南海電鉄30000系、登山する特急「こうや」の本領

南海 30000系

南海電気鉄道の30000系は高野線の特急「こうや」「りんかん」などで運用されている(記者撮影)

南海電気鉄道高野線の「30000系」は数ある私鉄有料特急のなかでも特色ある車両と言える。

くの字になった先頭部の中央の愛称幕、両側には縦に並んだライト。“顔のパーツ”の一つひとつが大きめで愛嬌がある。明るい印象の紅白の車体色で、側面の赤帯に入った「NANKAI」の白文字。緑の木々の中でもよく目立つ姿は、世界遺産・高野山の風景の一部になっている。

特急「こうや」の車両

「全国登山鉄道‰(パーミル)会」。鉄道ファンの多くが「1000m進むと何m昇降するかを表す」と人に解説したくなる単位を冠した私鉄の親睦団体がある。南海電鉄のほか、標高差のある路線を抱える神戸電鉄(兵庫県)、富士山麓電気鉄道(山梨県)、大井川鐵道(静岡県)、叡山電鉄(京都府)、小田急箱根(神奈川県)、アルピコ交通(長野県)が参加する。

このうち南海電鉄は唯一の大手私鉄で、大都市中心部から山岳地帯の終点まで直通する「大運転」に対応した有料座席指定特急を走らせている。

30000系は、大阪の難波と高野山の極楽橋を結ぶ特急「こうや」の車両として、1983年に4両編成2本が製造された。先代の20000系は1編成のみだったためこうやは冬季運休していたが、30000系の登場で通年運転できるようになった。宅地開発が進んだ難波―橋本間を通勤・帰宅時間帯に走る特急「りんかん」の運用も担当する。

【写真】都会の難波から高野山中の極楽橋まで直通する特急「こうや」の30000系の運転台から外観まで(50枚以上)

南海電鉄の路線は、関西空港方面の特急「ラピート」や和歌山市方面の「サザン」が走る南海本線と、高野線が2本柱だ。路線としての高野線の起点駅は大阪方の汐見橋だが、高野山方面への列車は難波を発着。基本的に列車の運行は、市街地を走る難波―橋本間と山岳部の橋本―極楽橋間に分かれており、こうやと一部の急行が全線を直通する。

30000系のように平坦部の高速運転、山岳部の急勾配・急曲線のどちらにも対応できる車両は伝統的に「ズームカー」と呼ばれる。

南海 31000系

窓の外を行く31000系の特急「こうや」(記者撮影)

りんかん・こうやは1999年にデビューした31000系(4両編成1本)とともに担当する。りんかんに関しては1992年登場の11000系(同)も活躍する。30000系は1999年に、11000系・31000系と併結運転ができるよう改造された。いずれも白地に赤帯の車体色で、南海本線のラピートやサザンが青系のカラーを用いているのとは対照的なイメージのデザインだ。

高野線の山岳区間

高野線の特急の途中停車駅は新今宮、天下茶屋、堺東、金剛、河内長野、林間田園都市、橋本。河内長野は近鉄長野線、橋本はJR和歌山線が乗り入れる。りんかんは高野線が紀ノ川を渡る手前の橋本が終着駅となる。

こうやは橋本から先、真田昌幸・信繁(幸村)親子ゆかりの九度山を過ぎ、標高535mの極楽橋まで距離19.8kmの単線区間を上っていく。途中停車駅はないが、行き違いのための運転停車が設定されている。同区間には22000系ズームカーを改造した観光列車「天空」も走っている。

終点の極楽橋駅では、ケーブルカー(鋼索線)に乗り換えて高野山に向かう乗客が大半だ。こうやの行き先表示も「高野山」の文字が大きく、「極楽橋」は控えめ。鋼索線の終点、標高867mの高野山駅の駅前からは、専用道路を通って金剛峯寺・奥の院方面へ向かうバスが出ている。

空海が開いた真言密教の聖地、高野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」は2024年で世界遺産登録20周年。とくに最近は日本の伝統や文化財に関心が高い外国人観光客の姿が目立っている。

30000系の先頭車は非貫通型。先頭部の窓は中央に大型の曲面ガラス、両サイドには側面に回り込むガラスを配した構成で、乗務員室後ろの席からは前面の「展望」を楽しむことができる。4両編成の極楽橋方が1号車、難波方が4号車で、短い編成ながらパンタグラフは全部で4基搭載。一方、乗降口は各車両前後どちらかだけにある。

車内は2+2列のリクライニングシートが並ぶ。側面の窓もシート2列に対して1枚と大型で眺望がいい。2号車に飲料自動販売機、3号車にトイレや洗面所がある。かつては2号車にサービスコーナーがあったが、1999年の改造時に撤去された。3号車に設置されていたカード式公衆電話も現在はなくなっている。

南海 30000系 車内

2+2列のリクライニングシートが並ぶ30000系の車内(記者撮影)

南海 30000系 運転台 大型ガラス

30000系の運転台。客室からは大型曲面ガラス越しの前面展望も(記者撮影)

「高野線に新たな観光特急」

高野線の三日市町までを平坦区間、三日市町―橋本間は准山岳区間と呼ぶ。橋本―極楽橋間が山岳区間で、とくに高野下―極楽橋間は最高50‰・半径100mの急勾配・急曲線が続く。

堺東 30000系 こうや 

堺東駅付近を走る30000系の特急「こうや」難波行き(記者撮影)

そのため、30000系は1両の車長17m、抑速ブレーキ、すべての車両にモーターが付いた全電動車、といった山岳区間対応の特徴がある。ただ、モーター自体は南海本線の特急サザンの指定席車両10000系と同じタイプだという。

先頭から2両目(2号車)の極楽橋寄りの台車にはレールとの間にアルミナ粒子を噴射する装置がある。運転台中央にスイッチがあり、運転士が手動で操作をして、勾配を上る際に車輪の空転を防止する。

同社運輸車両部の課長補佐、泰中直樹さんは「平坦区間では最高速度の時速100kmで走行し、山岳区間ではちゃんと登坂できるというのが30000系の大きな特徴」と話す。「そもそも車長が17mと短いうえに、トイレなどの設備も設置しているので床下にはさまざまな機器を詰め込むように配置してある」と説明する。

南海電鉄は「世界遺産高野山への更なる誘客強化策として顧客体験を向上させるコンテンツを充実させることを目的とし、2025年度を目標に高野線に新たな観光特急車両を導入する計画」と公表している。高野線に「新たな顔」が加わることで30000系にも改めて注目が集まることになりそうだ。

(橋村 季真 : 東洋経済 記者)

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