「相続でモメる人」が知らないトラブル回避の基本

司法書士法人・かしのき事務所を2人で運営する柏原昌之さんと詠子さん(画像:尾形文繁)

人はいつでも何度でも結婚できる――。

本連載にはアラ還どころかアラ古希の新婚夫婦が登場したこともあった。夫婦ともに前の配偶者とは死別したが、その後に気の合うパートナーと結ばれて楽しそうに暮らしている。

ただし、人生を重ねるにつれて様々な縁としがらみが生じる。財産がある場合は相続がらみの問題が起きやすい。自宅や会社として使っている不動産などは分割しづらいこともあり、きょうだいや成人した子どもなどから再婚を反対され、家族がバラバラになってしまうケースも少なくない。

司法書士夫婦に聞いてみた

遅めの結婚をしても、「前の家族」と「今後の家族」の両方が納得する道はあるのだろうか。

昨年6月に本連載に登場してくれた埼玉県の司法書士夫婦(記事はこちら)を思い出した。

夫婦で運営する司法書士事務所・かしのき事務所には平均して月20件もの相続の相談があり、その中には離婚や再婚によって生じる様々なケースがあるようだ。

夫の柏原昌之さん(48歳)はさいたま市が開設するセミナーで「争いを防ぐための遺言作成講座」の講師を務め、妻の詠子さん(45歳)は法務局の元職員として「登記手続きには自信がある」とのこと。実践的なアドバイスを赤裸々に教えてくれそうだ。さいたま市内の自宅兼事務所でお話を伺った。

――お久しぶりです。3月末から特別養子縁組でお子さんを迎えたと聞いて驚いています。

2歳7カ月の女の子です。今は2階の自宅でお昼寝をしています。夫婦で児童相談所に3カ月通って、今は養育を委託されている段階です。1年後には晴れて親になれます。私(昌之さん)にはまだ全然懐かないのですが(笑)、とても可愛いです。すべり台やブランコを買って一緒に遊び、少しずつ仲良くなろうと思っています。

――特別養子縁組をすると、実の親になるのと変わらないそうですね。

はい。子どもは実の親との法的な親子関係が解消されるので、その財産の相続もできなくなります。それに対して、普通養子縁組は実親との遺産相続や扶養義務などはそのまま残ります。しかも、相手が年上なら誰とでも何人とでも養子縁組を結べるので、遺産を複数方面からもらうことも可能だったりします。

遺言を必ず書くべき人

――養子縁組は相続のテクニックとしてたまに聞く手法ですが、まずは相続で最もよく耳にする遺言について教えて下さい。

バーテンダーなど様々な職業経験がある昌之さん(画像:尾形文繁)

遺言を必ず書くべき人がいます。それは、前の配偶者との間に子どもがいる人です。若いときに離婚して音信不通だったとしても実子が法的相続人の一人であることに変わりはありません。自分が死亡したときには銀行口座などは凍結され、長年連れ添った配偶者でも独断では相続手続きを進められなくなります。誰と誰が法定相続人なのかを明らかにして遺言を書く必要があるのです。

ところが、前の結婚について家族に隠している人が少なくありません。亡くなって初めて「お母さんは4回も結婚していた」とか「お父さんには他に認知している子どもがいた」事実がわかったりします。見知らぬ人同士ですから、相続人の間での話し合いが難しくなるのは必至です。

遺言がなくて相続でもめた場合、遺産を分けるのも苦労します。たいていの人は預貯金は数百万円ほどで、家族で自宅として使っている不動産の評価額が数千万円だったりするからです。自宅を売らざるをえなくなったりします。

――そんなもめ事を防ぐために遺言が必要なのですね。

その通りです。例えば、長男と次男がいる場合、自宅と土地は一緒に住んでいる長男に譲ると遺言に記すことができます。次男も法定相続分の2分の1を「遺留分」として主張できますが、法定相続分全額を次男から求められるのと比べると、兄の経済的な負担は軽減されます。

ただし、どんなにしっかりとした遺言を作成しても、翌日以降の日付で「やっぱり次男に譲る」とメモ書きで本人が遺したらそちらが有効になってしまいます。自分に有利な遺言を書かせるために年老いた親の拉致合戦をきょうだいがすることも少なくありません。

――親の拉致合戦……。地獄絵図ですね。

遺言はないよりはいいけれど、あれば絶対安心なものではないのです。対照的なのは、確実に法定相続人になれる配偶者や養子です。ちなみに婚姻や養子縁組などの身分行為には実印すら要りません。

配偶者の連れ子などは、将来に備えて早めに普通養子縁組をしておいたほうがいいかもしれません。さきほど我が家のケースでお話ししたように、厳格な要件を求められる特別養子縁組では実親との親子関係は解消されるのに対して、普通養子縁組は簡単に結べて子どもは実親からも相続することができます。

わが子として大切に育てていても養子縁組をしていないと法的には他人です。遺産はその子ではなく自分のきょうだいなどのものになってしまいます。長年一緒にいる家族なので見落としがちですが、ちゃんと養子になっているかどうかを戸籍で確認しておくとよいかもしれません。

実子と再婚相手、板挟みの苦労も

――本当に愛する人とは養子縁組などで法的にも結ばれておくと安心、ということですね。ただし、「実子に財産を譲りたいけれど、再婚相手のことも大事にしたい」といった板挟みの苦労をする人も少なくありません。

家族信託という比較的新しい制度があります。不動産などの財産を、家族などの信頼できる人に、その使い道を指定したうえで管理と処分を任せられる仕組みです。自分の財産とは切り離されるため、相続の対象にはなりません。贈与するわけではないので贈与税もかかりません。

神社仏閣巡りとコスプレ(男装)が趣味の詠子さん(画像:尾形文繁)

私たちが担当した中でこんなケースがありました。成人した2人の子どもがいる男性が、晩年になってから再婚。自宅のある不動産は妻に遺したいと思っていました。ただし、妻も亡くなったら、その財産は妻のきょうだいなどではなくて自分の子どもに渡したいというご希望です。

そこで、不動産を長男に信託し、信託契約書には「自分が認知症になったり死んだりしたらこの財産を妻のために管理せよ。妻も亡くなったら子どもたちのものとする」と記しました。こうすることによって妻も死ぬまで安心して暮らせて、子どもたちも納得できます。なお、遺言では相続した遺産の使い道まで指示することはできません。

――結婚をする際に自分の財産や相続に関して不安がある場合は誰に相談すればいいのでしょうか。やはり司法書士さんですか?

認知症などになる前に財産管理を家族に託せる制度がある(画像:尾形文繁)

そう言い切りたいところですが(笑)、私たち司法書士が携われるのは法的な書類をしっかり整えておくなどの予防法務に過ぎません。訴訟などの紛争が起きることが予想される場合は弁護士に相談すべきでしょう。また、どうやったら贈与税や相続税を最小限に抑えられるのかを考えるのは税理士が向いています。

司法書士は不動産登記や商業登記といった登記の専門家です。法務局に出す登記申請書類の作成と提出を業務として委託されて行うことができます。例えば、不動産を生前贈与して登記名義を変更する際の手数料はうちの場合はおよそ10万円です。それに関わる相談料はいただいていません。多くの司法書士が同じような価格設定だと思います。

司法書士夫婦、2人それぞれの視点が参考になる(画像:尾形文繁)

――相続で家族がもめないコツがあれば教えてください。

まず、家族に隠し事をしないことです。隠し事が後から露見すると、みんなが疑心暗鬼に陥ってしまいます。まとまるものもまとまらなくなるのです。

そして、いずれ残される家族の感情も重視することです。遺言には財産の行き先を記す本文に付言事項を添えることができます。この付言事項で家族それぞれへのメッセージを伝えることは心理的に大きな効果があるので、笑顔の写真を入れたりするのもおすすめです。

ある寡黙な男性が亡くなった後、封をした遺言が出てきたことがありました。裁判所での検認手続きを経て封を開けて内容を読んだところ、妻と子どもたちへの溢れるような感謝の気持ちが付言事項で書かれていたのです。「普段はほとんどしゃべらなかったお父さんが……」とみんなで号泣。もちろん、遺言の本文に異議は出ませんでした。

――自分の相続内容にちょっと不満があったとしても、感涙した勢いで納得しちゃいそうですね(笑)。

かつては「お金があれば一人で生きていけるし、老後も安心」といった考え方が多かったと思います。でも、老後にお金だけたくさんあっても幸せとは限らない、と人々が感じ始めたのが現在ではないでしょうか。

結局のところ、信頼できる人がそばにいることが何より大切だと思います。その人が家族でも第三者でも構いません。人の気持ちや思いを一番大事にするべきということに多くの人が気づき直している時代なのだと思います。

「準備」と「コミュニケーション」に尽きる

家族を人体に例えるならば、相続でもめてメンバーが不仲になるのは大病を患うのと同じだ。訴訟などの外科手術でなんとか乗り切ったとしても後遺症は免れない。費用も時間もかかるし、家族との関係性も元には戻らないだろう。

そんな不毛な事態を回避するためにはどうするべきか。柏原さんの話から、「準備」と「コミュニケーション」に尽きると筆者は感じた。自分の法定相続人は誰なのかを確認し、自分に何かあっても大切な人が困らないようにしておくこと。そのために専門家を活用するならばお金も時間も有効に使えると思う。

そして、配偶者にも子どもたちにも愛情と感謝を言葉にしてそれぞれに伝えること。口にするのは照れくさかったら手紙にするのもいいだろう。遺言の付言事項も興味深いけれど、ちょっと遅い気もする。できれば生前に伝えられたらもっといい。

家族に愛されたという実感は前向きな力になり、他の人に寛容にもなれる。「前の家族」と「今後の家族」の不和や衝突を防ぐことにもつながるはずだ。

本連載に登場してくださる、ご夫婦のうちどちらかが35歳以上で結婚した「晩婚さん」を募集しております(ご結婚5年目ぐらいまで)。事実婚や同性婚の方も歓迎いたします。お申込みはこちらのフォームよりお願いします。

(大宮 冬洋 : ライター)

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