「さらば堅実経営」パワー半導体ロームの乾坤一擲

京都に本社を構え、買収を活用しながら生産規模を拡大してきた(記者撮影)

東芝、日立製作所、NEC――。大手総合電機が背負ってきた“日の丸半導体”の凋落を横目に、成長を続けてきた独立系半導体メーカー。今や国内ではパワー半導体の雄となった、そのロームが大勝負に出ている。

シリコンサイクルの浮き沈みに翻弄される半導体業界で、ひときわ「堅実経営」が知られてきたローム。自己資本比率は85%前後を誇り、実質無借金を続けてきたが、2021年頃から異変が起きている。

2024年度までの3年間で、ブチ上げた設備投資計画は約4800億円。それ以前の3年間と比べると、およそ3倍となる大増額だ。加えて2023年には、東芝の非公開化への参画に3000億円を拠出。2024年3月末時点で、自己資本比率は65.3%まで下落した。

パワー半導体の「地殻変動」

東芝への3000億円は当初、同社としては異例の大規模な借り入れでまかなったが、今年4月には返済するための転換社債を発行した。行使されれば1株利益の希薄化につながる懸念から同社の株価は急落。1年前には3000円を超えていた株価は、現在は2000円前後で推移している。

なりふり構わぬ異例の投資に突き進む背景にあるのは、パワー半導体市場での生き残りを懸けた「地殻変動」だ。

ロームが強みを持つパワー半導体は、電力の制御や変換などを行う機能を持つ。家電や自動車、産業機械などに幅広く使われ、三菱電機や富士電機など日本企業が世界的に強みを持つ分野だ。

近年、この分野で起こっているのが、急激な「次世代パワー半導体」への需要シフト。半導体を造るための材料そのものが、従来のシリコン(Si)から炭化ケイ素(SiC)へとシフトしている。この地殻変動を受けて、ロームは投資へのアクセルを踏み込んでいる。

SiCはシリコンよりも高い電圧に耐えられ、省電力性にも優れるという特徴を持つ。一方でシリコンより高価なため、市場は限られていた。しかしテスラが自社EVに採用したことでEVへの搭載が加速。これから一段の成長が見込まれている。

現在は欧米のSiCパワー半導体メーカーが先行するが、ロームは「2025年度に世界シェア30%」のトップ企業になることを目標に掲げる。実現に向け、後発ながらも量産能力を確保するために躍起になっているのだ。

まずは2022年に、SiC向けの生産棟を福岡県の筑後工場に新設。当面の生産能力は足りるはずだったが、「建設を決めて以降、SiCパワーの市場規模予測がどんどん大きくなっていった」(ロームのIR担当者)。

そのため2023年末には、宮崎県国富町にある工場を追加で取得。40万平方メートルという巨大なこの工場はもともと、出光興産の子会社が太陽電池を生産していたものだ。さらに源流をたどると、日立プラズマディスプレイ(日立製作所と富士通、ソニーが出資)のプラズマテレビ向けのパネル工場だった。

福岡・筑後工場は技術開発のためのパイロットラインとし、国富町の宮崎第2工場を量産工場として位置づけた。これにより2030年度には、2021年度比で35倍ものSiCパワー半導体の生産能力を確保する見通しだ。

SiCへの投資が全社の収益を圧迫

だが直近の業績を見ると、こうした投資と収益のバランスが取れているとは言いがたい。

多額の投資を短期間に進めてきたために、SiCの量産投資が本格化する2024年度は、工場の減価償却費をはじめとした固定費が368億円増える見通し。2023年度の営業利益が433億円だった同社にとってはかなりの負担となる。

加えて、家電や産業機械向けの半導体市況も低迷。2024年度の営業利益は前期比7割弱減の140億円と大幅減益となる計画を立てている。過去10年で最低の利益水準に落ち込む見通しだ。

足元ではEV市場の成長鈍化が鮮明化しており、SiCの成長ペースにも影を落とす。だが、それでもロームは2025年を予定していた宮崎工場でのSiCウェハー量産時期を2024年内へ前倒しする方針を表明。「競合とは会社や設備規模でスタート位置が違っても狙うゴールは同じ。ロームのほうが速く走る必要がある」(IR担当者)。

実際に、確保している供給能力は受注に直結する。たとえば、SiCの供給能力を早くから拡充してきたアメリカの競合・ウルフスピード。同社は昨年7月、SiCパワー半導体の基板となるウェハーでルネサスエレクトロニクスと10年間の長期供給契約を行っている。

直近の業績には目もくれず、拡大路線へとひた走るローム。この先、SiC市場で覇権を握るための切り札は2つある。

東芝とEV展開の行方

1つ目は、3000億円を投じた東芝との協業・連携だ。両社は昨年12月、経済産業省から両社合計で1294億円の助成を受けることを発表した。ロームの工場では両社のSiCパワー半導体を、東芝の工場では両社の従来のシリコンパワー半導体を互いに製造し合うという内容だ。

別の国内半導体メーカー関係者の中には「互いの製品を生産し合うというのは、製造現場レベルでは実質的に同じ会社になっているようなもの」という見方もある。だが技術開発レベルで深く連携しようと思えば、単なる「協業」では限界がある。

5月に開示されたロームの決算説明会資料には、「東芝半導体事業とのシナジー効果の可能性について」と題した資料が差し込まれた。技術開発から販売まで連携することのメリットを示したもので、「ロームから東芝への一方的なラブコールに近い」(同社関係者)。

2つ目は、日系自動車メーカーの本格的なEV展開だ。ロームは日本のパワー半導体メーカーで唯一、SiCパワー半導体に使われるSiCウェハーから半導体までを一貫して自社で生産することができる。さらに、これまではドイツの工場でしか生産できなかったウェハーの量産技術の宮崎への移管も進めている。

半導体の調達においては地政学リスクが重視されるようになっている。サプライチェーンを日本国内で完結させていることは今後、日系自動車メーカーのEVが立ち上がってくる際に採用されるアピールポイントになり得るだろう。

多額の投資に見合った成果を発揮することはできるのか。こうしたチャンスをいかにたぐり寄せられるかがカギになりそうだ。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)

ジャンルで探す