大手損保が断ち切れない代理店への過剰な忖度

損保の構造変革に向けた決意は本物なのか(記者撮影)

「当業界に対する社会からの信頼は毀損した状態にある。(中略)信頼を取り戻すためには、保険会社と代理店の関係や、業界の商習慣を変えていくことが必要だ」

日本損害保険協会の新納啓介会長(あいおいニッセイ同和損害保険社長)は、3月21日の定例記者会見の冒頭で、そう力強く語っていた。中古車販売大手ビッグモーターによる保険金不正請求問題で、損害保険ジャパンが業務改善計画書を金融庁に提出してから、約1週間後のことだ。

会見では、代理店や募集人(販売担当者)向けに配布する冊子「募集コンプライアンス(法令順守)ガイド」を改定したことなどを説明。悪しき商慣習を見直すため、損保協会内に「業務抜本改革推進PT(プロジェクトチーム)」も設置し、業界を挙げて構造変革に取り組む姿勢を示した。

「病巣」を取り除くのは簡単ではない

しかしながら、損保業界の「病巣」を完全に取り除くのは簡単ではなさそうだ。なぜなら、変革に向けた決意を疑いたくなるような事例が、損保の間でいまだに散見されるからだ。

その1つが、「社員代行」と呼ばれている行為だ。社員代行とは、代理店が人件費(出向負担金)を支払わずに、損保会社から社員を事実上出向させて、代理店業務を代行させること。自社商品を優先的に販売してもらおうと、損保が代理店に対してあの手この手で行う過剰な便宜供与の象徴でもある。

損保協会の募集ガイドでは、行ってはならない便宜供与の具体例として「特定の代理店に対して、出向負担金なしで保険会社の社員を出向させ、保険募集を行った」と記載している。2月の改定で追記されたばかりの項目で、対応の優先度は高い。

ところが、損保ジャパンでは昨夏から、関西地域の一部代理店に対して、負担金なしで社員を事実上出向させ、代理店の募集業務などを代行させていた。損保ジャパンは社員代行について、災害対応といった緊急時などに限ると内規で制限していた。にもかかわらず。損保ジャパンの関西地域の支社長や支店長は、代理店の求めに応じるかたちで社員代行を黙認していたという。

損保ジャパンのある社員は「その代理店主は代理店の会員組織の役員を務めており、声が通りやすい。うち(損保ジャパン)の支社長や支店長だけでなく、役員も社員代行の実情を知っていたはずだ」と話す。

損保ジャパンに事実関係を尋ねたところ、担当役員が社員代行を認識していたことは否定したものの、支社長や支店長が「認識していたことを確認した」と回答。また「代理店に対する過度な便宜供与に該当する可能性も含めて調査している」といい、「同様の事案が発生しないよう、社内への注意喚起、徹底を図る」としている。

社員代行をめぐっては、金融庁が3月に設置した損害保険の有識者会議で、取り締まり強化に向けた議論を始めている。今後、金融庁が詳しい実態を調べる中で、損保ジャパンのような事例がほかの損保でも露見する可能性がありそうだ。

自動車ディーラーにおもねる損保

金融庁の有識者会議では、自動車販売店などいわゆる兼業代理店への規制強化策についても議論が進んでいる。中でも耳目を集めているのが、代理店の保険募集における「比較推奨販売」のあり方だ。

比較推奨販売とは、代理店が複数の保険会社の商品を顧客に提示・推奨して販売する際のルールの一つだ。ポイントは大きく2つある。1つは、商品ごとの特性や保険料水準などの客観的な基準や理由について説明して顧客に比較検討させること。2つ目は、特定の商品だけを顧客に提示・推奨する場合は、代理店とその保険会社との資本関係や取引関係などの理由を顧客に説明しなければならない、という規制がある。2016年に施行された改正保険業法によって強化された募集規制の1つだ。

法改正以降、保険募集だけを生業とする専業の乗り合い代理店では、比較推奨販売の規制を満たすための体制整備が徐々に進んだ。その一方で、自動車販売店などの兼業代理店では、金融庁や財務局の監視の目が行き届かず、ほぼ野放しの状態だった。

その結果として起きたのが、ビッグモーター問題だった。

金融庁は有識者会議の中で、事故車をビッグモーターに斡旋する(入庫紹介)件数に応じて、「保険会社の商品を顧客に推奨していたにもかかわらず、(事務に精通しているといった)別の理由を装っていた」と指摘。そのため「保険業法が求める比較推奨が適切に実施されておらず、顧客の適切な商品選択が歪められていたおそれがある」と総括している。

今後は適切な比較推奨販売を、自動車販売店などの兼業代理店にも徹底させる考えだ。

あいおいへのテリトリー変更

ただ足元では、西日本地域のある「トヨタ自動車系ディーラー」と損保大手の間で、比較推奨販売を歪めかねない事態が起きている。

損保による営業協力や便宜供与の度合いによって、推奨する自動車保険を変えるディーラーは依然として多い(記者撮影)

そのディーラーは複数の販売店を展開しており、損保大手各社の首脳が定期的に挨拶にうかがうほどの有力企業だ。損保との取引は、トヨタとの関係が深いあいおいを中心に、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険の3社で9割超を占めていた。

しかし今年初めに突如、同ディーラーは約3割の契約シェアを持っていた三井住友海上に対して、事実上の取引打ち切りを宣告した。さらに同ディーラーの代表者は、三井住友海上の自動車保険を優先的に販売する「テリトリー店舗」を、すべてあいおいに変更すると明言したという。

なぜ、あいおいに変更するのか。理由は、ディーラー代表者の「娘の夫(A氏)があいおい出身者」(大手損保幹部)だからだ。A氏は今春、あいおいを退職し同ディーラーに役員として入社。時期を同じくして、あいおいへのテリトリー変更も実施されている。

同ディーラーは今後、三井住友海上の契約者が契約を更新する際は、あいおいを推奨し、乗り換えを促すとみられる。

だが、同ディーラーはあいおいを推奨する理由として、「弊社オーナーの親族が、あいおい出身者のため」や「役員にあいおい出身者がいるため」などと顧客に説明できるのだろうか。一方で、「あいおいの商品性が優れているため」などと誤魔化して説明した場合は、ビッグモーターと同様に別の理由を装っていることになり、比較推奨販売を歪めてしまうわけだ。

そもそも、金融庁が比較推奨販売の旗を10年以上にわたって振ってきたにもかかわらず、依然として顧客の意向を置き去りにし、テリトリー店舗ごとにプッシュする保険会社を自在に変えるという販売方針が、横行していることも問題だ。

損保協会の協会長会社として、悪しき商慣習の見直しを訴えるあいおいが、同ディーラーに対して比較推奨販売をどう実効的に指導し、徹底させていくのか。そこに損保業界としての変革への決意が、はっきりと映し出されることになる。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)

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