乗り継ぎスムーズ、スイス「列車ダイヤの秘密」

チューリヒ中央駅

スイス・チューリッヒ中央駅のホーム。公共交通機関の乗り継ぎが便利になるよう列車ダイヤを工夫している(筆者撮影)

「スイスの鉄道」と聞くと、有名な「氷河急行」や登山鉄道など、乗車体験そのものが観光となっている列車を思い浮かべる人が多いかもしれない。実際に、3000m級の山々まで連れていってくれる登山鉄道もある。

一方でスイス国民が日頃利用する、生活に密接する公共交通機関としての鉄道の役割は登山鉄道ほどには知られていないようだ。鉄道を含むスイスの公共交通機関は、乗り換えの利便性を最大限に高める運行システムを取り入れている。公共交通での移動を効率的で使いやすくするために採用されている「Taktfahrplan」(タクト・ファールプラン)について紹介したい。

一定間隔のダイヤが生む効果

では、タクト・ファールプランはどんなシステムなのか。

スイスの主要な鉄道駅に行くと、列車が到着した後、わずかな待ち時間でバスが駅前から出発するように調整されている。行先の違う列車同士の接続も同様だ。これは、規則的な間隔で列車やバスが出発するようにダイヤが設計されているためだ。

例えば、列車に乗ってある駅で降り、その駅前バス停からバスに乗って目的地に向かうといった場合、朝であろうが午後であろうが、列車からバスへの接続は常に15分や30分など一定の間隔で同じパターンとなっている。このように交通機関同士の「接続の最適化」を図ることで、乗り換えの待ち時間はより短くなり、結果としてドアtoドアの所要時間が短縮される効果がある。

チューリッヒ S-bahn

チューリッヒ郊外の駅。ホームと路面の高さが同じで改札もないため、バスと列車の乗り継ぎが容易だ(筆者撮影)

このシステムでは一定の間隔で列車やバスがやってくるため、公共交通への信頼が高まる。このことは、観光業を含む多くの「経済的利益の拡大」に好影響を与える。また、地元住民も公共交通を利用してより効率的に移動することができる。

また、公共交通の定時性と効率の高い乗り継ぎシステムは、自家用車を使う代わりに公共交通を利用するというインセンティブが働く。このため「環境への配慮」にも優れたシステムであるといえる。

こうした取り組みは1つの都市圏とその周辺といった一部のエリアでのみ適用されそうだが、タクト・ファールプランは「全国的な規模」で行われている。都市と地方の間の移動の促進、そして地方に住んでいても容易に大都市へアクセスできる機会を与えている。

ベリンツォーナ 発車案内板

スイス・ティチーノ州ベリンツォーナ駅にある発車案内。ここでは30分間でバスや近距離列車のダイヤが一巡するため、30分以内は発車までの時間、それ以降は発車時刻と表記を変えてメリハリをつけている(筆者撮影)

ベリンツォーナ イタリア語表記

イタリア語圏のベリンツォーナ駅にある列車の発着案内。凡例はイタリア語表記だ(筆者撮影)

国民投票でプロジェクト推進

タクト・ファールプランの概念は1982年、スイス連邦鉄道(SBB)が導入した。このシステムの目的は、列車の運行を規則的な間隔で設定することにより、乗り換えの効率を改善し、利便性を向上させることにあった。

その後1990年代に入り、スイスではプロジェクト名「Bahn 2000」の名の下に、鉄道網の拡充と近代化が進められた。これにより、国内の鉄道サービスをさらに最適化し、より頻繁で速達性の高いサービスをスイス全域に提供することを目指した。

「Bahn 2000」プロジェクトの推進にあたっては、1998年に行われた国民投票での承認が大きな後押しとなっている。この投票によって、鉄道インフラの大規模な拡張と改善を求める取り組みへの支持が決まり、プロジェクトの資金調達と実施が確実なものとなった。つまり、タクト・ファールプランを含めたスイスの公共交通システムの拡充が大きく進歩したというわけだ。

チューリッヒ中央駅 SBB Re460

チューリッヒ中央駅に停車するスイス連邦鉄道の列車(筆者撮影)

ただ、通勤・退勤時間帯と日中の閑散期や週末では需要が大きく異なる。時間帯に関係なく一定のダイヤでは輸送力が過剰だったり、不足したりしないのだろうか。そこで、平日のピーク時と週末の昼間との輸送の様子を見てみることにした。

例えば、チューリッヒとその郊外とを結ぶ列車のケースだ。ここでは電気機関車1両と客車3両を1組とした編成の列車が走っているが、これが週末には1組だけで運行する一方、平日のピーク時には3~4組(最大16両)を連ねて走る。ダイヤは変わらないものの、車両数の増減で輸送力を調節しているわけだ。時間帯によって、プラットホームの特定の場所にしか列車が停まらないといった問題はあるが、需要と供給のバランスを取りながら「資源の最適化」を図る姿勢は特筆できよう。

チューリッヒ S-bahn DOSTO

2階建て電車が走るチューリッヒの郊外路線(筆者撮影)

タクト・ファールプランを基に列車やバスを走らせているスイスの交通オペレーターは、鉄道、バス、トラムなど異なる交通機関同士の連携を密に行い、乗り換え時間を可能な限り詰めることで全体の移動時間を短くできるようダイヤが引かれている。常に各交通機関の運行状況がリアルタイムで情報提供されているため、例えば列車が遅れた場合は、バスは乗り継ぎの客が乗車するまで出発を遅らせることがある。

車内案内表示器

パラディーゾ(Paradiso)駅到着直前の列車内表示器。同駅で接続する列車とバスがすべて表示される。2番バスは3分遅れの表示が出ている(筆者撮影)

運行状況や旅客需要がデータとして蓄積されていることから、定期的なスケジュールの見直しの際も、運行効率の改善や利用者のニーズに応じて実効性のある調整ができるというわけだ。

国際列車も連携図る

タクト・ファールプランでは、15〜30分ヘッドの通勤列車や国内の都市間特急、ローカルバスの接続連携を図っているものの、スイスの鉄道網を走る列車はそれだけではない。ダイヤが他国にも影響する国際列車などはどのように位置づけているのだろうか。

スイスでは目下、鉄道による国際間接続の強化を重視し、他国とのルート拡充を積極的に図っている。フランス方面行きの高速列車TGV Lyriaをはじめ、ドイツとを結ぶICE、そしてオーストリア方面に向かうRailjet(レイルジェット)、そしてイタリアへのユーロシティといったような列車も一定の規則性のある出発時間に運行される仕組みとなっている。近年では、スイス乗り入れの夜行列車Nightjet(ナイトジェット)が増加傾向にあり、「環境に配慮しながら夜のうちに遠くに行ける旅行手段」として改めて注目されている。

ナイトジェット チューリッヒ発アムステルダム行き

チューリッヒ中央駅に停車中のオランダ・アムステルダム行き夜行国際列車「ナイトジェット」(筆者撮影)

チューリッヒ トラム

チューリッヒ中央駅前を走る路面電車(筆者撮影)

タクト・ファールプランの取り組みは、単なるダイヤの調整だけでなく、常に利用者のニーズに応じたサービスの最適化を行いながら、昨今欧州で叫ばれている環境にやさしい持続可能な交通システムとなるべく、大きな役割を果たしていると言えよう。「乗り継ぎ時間が常に的確に短いから便利」という利用者の満足度を高めるために、異なる交通機関の垣根を越えた工夫と努力が重ねられている。

(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)

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