新潟市がiPadを使った「教育DX」成功できた理由

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新潟市立大野小学校での授業風景。算数の授業中、高速タイピングでスライドを共同編集している(筆者撮影)

皆さんの身の回りには、DXの成功事例がいくつあるだろうか?

あらゆる業種で進行しているデジタルトランスフォーメーション(DX)。これまでの業務を効率化することで労働生産性を高め、AIをはじめとする新たなテクノロジーによって新しい価値を生み出す、これがDXの大前提となっている。

しかしながら、デジタルツールを導入することに終始してしまい、業務をそこにあわせる過程でかえって手間が増えてしまったり、面倒くさくて浸透が進まない「DXのワナ」に陥る事例も聞く。

そうした中で、非常に難しいといわれる教育機関におけるDXの成功事例を取材することができた。新潟市教育委員会と、新潟市立大野小学校では、理想的な教育のDXの姿を見つけることができた。

デジタル活用でムダな時間を排除し、議論する授業

大野小学校の算数の授業。円周に関する図形の単元だ。そこで生徒たちは、どのようにすれば、円周の求め方をわかりやすく説明できるか、考えていた。

iPadに接続されたキーボードで、大人顔負けのスピードで文字を入力していき、生徒2人〜3人のチームでスライドが共同編集されていく。

先生から配られた問題に、ペンで文字を書き込み、スライドが出来上がっていく中で、完成されたスライドの下部は、つねに空白が用意されている。

そこには、発表中、iPad向けのプレゼンアプリであるKeynoteの「ライブビデオ」という機能を用いて、発表者を映し出すためだという。

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発表する生徒は席を立たずに、スライドの中に登場して説明をする。アイデア共有後の議論に時間を取るため、発表の時短と効率化がされていた(筆者撮影)

生徒たちはWi-Fiを通じた画面共有機能「AirPlay」で教室の大きなディスプレーにスライドを映し、自分の席にいながらそのスライド内に自分のしゃべる様子を表示させ、大きな声で発表する。

いちいち席から立って前に出てきたり、自分の端末をHDMIケーブルでつなぎ替えて、画面が映る・映らないと右往左往したり、といったタイムロスはない。その代わり、発表した内容に対して、クラスの友人から「あとづけ」で意見が次々に加えられていく。

ここでは、自分たちで考え、アイデアを共有し、フィードバックをもらいながらさらに理解を深める、というプロセスが丁寧に組み立てられていた。

社会の授業では、新潟県の自治体の特色を調べ、それを生かしたロゴデザインやポスターを制作するという授業が行われていた。社会と図工といった教科の別にとらわれず、表現方法としてのデザインを自然に考えている点に驚かされる。

しかも、教室の生徒が一斉に1つのボードを編集できるアプリ「フリーボード」を使っており、アイデアから制作まで、生徒間で確認しながら進んでいくため、良い色使いやテクニックを真似て、教室全体の完成度が上がっていく様子が興味深かった。

「やさしいDX」が成功した理由

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新潟市教育委員会教育次長を務めていた池田浩氏(取材当時)。教員としての現場経験と、行政での経験から、教育のDXを設計・実施する強力なリーダーシップを発揮した(筆者撮影)

新潟市で、GIGAスクールに関連して、教育のDXの先頭に立ってきたのが、新潟市教育委員会で2024年3月まで教育次長を務めてきた池田浩氏。

「誰ひとり取り残さない、が新潟市の取り組みのキーワードでした。この『誰ひとり』の対象は、子どもたちのことだと多くの人が思われるでしょうが、ここには教職員も含まれるよう、注意してきました」(池田氏)

1985年に中学校の技術課の教諭としてキャリアをスタートした池田氏は、中学校の校長まで務め、2012年に新潟市教育委員会に転属となった。

現場を知りつつ、行政も知っている、そんな異例のキャリアを持つ池田氏だったからこそ、子どもたちと教職員の双方を取り残さない、教育のDXの設計に携われたという。

「教育の方針としては、幼稚園から社会人になるまでを見越した、情報活用能力を、みんなで育んでいくこと、としました。

これからの社会をたくましく生き抜く力を、小学校・中学校という時間の縦軸と、子どもたちの教育空間・生活空間という横軸の、双方で広げていけることを設計に盛りこみました」(池田氏)

そのため、学校内だけでなく、図書館、公民館といった新潟市の関係施設にWi-Fiを導入。学童保育も例外ではなくなった。学びの時間だけでなく、遊びの時間にも、iPadを深く活用してもらえるようにしたという。

池田氏の取り組みは、単なるタブレットの一部授業への導入という部分的なデジタル化ではなかった。

学校での授業全体、教職員の業務全体、そして家庭を含めた子どもたちの生活全体に対して、どのようにデジタルを浸透させるか、という「全体最適によるDX化」を考えたからこそ、成功した。

持ち帰り前提のiPad、脅威の故障率2.34%

新潟市がGIGAスクールで選んだ端末はアップルのiPad。アクセシビリティ(直感的操作)、起動の速さ、iCloud同期、そして壊れにくい、という特徴から選定したという。

これまでのところ、iPadの故障率は全体の2.34%と、驚異的な低さを保っている。池田氏によると、故障の内訳は落下による画面破損が7〜8割だったという。

しかもこれは、端末の持ち帰り学習を許可したうえでの数字だと言うからさらに驚かされる。

持ち帰り学習は、教育委員会主導で決定したというが、その理由は前述の通り、学校という教育空間だけでなく、放課後や家庭という生徒たちの生活空間での活用も進めていきたいという方針に基づくものだ。

「一方的に制限を与えるのではなく、YouTubeも見られる設定の中で、失敗もしながら学んでいく姿勢を考えています。家庭においても、学校や教員からではなく、子どもと保護者が主体的にルールを決めて守れるようにすることを目指しています」(池田氏)

ただし、iPadは学習向けの端末として、制限がかけられている。その制限の中で、授業や活動を組み立てていくことになるため、新潟市は現場の良い事例の吸い上げを積極的に行っていた。

教材リスト

新潟市教育委員会が公開している、教材のiPadにインストールできる教材リスト(一部)。教員の申請で、随時追加されている(新潟市ウェブサイトより)

そのうえで、学習に活用できる200種類にもおよぶアプリリストを作り、これを公開している。現場の教員から申請を受けて、問題なければ登録し、ダウンロード可能なアプリを追加し続けているという。

このリストは、新潟市に限らず、学校や家庭でiPadを学習に生かしたい、と考えている人にとっても、有用なものだ。

高い視座と、各所の視点を理解すること

教育に限らず、DXで苦労するのは予算。新潟市でもひとり1台の端末以外の予算を認めてもらう部分で苦労した、と池田氏は振り返る。

「まず学校の特別教室のWi-Fiを導入するところから始めるが、行政から厳しくチェックされます。導入当初は、使われるかどうかわからず、そこに予算を割いていいか判断できないからです。

多くの自治体で学校現場出身の指導主事が行政に負けてしまうのは、行政の考え方がわからないからでした。

しかし子どもたちの姿、活用のデータやログなど可視化した客観データを見せると、行政も目の色が変わってきます」(池田氏)

教育全体をどうするか? 視座を高めるとともに、どうすれば実現できるか、現場と行政、双方の論理で理解することが、教育DXへの早道だった。これが、新潟市におけるDX成功から得られる学びではないだろうか。

変化に合わせて成長し続ける環境が作れるか?

新潟市では、全授業でのデジタル活用がすでに大前提となっており、連絡帳やプリントの配布もiPad。欠席の連絡も電話からメールに変わり、朝、教員が電話番をする必要なく、授業の準備に励むことができるようになっていた。

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新たにアップルが追加した共同編集ホワイトボードアプリ「フリーボード」も早速授業に取り入れられていた(筆者撮影)

教員は、ツールの使い方の研修を年間10回以上行いながらスキルを高め、授業の方法を研究し、外部からの視察も積極的に受け入れながら、工夫を凝らした授業を市内の学校間・教員間で共有している。

どれも、iPadを導入して空いた時間を使って実現しているのだ。

裏を返せば、デジタル化に成功していない自治体の学校では、デジタル化はおろか、教育の質向上のための原資となる時間がないという事態に陥ることになる。

池田氏はこれからの展望について、次のように述べた。

「情報活用能力は、その時々で変わり続ける。目の前の課題を、ツールと知識と仲間で解決していく喜び、楽しさ、そしてそれを自覚することが、自信につながり、変わり続けられる、作り続けられる力になると思います」(池田氏)

現段階で非常に理想的な、デジタルを生かした教育の姿を作り出した新潟市。その変化と未来に期待が高まるとともに、DXの行方、教育の行方の面でも、注目したい。

(松村 太郎 : ジャーナリスト)

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