田阪神駅はそのなかでも規模が大きく、終着駅でもあるので顔を出す機会は多いです。また、担当といっても厳密に決まっているわけではないので、必要に応じて日本橋以東の駅に行くこともあります。私は以前、日本橋駅で8年ほど助役をしていましたので、千日前線には何か縁があるのかもしれません」(永井さん)

駅長がホッとする瞬間

縁といえば、永井さんは御堂筋線にも縁がある。今年の3月までは江坂駅の駅長を務めており、かつては御堂筋線で運転士もしていたそうだ。

「運転士と駅長では仕事の内容もまったく違いますので、直接的に『運転士時代の経験が生きた』ということはそれほどありませんが、路線の特徴を多少なりとも知っているのはあります。もっとも、駅長というのは部下がトラブルなく働けるよう目を配るのが仕事です。うまくコミュニケーションを取りながら、お客さまに最良のサービスができるよう、まだまだ勉強の毎日です」(永井さん)

「駅員が何事もなく24時間の仕事を終え、『お疲れさまでした』と笑顔で帰ってゆくのを見ると、ホッとします」と話す永井さん。管理職ならではの責任と喜びを胸に、今日も担当する駅を回る。

(伊原 薫 : 鉄道ライター)

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