中森明菜復帰後の歌唱表情に見る36年前との変化

中森明菜

(画像:中森明菜オフィシャルウェブサイト)

5月1日に中森明菜さんがデビュー42周年を迎えました。この記念日に先向け、公式YouTubeチャンネルでは、これまでの曲がセルフカバーされ、続々と公開されました。

年月を経ることで熟成され、豊かな風味や複雑さが増すヴィンテージもののワインのごとく、彼女の歌は、深みが増し、新たな感情や表現が加わり、聴き手に豊かな体験をもたらしてくれます。

さまざまな名曲の中でも「TATTOO」(作詞:森由里子、作曲:関根安里)は、ことさら異彩を放っています。リリースされた1988年当時の歌い方と比べると、如実に感じます。1988年と2024年の歌い方を比べ、彼女が歌に込めようとした意図を表情分析の視点から考察したいと思います。

込められたメッセージと表情の矛盾の謎

リリース当時の歌唱中の表情には、八の字眉、微笑、カメラ目線が目立ちます。特に、八の字眉が特徴的です。八の字の眉は、眉の内側が引き上げられると生じます。悲しみや苦悩、共感を抱くときに生じる表情です。救いの手を差し伸べてもらう可能性を高める、あるいは、差し伸べてもらいたいときにする表情です。

「TATTOO」を作詞された森由里子さんは、公式ブログ「ユリコの森」の中で、歌詞に込めたメッセージについて次のように書いています。

“歌の中では、強くてセクシーでたとえようもなく魅力的な女が、弱い男たち、遊び人で軽いだけの若者たちにメッセージを突きつけます。
心に、魂に、愛という消えない刺青を入れろ。
ロボットや人造人間じゃない、血の通った強い男が真の愛を魅せてくれたら、私だって、おちてあげるわ。
と。”

引用:ユリコの森「ブレードランナー」と「TATTOO」より

このメッセージと明菜さんの悲しみ表情を比べると、矛盾を感じます。メッセージは命令的である一方、表情はお願いをしているからです。悲しみ表情をしながら、時折見せる微笑。そしてカメラ目線。微笑も悲しみ表情同様、親和的表情であり、お願いするときに生じます。

1988年当時、「言葉は強いけど、本心はお願いしたい気持ちなの」という意図を込めて歌われていたものと推測します。また、カメラ目線が多いことから聴き手に「届けよう」「届いてほしい」という気持ちが先行されていたように考えられます。

意識はどこへ向かっている?

一方、2024年4月に公開された「TATTOO」では、八の字眉や微笑、カメラ目線がないわけではありませんが、微細であまり目立ちません。目立つ表情は、閉じ気味の瞼。目線の先は、意識が向かう先です。瞼を閉じるということは、意識が自分に向かっていることを意味します。

閉じ気味の瞼に、時折生じさせる熟考表情、そして、微細な八の字眉、微笑。複雑な表情のコンビネーションです。意識を自己に向け、歌詞と曲と自己の歌声の重なりが生み出す複雑な感情を味わい、あるがままを表現している。このように考えられます。

興味深いのは、こんなふうに「歌詞を噛みしめながら歌われているのだな~」とぼんやり動画を観ていると、要所要所で、ドキッとさせられる。不意に気持ちが揺さぶられる瞬間です。

中森明菜

「TATTOO」リリースからさらに10年後、1998年当時の中森明菜さん(写真:時事)

それは、予告なしにカメラに目線が向けられるときです。1988年当時と比べ、カメラ目線がデフォルトではなく、ポイントを絞った、厳選されたカメラ目線と言えばよいでしょうか。とはいえ、わざとらしさは感じられず、自然な流れの中で目線が向けられているように思われます。

彼女の目線がカメラに向けられるとき、観ている自分が観られている自分に変わる感覚を覚えます。彼女の目力と表現力ゆえでしょう。閉じ気味の瞼で自己対話をしながら歌い上げる彼女が、カメラ目線で、ときにいたずらっ子のような表情を、ときに妖艶な表情を見せます。

いたずらっ子のような表情のときは、ウィンクをしそうでしないギリギリの表情と微笑、そして、指を指す仕草。妖艶な表情のときは、微笑に加え、横目でチラリ。そして、それぞれの指をなめらかかつ巧みに動かし、手招きする仕草をします。

36年と3分40秒の曲

このように見ると、現在の彼女の歌い方のほうが、自身のアレンジが入りながらも、「TATTOO」のメッセージ性が表現されていると考えられます。

2024年現在、デビューから42年、「TATTOO」リリースから数えれば、36年。「【公式】中森明菜「『TATTOO-JAZZ-』」は3分40秒ですが、彼女の歌を聴けば聴くほど、「これは36年と3分40秒の曲なのだな」と思われてくるでしょう。是非、皆さんも何度も聴き、味わってみてください。繰り返し聴くたびに発見があるかもしれません。

動画:中森明菜公式YouTubeサイト

(清水 建二 : 株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役)

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