ラピダスの前途が手放しには「楽観」できない事情

経産省"肝いり"のラピダスは日本の半導体産業の救世主となるのか(写真:zhengqiang/PIXTA)
PCやスマホなどの電化製品から自動車、社会インフラまでさまざまなシーンで活用され、もはや現代社会には欠かせない"産業のコメ"とも呼ばれる「半導体」。かつて、その半導体の分野で「日の丸半導体」として世界市場を席巻していた日本のメーカーは、なぜ凋落の一途を辿ってしまったのか。その知られざる「背景」とこれからの「展望」を半導体エネルギー研究所顧問の菊地正典氏が解説します。
※本稿は、菊地氏の著書『教養としての「半導体」』から一部抜粋・再構成しています。

半導体産業に飛び込んできた2つのニュース

失われた35年の「あきらめ状態」にあった日本半導体産業に、大きな驚きと衝撃を伴ったニュースが2つ飛び込んできました。

その1つが、2021年10月に発表された、台湾の半導体受託生産会社(ファウンドリー)TSMCが日本に工場を建設するというニュースでした。

TSMCは世界最大のファウンドリー企業で、最先端半導体の世界生産シェアが75%にも及びます。

時価総額で見ても、トヨタ自動車の2倍に及ぶ巨大企業である上、米中覇権争いの渦中で最重要戦略物資となった半導体を巡り、その地政学的位置づけからの重要性がいやが上にも高まっています。

TSMCによる新しい工場の内容を見ておきましょう。まず、1兆3000億円規模の投資の過半をTSMCが出資し、ソニーセミコンダクタソリューションとデンソーが資本参加し、日本政府(経済産業省)が最大4700億円の補助を与えます。

そして注目の工場は、22/28ナノのプレーナ型、12/16ナノテクノロジーノードのFINFET(立体構造の工程技術)を用いた、月5万5000枚の300ミリのシリコンウエハー処理ラインを建設するという内容です。

工場建設は、2022年4月から熊本県菊池郡菊陽町で開始され、2024年末から生産開始の予定で進んでいます。

この工場が日本の半導体産業の復活にどれだけ寄与するかは議論のあるところですが、少なくとも低迷していた日本の半導体産業へのカンフル剤としての役割は期待したいものです。

経産省"肝いり"ラピダスへの期待と不安

2つ目は、2022年8月に設立され、2023年9月1日に北海道の千歳市で起工式を迎えた、2ナノテクノロジーノード以降の最先端ロジック半導体の開発・生産を目的とした工場のラピダス(Rapidus)です。

ラピダスには、トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJの8社、総額73億円の出資に加え、日本政府(経済産業省)からの試作ラインや研究開発支援として、現在のところ3300億円の補助を得てスタートしています。

ここで出資8社について少し考えてみましょう。いずれの会社もラピダスが国(経産省)の肝いりで発足し、手厚い資金援助を受けられるという好条件が根底にあることが出資の前提になっているでしょう。

その上で各社の思惑を推し量ると、NTT、トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NECの5社はあくまで最先端半導体のユーザーとしての立場で、自社のビジネス展開・発展に必要不可欠になる先端半導体の開発・生産先を確保し、優先的に供給してほしいとの思いが働いているでしょう。

もっとも、ユーザーとサプライヤーという、ある意味で矛盾する立場に立つのはおかしい感じもしますが、これらの会社は最終的にはユーザーとしての立場を優先するでしょう。

各社について少し具体的にいえば、NTTは同社のIWON(アイオン)構想、すなわち最先端の光技術を使った低遅延・高速通信のネットワーク構想を実現し、自動運転などを可能にするため、先端半導体を含む光電融合技術の実現を考えているでしょう。

トヨタ自動車とデンソーはEV(電気自動車)の高度化や自動運転車の実現、ソニーは今後のイメージセンサーがらみの高度システムや新たな分野としての自動運転車、NECはこれからのAI(人工知能)開発などが主なターゲットになるでしょう。ソフトバンクと三菱UFJは新しい有望な投資先と見ているのではないでしょうか。

参加の"真意"を測りかねる企業も

不思議なのは、NANDフラッシュに特化しているキオクシアの参加です。ラピダスは先端ロジックを対象としているのでキオクシアの参加は奇異な感じもしますが、キオクシアが出資を決めたのはEUV(さらに高NA‐EUV)露光技術をメインとする、新たなプロセス・装置技術のマスターや新たな3D実装関連技術への期待ではないかと筆者は見ています。

キオクシアの参加以上に不思議なのは、ルネサスの不参加です。

ルネサスは先端ロジックに進出せず、これからも枯れた技術だけで行こうとしているのか、あるいは穿った見方をすれば、過去に経験したトレセンティテクノロジーズ(日本のファウンドリー会社)の失敗の当事者としてのトラウマがあるのか、とも考えられなくもありませんが、これはあくまでも筆者の個人的な感想に過ぎません。

ラピダスによれば、今回の第1棟(IIM‐1)に加え、将来同じ場所に第2棟の建設も考えていて、最終的に計画を遂行するには約5兆円の投資が必要になるとのことです。

ラピダスはIBMと技術提携し、2ナノ以降のGAA(ゲートオールアラウンド)型トランジスタ技術のライセンス供与や技術者をIBMで教育することなども計画されています。またラピダスはベルギーにある国際研究機関IMECとも連携すると発表されています。

日本の半導体産業に巡ってきた"最後のチャンス"

ここで世界における最先端テクノロジーノードの状況を見てみると、サムスンは2022年に3ナノのFINFET(立体構造の工程技術)の量産を開始しており、TSMCに至っては2024年には2ナノのGAA(ナノシートトランジスタ)のパイロット生産を開始し、2025年には台湾の高尾や台中の工場で量産する予定です。

教養としての「半導体」

これらの状況を勘案して、ラピダスの今後を考えると、さまざまな問題点や課題が浮き上がってきて、その前途は必ずしも楽観できるものではないと思われます。

以上述べたような、日本の半導体産業の復活に向けた動きは、「遅きに失した」という感も無きにしもあらずです。

しかし、これが産官学をあげて失われた35年の自省と決断から生まれたものか、アメリカの新たな半導体戦略に突き動かされた、あるいは半ば強要されたものかは問わないとして、「日本の半導体戦略が世界の構図に無視できない影響を及ばしつつある」という、ある国のコメントを待つまでもなく、「日本の半導体産業に巡ってきた最後のチャンス」と心しなければならないでしょう。

(菊地 正典 : 半導体エネルギー研究所顧問)

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