JR東海は否定せず、新幹線「静岡空港駅」の可能性

鈴木静岡県知事とJR丹羽社長 会談

会談する静岡県の鈴木康友知事(左)とJR東海の丹羽俊介社長(写真:静岡県)

静岡県の川勝平太前知事はリニア中央新幹線・静岡工区の着工を頑なに認めなかった。大井川の水資源や南アルプスの生物多様性を守るという前知事の主張にはそれなりに理解できる点もあったが、反対のための反対と受け取られかねない言動を繰り返したことで県民の支持を失い、辞任に追い込まれた。

5月末の知事選に当選し新たに就任した鈴木康友知事は選挙公約で「大井川の水資源確保と南アルプスの自然環境の保護の両立を図りながら推進する」としていた。対立候補の元副知事・大村慎一氏が「リニア中央新幹線の問題は責任を持って解決する」と語っていたのと比べると、やや前知事に近いスタンスにも見える。鈴木知事はリニア静岡工区の問題についてどのような舵取りを行うのだろうか。

JR東海社長「有意義だった」知事との会談

6月5日、JR東海の丹羽俊介社長は鈴木知事を表敬訪問し、約30分の会談を行った。会談後、丹羽社長、その後に鈴木知事がそれぞれ報道陣の取材に応じた。

今回の会談で静岡工区をめぐる問題について協議したかどうかに焦点が集まったが、丹羽社長は、「今日の目的はあいさつ。静岡は当社の新幹線や在来線が走り、観光やそのほかの事業も展開している。当社にとって大切な県であり関係を強化したいと総論的に申し上げた」として、「具体的な話はしていない」と述べた。一方で、「協議は前に進んだのか」という質問に対しては、「1日も早く着工したいが、地域のご理解やご協力を得ることが優先であり、その意味で直接お会いしてお話しできたことは有意義だった」と述べた。

同様の質問が鈴木知事にも向けられ、「28項目の課題を1つ1つ真摯にご回答いただき、専門部会などが検証した後、利水者などの関係者がご納得してはじめて道が開けると思う」との回答があった。丹羽社長よりは発言のニュアンスがやや厳し目だった。

鈴木知事 静岡県

会談後に取材に応じる静岡県の鈴木康友知事(記者撮影)

ただ、鈴木知事の印象を問われた丹羽社長は「熱心に耳を傾けてくれるので率直に意見交換ができた。今後もコミュニケーションをとっていけるという感触」と話し、「有意義だった」という言葉を10分程度の取材時間で何度も繰り返した。丹羽社長にとって実りある会談だったことを感じさせた。

静岡での展開強化、観光列車も運行

「静岡は大切な県」という丹羽社長の言葉のとおり、最近のJR東海は静岡県内におけるビジネス展開を強化している。5月30日には丹羽社長と東急の堀江正博社長が共同で記者会見し、東急の豪華観光列車「THE ROYAL EXPRESS(ザ・ロイヤルエクスプレス)」がJR東海道線に乗り入れて、静岡県の観光名所をめぐる3泊4日のツアーを11月から12月にかけて6回実施すると発表した。

静岡 ザ・ロイヤルエクスプレス JR丹羽社長 東急堀江社長

静岡県の観光名所をめぐる「ザ・ロイヤルエクスプレス」の運行を発表するJR東海の丹羽社長(左)と東急の堀江社長(記者撮影)

運行エリアは横浜から熱海・三島・沼津・浜松・静岡を経由して横浜に戻るというもの。旅行代金は1人75万円から。JR東海と東急は、「静岡県の地域活性化への貢献を目指す」と意気込む。

発表会の席上、丹羽社長は実現の経緯について問われると、「きっかけは昨年3月の東急新横浜線の開業」と説明した。東海道新幹線の停車駅である新横浜駅に東急の列車が乗り入れるようになったことで、JR東海と東急の間で「いっしょに何かやりましょう」という機運が生まれた。

担当者同士が協議を重ねる中で、まず、東急新横浜線の1周年記念として、東急の通勤車両のうち2編成に白地に青いラインという「新幹線ラッピング」を施し、この春から運行が始まった。これらの列車は外観だけではなく、今後、車内においても新横浜駅到着時と発車時にかつて東海道・山陽新幹線の車内チャイムで使用されていた「ひかりチャイム」を復刻使用する。また、JR東海の「そうだ 京都、行こう。」キャンペーンの貸し切り広告が車内で展開されている。

そして、通勤車両だけでなく、「熱海以西の静岡県内の幅広いエリアにロイヤルエクスプレスを走らせてみたい」という提案が東急から出た。ロイヤルエクスプレスは伊豆半島をめぐる豪華観光列車として2017年に登場したが、2020年には北海道での運行も始まった。今年の1〜3月には四国でも運行している。

一方のJR東海はJR東日本、西日本、九州のような自前の豪華観光列車は保有せず、観光列車戦略には消極的とみられていた。それだけに、東急の車両とはいえ、自社のエリアで観光列車を走らせるというのは、大きな戦略転換ともいえる。

そして、ロイヤルエクスプレスの静岡県内運行はJR東海にとってさらに大きな意味を持つ。川勝前知事は「工事を認めるためには静岡県へのメリットが必要だ」と再三、主張していたからだ。この列車の運行は「静岡県へのメリット」なのか。丹羽社長にこの点を尋ねると、「経緯については先ほど話したとおり」と、工事との関連性を明確に否定した。しかし、一方で、丹羽社長は「静岡県の魅力を多くのみなさまに知っていただく機会になる」と話しており、静岡県にメリットがあるプロジェクトなのは間違いない。

新幹線空港駅「受け止めて対話する」

もっとも、川勝前知事が期待していたメリットとは、もっとスケールの大きな話だ。神奈川、長野、岐阜。リニアが走るほかの県にはJR東海が中間駅を設置する。これらの県ではリニア開業を契機とした街づくり計画が動き出しており、大きな経済効果が期待される。それに比べると、リニアのルートが県北部の南アルプス地中深くをかすめるだけの静岡では駅設置が考慮されることはなかった。

代わりに前知事が要望したのは富士山静岡空港の近くに東海道新幹線の新駅を設置することだ。リニアの駅ができないなら、代わりに東海道新幹線の駅を造ってほしい。東海道新幹線は空港の地下を走っている。新駅が設置されれば空港と新幹線がダイレクトに結ばれ、首都圏や中京圏と短時間でアクセスできるようになる。

東海道新幹線 富士山静岡空港 第二高尾山トンネル

富士山静岡空港付近のトンネルを走る東海道新幹線(写真:飛魅/PIXTA)

JR東海が新駅の位置は隣駅に近い、地形上も厳しいといった理由から否定的な見解を示すと、川勝前知事は新駅に代わる別のメリットを要求した。「静岡には駅を造らないのだから、各県の駅建設費の平均くらいの費用が必要だ」。リニア中間駅の建設費用は800億円程度と推計されているが、さすがに金銭の話を持ち出すのは露骨すぎると考えたのか、後になってメリットの話は撤回し、水資源や生物生態系に論点を絞っている。

これに対して、JR東海はリニア開業後の東海道新幹線はダイヤに余裕ができ、静岡県内の停車本数を増やせることが利便性の拡大になることが静岡県へのメリットだと考えていた。国土交通省はその経済効果は10年間で1679億円と試算している。前知事は「新幹線の停車本数増は歓迎する」としたものの、着工反対の姿勢は変えなかった。

今回の会談で驚いたのは、鈴木知事が、「大井川水資源や生物多様性に関する28項目への真摯な対応をお願いするとともに静岡の経済的なメリットもご回答いただきたい」と述べたことだ。

しかも、空港新駅についても言及した。鈴木知事は「長期的なテーマとしてお話ししただけ。具体的にお話しできる段階ではない。流域市町の方とも話をしないといけないし、可能性としてどうかということ」と、積極的に要望したわけではないことをうかがわせた。しかし、さらに驚いたのは、丹羽社長が「新駅の設置は課題がいろいろあるが、お話を受け止めて対話をしましょうと申し上げた」と明かしたことだ。頭から否定せず、協議することを約束したのだ。

JR東海 丹羽社長

JR東海の丹羽社長。鈴木知事との対談後、新幹線の静岡空港新駅について「話を受け止めて対話すると申し上げた」と述べた(記者撮影)

「メリット」議論でリニア着工なるか

新駅設置に際しては地形上の制約といった技術的な検討もさることながら、収支面の検討も不可欠だ。富士山静岡空港の年間搭乗者数はコロナ禍前の2018年度で71万人。1日あたりに直すと2000人弱。これが今後どのように増減するかもさることながら、そもそも搭乗者のうちどれくらいの割合が東海道新幹線を利用するか。在来線のJR金谷駅とはバスで13分で結ばれているのでそちらのほうが割安でいいという人もいるだろうし、海外からきた団体客も貸切バスを利用するだろう。一方で、川勝前知事は空港駅の利用促進策として、県庁の一部機能を空港近くの施設に移転する案も披露していた。

富士山静岡空港(記者撮影)

経済的なメリットは空港新駅だけとは限らない。ロイヤルエクスプレス運行を契機とした観光政策が功を奏し、静岡県により多くの観光客が訪れるようになれば、駅近くに大きなホテルが必要になる。そこでJR東海の出番となるかもしれない。

水資源や生物多様性だけでなく静岡県の経済的メリットについても十分な議論を行い、県・地域住民とJR東海の双方が納得する結論を得て、静岡工区の早期着工につなげてほしい。

(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)

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