34年ぶりの円安をなんとか止める方法はないのか

ドル円相場は26日に1ドル=156円台、NY市場では一気に158円台に突入した。どうやったら円安を食い止めることができるのだろうか(写真:ブルームバーグ)

4月26日にドル円レートが、とうとう1ドル=156円台に突入。NY市場では158円台をつけた。1990年5月以来、実に約34年ぶりの水準である。

足元の状況は「円安」というより「ドル高」

この円安、いかにも「底なし」の感がある。せっかく今年は「5%台前半の賃上げ」が実現したのに、円安を主因とする物価上昇が止まらず、ここへきて原油価格の再上昇も気になるところだ。またまた実質賃金が上がらない、となったらどうしたらいいものか。

前回の「サラリーマンよ、昭和の一社懸命はもうやめよう」(4月13日配信) でも指摘した通り、春闘の賃上げ効果は今のところほとんど景気浮揚に結びついていない。これは純粋なタイムラグのせいもあって、3月の春闘妥結が実際の賃金に反映されるのは、だいたい6月分の給与明細からである。

4月と5月分の「差額」も上乗せされるので、サラリーマンとしては、「おっ、増えた!」と実感するチャンスとなるかもしれない。6月上旬には「1人4万円」の定額減税も重なるので、その頃には景況感が改善し始める可能性がある。

心配なのは、せっかくの賃上げ効果がさらなる物価上昇でかき消されてしまうことである。その意味で、今の円安進行はまことに「嫌な感じ」である。何より円安を止める手立てが見当たらない。

足元の状況は、円安というよりもドル高という面が強い。あまりにもアメリカ経済が強すぎて、年初に想定されていた「早期利下げ」シナリオがどんどん後ずれしている。

4月16日に発表されたIMF(国際通貨基金)の「世界経済見通し」 を見ても、アメリカ経済の成長見通しは前回1月発表分に比べて2024年は2.1%から2.7%に、2025年は1.7%から1.9%へと上方修正されている。2023年の成長実績が2.5%もあり、これだけ高金利が続いているにもかかわらず、である。ゆえにドルはほとんどの通貨に対して強含んでいる。

円安是正の希望の星は「もしトラ」くらいしかない!?

強いて円安是正のきっかけになりそうな要素を探せば、ドナルド・トランプ前大統領が「円安はケシカラン!」とご立腹であることくらいだ。4月23日にはご自身が運営するSNS「ソーシャル・トゥルース」で、ドルが34年ぶりに対円の高値をつけたことは、「アメリカの製造業にとって『大惨事』だ」と投稿している。

トランプさん、4月15日から「口止め料事件」の刑事裁判がニューヨーク地裁で始まったこともあり、かなりフラストレーションが溜まっておられる様子。真面目な話、トランプさんは元が「不動産王」であるだけに、高金利とドル高嫌いは筋金入りである。この秋の大統領選挙で勝利して、トランプ政権が復活となった場合はドル高是正が進むかもしれない。

しかるに、円安是正の希望の星が「もしトラ」くらいしかないと考えると、さすがに暗澹たる気分になってくる。4月23日には、麻生太郎自民党副総裁がトランプタワーを訪れ、トランプ氏と旧交を温めたそうだ。大いに結構なことながら、「保険は掛け捨てが望ましい」とだけ申し上げておこう。

それではこの円安、どうやったら止められるのか。いや、もちろん為替介入というオプションはある。しかるに今のようにズルズルと円売りが進む局面においては、下手な介入はかえって投機筋の参入を招き、「衆寡敵せず」となりかねない。円買い介入の原資は、1.2兆ドル規模の外貨準備に限られている。1992年のポンド安局面では、英国の当局がジョージ・ソロス率いるヘッジファンド軍団のポンド売りに敗退した故事を忘れてはなるまい。

また日米金利差が問題だからと言って、ここで日銀が金利を上げられるかといえば、それはもちろん無理筋である。そして「植田日銀」は、「サプライズ」を好んだ「黒田時代」とは正反対に、市場に対する丁寧な説明が「売り」である。3月に異次元緩和を解消したのだから、しばらくは様子を見るのが金融政策の王道というものであろう。

そんな八方ふさがりに見える状況下で、最近になって囁かれ始めたのが「レパトリ減税」の可能性である。企業や個人が海外に保有する資金を、国内に戻すことをレパトリエーションと呼ぶ。

2005年にはアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が、企業の海外利益を国内に送金する際の税率を35%から5%に引き下げる減税を1年限りで実施した「本国投資法」の事例がある。それで実際に本国送金が増えてドル高になったし、そのときの送金はかなりの部分が自己(自社)株買いに使われた。従って株価も上昇するというオマケもついた。

もし「レパトリ減税」導入でも効果は限定的

似たようなことを、2024年度の税制改正に盛り込んではどうか。差し当たって6月に取りまとめられる「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)において、「日本企業が海外で得た利益の国内還流策」が盛り込まれるかどうかが注目点となる。

日本人や日本企業が海外で得ている収益は、国際収支統計では「第1次所得収支」として計上されている。2023年(暦年ベース)で34.9兆円もあるが、その大部分は海外に蓄えられていて、円転されることが少ない。その一部だけでも日本に送金され、賃上げの原資や国内投資に充てることができれば、国内経済の浮揚につながるし、円買いが増えて結果的に円安是正も進む。一石何鳥にもなる妙手ということになる。

とはいうものの、日本では2009年度の税制改正において、「海外子会社からの配当の益金不算入制度」が実現している。すなわち外国子会社から受ける配当は、95%相当額を非課税所得とすることが認められている。これは本来、二重課税を回避するための方策であったが、ちょうどリーマンショックで企業が大打撃を受けていた時期に、この制度のお陰で国内に還流する配当金が安定的に推移したという経緯がある。

ともあれ、レパトリ減税を導入するにしても、「残り5%」の配当送金を時限立法で優遇する程度では、効果は限定的ではないか?との指摘は重く響くところである。

もうひとつ、この問題を語るときに忘れてはならないのは税の論理である。「企業は海外投資で大いに儲けている。しかもその利益は足元の円安でさらに水膨れしている。そんな金(カネ)を本国に戻す際に税制で優遇するのは不公平である」……いかにも財務官僚が言いそうなことじゃないですか。

ただしよくよく考えてみれば、このレパトリ減税の議論はたぶんに枝葉末節ということになる。重要なのは、日本企業が海外で儲けたお金が国内に還元されていないという点にある。だからこそ国内景気は良くならないし、家計部門も豊かにならない。そして円安も止まらないという構図がある。

円安が止まらない根本原因はどこにあるのか

だったらその根本原因はどこにあるのか。多くの日本企業は、長引く円高に悲鳴をあげて海外に進出した。製造拠点の再配置が進み、貿易黒字は減少した。国際収支統計を見ると、日本の貿易収支は既に「原油が高い年は大幅赤字」(2022年は▲18.3兆円)で、「原油が安い年は若干の黒字」(2023年は+3.9兆円)くらいの間を行き来するようになっている。逆に第1次所得収支は、コンスタントに30兆円以上の黒字を計上している。この間の事情を称して、日本経済は「貿易立国から投資立国になった」とも呼ぶ。

これらをトータルした経常収支は、相変わらず20兆円台の黒字となっている。だったら円高になってもおかしくなさそうなものだが、黒字がイコールお金の移動ではない点に注意が必要だ。貿易黒字が減った分は確実に実需のドル売りが減ったけれども、第1所得収支の黒字の大部分は円転されることなく海外に蓄えられたままなのだ。

最近では、サービス収支の悪化という新しい問題も生じている。インバウンドがもたらす旅行収支は黒字基調となっているが、GAFAMなどのクラウド事業に支払うデジタル赤字や、日本企業が海外の有名コンサル企業や研究開発拠点に支払うサービス料が馬鹿にならない。ストックベースならともかく、キャッシュフローで見ると確実に出ていくお金のほうが多いのだ。しかるがゆえの円安進行なのである。

従って円安対策の王道は、海外に蓄えられた日本企業のお金を、いかに国内に還流させるかということに尽きる。企業経営の視点では、海外進出が成功して企業が儲かった時点で「合格」である。日本企業としてはそれでいい。ただし日本経済全体としては、稼いだ資金を国内に還流させて、それを消費や雇用に結びつけないと及第点はあげられない。

いちばんの課題は何かと言えば、日本企業が国内市場の可能性を信じていないことだろう。かつての日本企業は、1ドル=70円台の円高に困り果てて海外進出した。だったら今の1ドル=150円台になったら、国内回帰が進みそうなものなのだがそうなってはいない。

まずは「円安嘆き節」を封印、意識転換から始めよう

前回の記事でも触れた通り、アメリカのハイテク企業は日本への追加投資をバンバン決めている。経済安全保障や米中デカップリングだけが理由ではない。GAFAMなどにとって、デジタル黒字を稼がせてくれる日本はおいしい市場であり、データセンターやAI研究拠点の設置は前向きな投資なのである。

ところが多くの日本企業は、少子・高齢化が進む国内市場に期待が持てないでいる。「2024年問題」などの規制強化や高いエネルギー価格、果ては「すぐに辞める若手社員」まで、わが国はどんどんビジネスに不向きな国になっているのではないか。日本人自身が日本経済の未来に自信が持てないのであれば、海外に置いてあるマネーをわざわざ持ち帰ったりしないだろう。そうだとしたら、昨今の「円安嘆き節」こそが円安を招いている大きな要因ということになってしまう。

いや、いたずらに自虐的になるのはやめておこう。外国人投資家が日本株に注目し、海外IT企業の対内直接投資が増えていることを考えれば、日本経済にはまだまだチャンスがあるし、潮目も変わっているはずなのである。

まずは「円安嘆き節」を封印して、「この円安を活かして何ができるか」とポジティブな方向に意識の転換を図るところから始めるべきではないだろうか(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承下さい)。

ここから先はおなじみの競馬コーナーだ。

28日の日曜日には天皇賞(春)が行われる。京都競馬場の芝コース・3200メートルは、昔から好きな長距離レースである。

2014年のフェノーメノ、2015年のゴールドシップ、2018年のレインボーライン、2022年のタイトルホルダーと全部単勝で仕留めたのはわが競馬人生の楽しい思い出だ。ちなみにヒモ荒れが多いレースなので、つい3連単も狙ってみたくなるのだが、これは簡単なことではないし、投資対効果も高くないのでご注意を。

「春天」は6歳にして本格化した「あの馬」で勝負

ということで、今年はテーオーロイヤル(7枠14番)の単勝。6歳にして本格化し、年初からダイヤモンドステークス(東京・芝・3400メートル)と阪神大賞典(阪神・芝・3000メートル)で連勝している。この距離でこの馬に勝てる相手はいないはず。鞍上の菱田裕二騎手に、かならずや初G1勝利をプレゼントしてくれるだろう。ついでに筆者には、5月大型連休へのささやかな軍資金をもたらしてくれるであろう。

※ 次回の筆者は小幡績・慶應義塾大学院教授で、掲載は5月4日(土)の予定です(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(かんべえ(吉崎 達彦) : 双日総合研究所チーフエコノミスト)

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