"梅クライシス"日本一の産地で収穫量急減のなぜ

南高梅

全国的に人気の高い和歌山県の「南高梅」(写真:真造農園提供)

「梅雨」の季節にあたる6月。この時期、梅干しや梅酒、梅シロップづくりなど「梅仕事」を毎年、楽しみにしている人も多いだろう。しかし今年は様子が違う。日本一の「梅の産地」として知られる和歌山県では、過去にない記録的な不作に見舞われているのだ。

梅の産地を襲う異変

梅は古来、「3毒」(食物、水、血液の毒)を断つといわれ、健康食品として重用されてきた。現代でも梅干しは、ジメジメした梅雨の時期に微生物の増殖を抑制し食中毒を防止する「静菌作用」や、胃の粘膜を保護し胃潰瘍などの発生を抑えるなど多くの効用があるとされている。

食生活でコメ離れとともに梅干しの需要は減少傾向にあるが、日本人のソウルフードであることに変わりない。最近は円安の影響で、海外に赴く人の中には自炊のため、梅干しを持参する人も多いと聞く。そのほかにも梅の実は梅ジュース、梅ジャムなどさまざまな商品に用いられている。

このように日本の食文化に深く根付いた梅だが今、主要産地の異常気象で未曾有の危機に直面している。最大産地の和歌山県では、花が咲いても実がつかない「不結実」が多く、せっかく結実した実も3月に降雹(こうひょう)被害を受けてしまった。

【写真】和歌山県みなべ町での青梅栽培・収穫、梅干し加工の様子、雹被害の様子など(7枚)

雹の被害を受けた青梅

雹の被害を受けた青梅(写真:うめ研究所提供)

国内における2023年産の梅の収穫量は、9万5500トン。このうち和歌山県が6万1000トンと全体の64%を占める(近畿農政局)。中でも和歌山県日高郡の南端に位置し、太平洋と紀伊山地に囲まれたみなべ町は日本最大の梅の里である。

梅を塩漬けしている様子

梅の実を塩漬けして梅干しを作る(写真:真造農園提供)

梅干し作業の様子

梅干し作業の様子(写真:真造農園提供)

江戸時代から引き継がれている山の斜面を使った栽培システムは、山地の保水、ミツバチとの共生、生物多様性の保護などの役割を担う。国連食糧農業機関は2015年、こうした要素を高く評価し「みなべ・田辺の梅システム」を世界農業遺産に認定した。

産出する最高級ブランド南高梅(なんこううめ)は、皮が薄く果肉が分厚いのが特徴であることはよく知られている。スーパーなどでもお馴染みだ。

梅農家は「どうしようかとなっている」

みなべ町にある真造農園代表の真造賢二さん(62)は、今年の梅の作況について「過去に例がないぐらいひどい。年配の方々もこんな年は知らないと言っている」と語る。

真造さんは梅農園を経営して30年ほどになる。大学卒業後、東京で約12年間のサラリーマン生活を経て、地元にUターンした。現在はみなべ町の町議会議員も務めている。

近年、不作に見舞われた年はあった。近畿農政局のデータによると、2023年までの過去10年間の年間平均収穫量は6万1400トン(全国9万5700トン)。しかし2020年は暖冬の影響などで4万1300トン(全国7万1100トン)まで落ち込んだ。

真造さんは、今年の深刻度合いを2020年と比較すると「実感として2倍くらいひどい。収穫量は平年の2割5分から3割近くにとどまるのではないか」と話す。「異常事態を通り越して、皆どうしようかという感じになっている」と明かす。

雹はこれまでも局所的に降ることがあったが、今年は広範囲で発生した。少ない梅の実が降雹被害を受け「広域で7割ぐらい傷がついてしまった。これも経験がない」と振り返る。

和歌山県地方気象台によると、3月20日は近畿地方の上空約5500メートルに氷点下36度以下の強い寒気が流れ込み、降雹をもたらした。

みなべ町や田辺市など8市町で梅の果実に傷がつき、県全体で被害面積4168ヘクタール、被害金額は約21億5300万円に上った(県農林水産部)。2006年に記録した約25億5000万円に次ぐ2番目に大きい被害額だ。

【2024年6月11日12時48分 追記】初出時、被害額の大きかった年を上記に修正しました。

しかし、この被害額について真造さんは、「そもそも、雹で被害を受けた梅の数自体は少なかった。例年並みに結実していれば、過去最大の被害額になっていただろう」との見方を示す。

不作の原因は?

梅の不結実の原因は一体何だったのだろうか。南高梅は自らの花粉で実をつける「自家受粉」ができないため、一緒に植えてある他品種の梅の花粉をミツバチが運び南高梅の受粉を助けている。気温低下、多雨、強風などの厳しい気象状況は、ミツバチの活動を妨げてしまう。

ミツバチ

受粉を助けるミツバチ(写真:うめ研究所提供)

県果樹試験場うめ研究所の綱木海成研究員は、さまざまな要因があるが、「今年に関してはミツバチの影響を大きく受けたとは言えない」と説明する。同研究所内では、ミツバチの活動に適した気象条件の日数を記録。それによると平年並みの活動時間は確保されており、「ミツバチはある程度活動していた」と語る。

そのうえで不作の要因は、開花(例年2月)前の気温が平年よりも「2度ほど高かった」ことを挙げ、前回不作の2020年と類似しているという。暖冬で開花が早まり、「咲いたばかりの花に雌しべがない、枯れているなど不完全な花の数が多かった」と分析している。

中央部分に雌しべが確認できない不完全花と正常な花

中央部分に雌しべが確認できない不完全花(左)と正常な花(右)(写真:うめ研究所提供)

綱木研究員は、今年のように開花前に暖冬になってしまう事態は今後も「発生するだろう」と指摘。その背景には、気候変動の影響があるとしたうえで、世界中でさまざまな農作物が影響を受けているように「梅も例外ではない」と語る。

研究所では、高温や乾燥に強い品種改良に取り組んでいるが、長い期間を要する。「桃栗3年柿8年」と言われるが、梅の場合、経済価値を生む樹木に成長するまで10年程度かかるという。

温暖化の影響を最小限に抑えるために

自然に囲まれて作業している真造さんは、地球温暖化の影響を「切実に感じる」と話す。

真造さんの梅農園は、太平洋の海岸線から5キロほど入った場所にあり、比較的温暖で土質もよく、南高梅の栽培に適していた。

しかし、以前は気温が低く梅栽培に向いていなかった内陸の山間部の地域が、最近では適地になりつつあることを、関係者の多くが感じているという。

とは言え、手をこまねいているわけにはいかない。

真造さんは、梅の栽培だけでは将来的に厳しくなることも予想されるため、より温暖な地域に適した作物の研究を提案している。具体的にはアボカドなど高収益で、かつ国内であまり作られていない作物の栽培だという。

梅農家が梅を作れなくなれば、農業自体をやめてしまうリスクがある。このため、経営が成り立つようにリスク分散できるようにしないと「梅さえも作れなくなる」と述べ、「梅産地を守るためには、複合栽培が必要だ」と強調する。

循環型農業の確立を目指して

みなべ町は5月、国連が掲げる持続的な開発目標(SDGs)の達成に向け、優れた取り組みをしている自治体を国が認定する「SDGs未来都市」に選定された。その中で、特に優れた取り組みをする10の自治体が毎年認定される「自治体SDGsモデル事業」にも選ばれた。

これらの認定を受けるため、真造さんが町議会で提案するなど尽力した。環境事業の1つの目玉は、町全体で年間9000トンにも上る剪定した梅の枝の「バイオ炭」としての活用だ。

バーベキューなどに使う一般的な炭は燃料として使われ、温室効果ガスを発生させる。これに対し、肥料として使うバイオ炭は、地中の微生物を増やし土壌改良と収穫向上につながる。また、炭素を長期間土壌の中で固定するため、温暖化ガスの削減にもつながる。

さらに「J-クレジット」(温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する制度)への登録も視野に入れているという。真造さんは、これらの取り組みを通じ「理想的な循環型農業が確立できる」と前を向く。

青梅の収穫

青梅の収穫は5月下旬から6月中旬に行われ、完熟梅は6月中旬から下旬に収穫される(写真:真造農園提供)

私たちが日常生活で利用しているスーパーでは、一年を通じて野菜や果物が季節を問わず並んでいる。しかし、当然のようにあると考えている商品がある日突然、消えるかもしれない。

農産物は、顕在化する気候変動の影響を受けつつ、産地の関係者の努力や工夫を経て、商品として消費者の前に現れていることを忘れてはならない。

【写真】和歌山県みなべ町での青梅栽培・収穫、梅干し加工の様子、雹被害の様子など写真を見る(7枚)

(伊藤 辰雄 : ジャーナリスト)

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