少女の壮絶人生演じる「河合優実」に見た芯の強さ

河合優実 あんのこと 不適切にもほどがある!

河合優実さん(撮影:梅谷秀司)

デビュー5年にして、飛躍の年を迎えている新鋭女優・河合優実(23歳)。これまでにも映画『PLAN75』『由宇子の天秤』などで多くの賞を受賞してきた実力派だが、今年の冬ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)で一躍ブレイク。SNSやネットニュースを賑わす“ときの人”となった。

そんな河合優実の最新主演映画『あんのこと』は、実話をもとにする、壮絶な環境で育った少女の悲痛な人生の物語。母親からDVを受け、12歳で売春を強要される。いつしかシャブ中になる主人公・香川杏は、ある刑事との出会いから人生にわずかな光を見出す。失った時間を取り戻そうとするかのように前向きに生きるなか、コロナ禍で生活が一転。残酷な社会の波にのみ込まれる。

家庭内暴力や子どもの貧困、少女売春など、誰もの身の回りに存在する身近な社会問題に真正面から切り込む本作は、エンターテインメントの社会における力や役割を考えさせる。そんな社会性の高い物語に寄り添うように臨んだ河合優実の素顔に迫った。

【写真】インタビュー中の河合優実さん(5枚)

壮絶な境遇の少女を演じようと思った理由

――この作品に出演し、杏を演じようと思った理由を教えてください。

入江悠監督の作品に出演させていただくことが先に決まっていて、後から脚本をいただいたんです。すぐに脚本を開いて、入江監督が覚悟を持ってこの作品に向き合い、とても大切に杏に触れようとしている気持ちを、受け取りました。

あんのこと 河合優実

©2023『あんのこと』

それは、杏を演じるという自分の意思が明確に固まった瞬間でもありました。「この脚本が、私の元に来たからには、大丈夫だよ」と、杏のモデルになった方に言いたい気持ちが生まれたことを、覚えています。

――まるで、杏とモデルになった女性を守るように、河合さんが、杏になっていったように感じます。

稲垣吾郎さんが演じるジャーナリスト・桐野も実在する方で、撮影前に杏のモデルになった方のお話を長時間かけて聞きました。いろいろな情報を得て、全力で彼女に近づこうとインプットしたんです。

でも、彼女の人生を再現するのではなく、河合優実という人間にしないと映画は成立しないと思い直しました。そこから、彼女について得たものをベースにして取捨選択し、想像で要素を加えたりもして、肉付けをしていった感じです。

――杏と河合さんの人生を重ね合わせて、感情を共有できる部分はありましたか?

あまりにも育った環境が違うので、私には想像するしかない。彼女はいろいろな痛みを受けてきました。それをいまの自分が経験することはできません。でも、共有できる感情もあります。

河合優実 あんのこと 不適切にもほどがある!

河合優実さん(撮影:梅谷秀司)

小学4年生で不登校になった杏は、社会経験が乏しいから、新しいものに出会ったときの感動が子どものように大きい。うれしいことがあったり、何か新しいことができるようになるたびに心がキラキラする感じは、私自身も同じです。そういう部分をふだんから素直に感じようと思っていました。

映画が現実の社会問題にどう役立つのか

――現代の社会問題を鋭く映し出す社会性の高い作品です。この映画が世に出ることで、社会にどう役立つことができると考えますか?

撮影に入る前に、そういう社会問題や課題に対して、映画を作ることにどういう意味があるのかなって、すごく悩んでしまって……。私は社会問題を伝えるジャーナリストでもないし、支援するボランティアをしているわけでもない。

直接、誰かを助けることを何もしないで、その問題を映画にするという、まわりくどいことをわざわざしている。何でこんなことをしているんだっけ、と考え込む瞬間って、今回の映画だけではなくて、すごくあるんです。

その答えはまだ見つかっていません。

杏のような境遇の人は、映画にアクセスできる環境にない。でも、その周りにいる人や、まったく関わりがない人たちが、自分たちのすぐ隣や、身の回りでこんな状況がいま現実にあるのだと想像してもらうことはできるかもしれない。

それが映画を作るひとつの意義だと思います。

――直接ではなくても、社会に影響を与えていく力が、エンターテインメントにはあると思います。

そうですね。映画だから、ふだんは社会問題に関心がない人たちにも届けることができて、気づいてもらえることがあるかもしれません。何らかのきっかけで見てもらえれば、現実社会に持ち帰るものが必ずあると思います。

河合優実 あんのこと 不適切にもほどがある!

河合優実さん(撮影:梅谷秀司)

別の方向の興味から見た人が、結果的にいろいろなことを考えてくれて、映画と自分が生きる世界がつながっていると感じてくれたらうれしいです。

映画だから記憶に残ることもあります。ニュースで見て、そのときだけで終わりではない。映画で見たら忘れないのはすごいことだと思います。

エンターテインメントの無力さも感じる

――社会におけるエンターテインメントの役割をどう考えますか?

私はいろいろなエンターテインメントに感動するし、もしそれがなかったら生活が楽しくない気がします。自分がその感動を知っているから、多くの人に同じ体験をしてもらいたいと思って、この仕事をしています。

でも、正直に言うと、最近は現実に起こっていることが大きすぎて、エンターテインメントの無力さも感じています。毎年のように発生する大規模な自然災害や、数年前には想像もつかなかった、多くの人が亡くなる戦争や虐殺が世界中で実際に起きています。

そんな現実を目の前にエンターテインメントを作っていていいのかな、という気持ちが生じるタイミングが増えているんです。でも、こういうときだからこそ、こういう仕事に携わっているからできることがあるし、その力を絶対的に信じていかないといけないと思うようにしています。

――デビューから5年です。これまでの女優業をいま振り返って思うことは?

感覚としては、目の前のことに一生懸命に取り組むという意味では、あまり変わらないんですけど、主演をいただく作品が増えたりして、自分が向き合っている仕事や作品が、世の中に届けているものに対して責任がある、ということを強く感じるようになっています。

以前はそういうことを考えなかったし、楽しいから女優をやっているだけで、それが幸せでした(笑)。いまももちろん“楽しい”は消えないし、この仕事が好きなんですけど、1つひとつの作品に自分が関わっている意識がすごく変わりました。

――順調にステップアップしてきた5年間でしたか?

そうですね。関わらせていただいた作品を振り返ると、本当に恵まれていると感じます。ステップアップできたこともそうですし、自分がちゃんと愛情と興味を持てる作品に出会えてきたことをとても幸せに思います。

――『不適切にもほどがある!』の純子役は、キャリアのひとつの転機になりましたか?

なったと思います。いままで以上にたくさんの人に知ってもらえたのは間違いないですし、どこに行っても声をかけていただけるようになったのはうれしい変化です。

すごくいい風が吹いたのはキャリアのうえでもよかったこと。『ふてほど』がきっかけで今回の映画を見てくれる人がいるかもしれない。それがまた次の作品にもつながっていくとうれしいです。

『不適切にもほどがある!』から得た学び

――『ふてほど』から得た学びや発見はありましたか?

たくさんあります。たとえば、ジャンルとしてのコメディのお芝居の形がありますが、そこから入ろうとすると感動が生まれないんです。コメディのなかで、ちゃんと筋を通して1人の人間を演じるから、その姿から笑いや感動が生まれることに気づきました。私たちはいつも宮藤官九郎さんの物語を通して見る人物に笑って、感動している。演じ手としてすごく勉強になりました。

河合優実 あんのこと 不適切にもほどがある!

河合優実さん(撮影:梅谷秀司)

――これまでの女優人生でコンプレックスに悩んだこともありましたか?

18歳でこの仕事をはじめたときに、すごく遅れたスタートだと感じていました。18歳ですでに活躍している子たちがたくさんいて、みんな子役からずっとお芝居を磨いてきたのに、私はそれまでふつうの小学生、中学生、高校生として生きてきました。

芸能事務所の面接に行くと、ふつうに過ごしてきたことが演じるうえで糧になるということを、自分に言い聞かせていた部分があって。初めてのオーディションでは、同年代の魅力的な子たちがあまりに大勢いたことがカルチャーショックで、ここで選ばれなくても別にいいや、この日の運でしかないから、と自分が傷つかないように気持ちを切り替えました。

最初の頃は、この世界に入ったのが遅いことがコンプレックスになって、それを言い訳にして自分が傷つくのを避けていた感じがあります。

――でもその気持ちの切り替えから、仕事がうまくいくようになったんですね。

逃げていただけかもしれないですけど(笑)。そのコンプレックスが克服できた明確な瞬間は覚えていませんが、目の前の1つひとつの仕事に一生懸命向き合っていくうちに考えないようになりました。

社会とつながっていることを忘れない人になる

――厳しい競争の世界で生きていくうえでの目標はどこに設定していますか?

全然考えていないです(笑)。自分が18歳の頃に、この人は素敵だなとか、この人の映画にはすごく感動するというのがありました。いつか自分も、子どもや若い人にそう思ってもらえたらすごくうれしい。それが目標ですね。

――そうなるためにやっていくことはありますか?

仕事にも、作品を見てくれる人にも、ずっと真摯に向き合っていくことだと思います。同時にエンターテインメントが社会とつながっていることを忘れない人でいたい。ビジネスだけになってはダメだし、伝えたいことだけになっても伝わらない。仕事を楽しみながらそう思い続けていけば、素敵な人になれるかなって思います。

(武井 保之 : ライター)

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