ブラザー工業が攻めきれず、「同意なき買収」断念

ミシンメーカーとして知られるブラザー

ミシンメーカーとして知られるブラザーだが、売り上げの過半を占めるのはプリンター関連だ(写真:編集部撮影)

産業印刷機中堅のローランド ディー.ジー.(DG)をめぐる買収合戦が幕を閉じた。ローランドDGのMBO(経営陣による買収)を受け、対抗TOB(株式公開買い付け)を予告したブラザー工業だったが、5月16日にあっさり提案を取り下げた。

ローランドDGのMBOは、アメリカの投資ファンドで大株主のタイヨウ・パシフィック・パートナーズと組んだものだ。今年2月からタイヨウによるTOBが始まった。

ブラザーの対抗TOBは「同意なき買収」となるうえ、投資ファンドに事業会社が挑む構図だった。そのため市場の関心を集めたが、終わってみると目を引いたのはローランドDGの巧みな試合運びだった。

「価格の戦い」にしなかったDG

「ローランドDGは『ディスシナジー』を主張の前面に出したが、『自分たちの価格のほうが高い』とはあえて主張しなかった。『価格の戦い』にしなかった」

そう述べるのは、企業の買収防衛策などに詳しいIBコンサルティングの鈴木賢一郎社長だ。

ローランドDGが訴えたディスシナジーとは、印刷機の中核部品に当たるインクジェットヘッドの供給に関することだった。同社は使用するヘッドの8割をサプライヤー1社から調達。残りはブラザーと別のサプライヤーからそれぞれ1割ずつ仕入れている。

ヘッドの8割を供給しているサプライヤーとブラザーは競合に当たる。ブラザーの傘下に入れば、新製品の開発状況を共有してくれるような現在の関係を維持してもらえず、業績に大きな影響を及ぼす。そのようなローランドDGの主張は、関係者の耳目を集めた。

他方でローランドDGは、タイヨウからTOB価格の引き上げを取り付けた。1株5035円だったタイヨウのTOB価格は4月26日に5370円へと引き上げられ、ブラザーの示した5200円を上回った。

このときブラザーが「『価格引き上げはおかしい』と主張すべきだった」と、鈴木氏は指摘する。

勝負どころを誤ったブラザー

マネジメントバイアウトの略であるMBOは、その言葉のとおり、経営陣が関与する買収だ。非公開化後のローランドDGには現社長が出資する予定になっている。またローランドDGの取締役会は、タイヨウが最初に提示した5035円でのTOBに賛同し株主に応募を推奨していた。

東洋経済の取材にタイヨウのブライアン・ヘイウッドCEOは、「最初に出した5035円がフェアな価格だと思っている」としたうえで「マーケットには競争があるから」とTOB価格の引き上げの正当性を主張した。

タイヨウのブライアン・ヘイウッドCEO

タイヨウ・パシフィック・パートナーズのブライアン・ヘイウッドCEO。タイヨウはローランドDGの親会社だった電子楽器メーカーのローランドのMBOにも関わった(写真:タイヨウ・パシフィック・パートナーズ)

ただ、「当初は不当に安い価格で一般株主から搾取しようとしたのか」とブラザーに問われたら、防戦を余儀なくされたはずだ。

TOB価格に対するタイヨウの誠実さを問うことで牽制しつつ、自身はタイヨウの5370円を上回る価格を改めて提示する──。鈴木氏の言うような攻め手をブラザーが採っていたらどうなっていたのか。

しかしブラザーは5月9日に「価格を引き上げない」と発表。5月16日にタイヨウのTOBが成立したことを受けて、対抗TOBの提案を取り下げた。価格引き上げ合戦からの撤退は賢明な判断にみえる反面、勝負どころを誤ったともいえる。

価格引き上げ以上にディスシナジー論争が注目されたのは、ローランドDGやタイヨウのメディア露出の増加が背景にある。ディスシナジーについて言及を始めた後、両者は雄弁になった。それに比べてブラザーの沈黙ぶりは際立った。

メディアの論調を自社に有利にするため、PR会社を頼る企業は少なくない。今回でいうと、ローランドDGはパスファインド、タイヨウはボックスグローバル・ジャパン、ブラザーはKRIK(クリック)の支援を得た。

見逃せない「PR会社の2強」の支援

これらは商品や事業をアピールする会社と違って、買収合戦やアクティビスト対策といった有事におけるPRを得意とする。主要メディアの個別取材もセッティングする能力を持っており、 企業からするとありがたい存在だ。

この分野での2強といえるのがパスファインドとボックスで、ほかの案件では 買収する側の企業と買収される側の企業のどちらかを支援し、対峙することが珍しくない。だが今回はその2社が、MBOを実施する側にそろった。ローランドDGは、さぞ心強かったに違いない。

2015年に買収した英国の産業印刷機メーカーの利益創出に手間取っている中、新たな買収を行おうとしたブラザー。新興国市場の開拓など多額の費用を要する施策を迅速に行うためにと、MBOの正当性を主張したローランドDG。大義はどちらにあったのか。

答えが出るのは、しばらく先のことになる。

(緒方 欽一 : 東洋経済 記者)
(吉野 月華 : 東洋経済 記者)

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