「採用下手の会社」、9割がハマる"数字で評価"の罠

数学的

ビジネス数学の第一人者、深沢真太郎氏が考える「計算の意味」を紹介します(写真:alphaspirit/PIXTA)
「数字に弱く、論理的に考えられない」
「何が言いたいのかわからないと言われてしまう」
「魅力的なプレゼンができない」
これらすべての悩みを解決し、2万人の「どんな時でも成果を出せるビジネスパーソン」を育てた実績を持つビジネス数学の第一人者、深沢真太郎氏が、生産性・評価・信頼のすべてを最短距離で爆増させる技術を徹底的に解説した、深沢氏の集大成とも言える書籍、『「数学的」な仕事術大全』を上梓した。
今回は採用を例に挙げ、意思決定に欠かせない「数字を使った評価」について取り上げ、これからの時代により求められる「計算の意味」という考え方を紹介する。

採用活動の肝は「評価基準」が明確であること

4月のはじめに新入社員が入社してから間もありませんが、多くの企業は6月からスタートする2025年卒の採用活動に向けて動き出していることでしょう。

「数学的」な仕事術大全: 結果を出し続ける人が必ずやっている

人材の確保は、会社にとってもっとも重要といっても過言ではありません。「いい人材をいかに採用するか」と採用担当者は頭を悩ませているはずです。

とんとん拍子に採用活動が進めばいいのですが、まずそんなことはありません。頻繁に起きるのが、「どの候補者もいいように思えてしまい、採用者を絞り切れない」というケースです。

このような事態を避けるためには、候補者をスコア化したうえでの評価が有効です。項目をいくつか立て、それぞれについて点数をつけていくのです。

意思決定に数値が威力を発揮することは誰もが理解していること。しかしこのスコア化には意外な落とし穴が隠されています

ひとつ思考実験をしてみましょう。AさんとBさんというふたりの候補者のうち、一方を選ばないといけない、という状況を考えてみます。

Aさんは学生時代の実績がありコミュニケーションに長けている一方で、入社後の展望があまり魅力的ではありませんでした。Bさんは、実績、コミュニケーション力はともに及第点でしたが、今後の展望が非常に魅力的でした。

どちらの候補者も一長一短で、どちらを選ぶべきか、悩ましいところです。今回は、各項目5点満点で考えてみましょう。

次の表は、AさんとBさんを、「学生時代/前職の実績」「コミュニケーション力」「入社後の展望」の3つの評価項目からスコア化したものです。

各評価項目を5点満点で点数をつける

「足し算」と「かけ算」、どちらが適切か

スコア化ができたら、その結果を活用して、AさんとBさんのどちらが優秀な人材か、評価を行います。しかし、ここで「スコアの使い方」で意見が割れることがよくあります。評価基準がぶれているとき、たいていの場合、ここに問題が隠れています。

9割以上の人は、シンプルに合計値を算出すればいいと考えます。

<総合評価>
Aさん:5+5+1=11
Bさん:2+3+5=10
よって、Aさんのほうが優秀な人材である

しかし、違った方法で評価するべきだ、という方もいます。その方法とは、次のような考え方です。

<総合評価>
Aさん:5×5×1=25
Bさん:2×3×5=30
よって、Bさんのほうが優秀な人材である

お気づきかと思いますが、両者の違いは「足し算」か「かけ算」かです。さて、あなたはどちらの考え方が正しいと思われるでしょう。

かけ算で評価すべきだと主張する方に、私はその理由を尋ねてみました。するとその答えは次のようなものでした。

「なんとなく、相乗効果っぽい意味の数字になる気がするから」

かけ算は乗法とも呼びます。「相乗効果っぽい」という発言のニュアンスはよくわかります。しかし、私は「あなたがその論法に納得しているならそれでもいいですし間違いと断言はしません。しかし個人的にはここでは足し算を使うのが妥当だと考えます」と説明しました。

そもそも、かけ算とはどういう意味の計算でしょうか。たとえば「2×3=6」という計算は、「2という数が3つある。それを積み上げると6になる」という意味であるはずです。

しかし先ほどのかけ算はそのような意味にはなりません。2というスコアが3つあるという意味ではなく、あくまで「実績」というスコアが2であり、「コミュニケーション力」というスコアが3である、ということでしかありません。本来のかけ算の意味とは違う行為をしていることになってしまいます。

だから、今回のようなケースでは足し算を使うほうが望ましいのです。

今回の思考実験において、キーになっているのは「スコア化した数字をどのように計算するか」です。何も考えずに「それっぽいから」という理由だけでかけ算してしまうと、意味を取り違えてしまうのです。

同様の状況に置かれたとき、「足し算派」「かけ算派」「ケースバイケース派」のように、さまざまな見解があるでしょう。その計算の意味を論理的に説明できるのであれば、どのような手法でも問題ありません。

しかし私はこの記事で、四則演算の意味をわからずになんとなく計算した結果で仕事を進めようとしてしまうことに対して、警笛を鳴らしたいと思っています。

「なんとなく計算する症候群」に注意

私はビジネス数学を提唱する教育者であり、企業研修やビジネスセミナーなどで社会人の数字力や思考力強化のサポートを行っています。

そのような活動をしていると、ビジネスパーソンの皆様から「計算はAIやエクセルがやってくれる」という発言をよく聞きます。もちろんその通りですが、だからと言って、四則演算や数字の意味がわからなくてもいいわけではありません

計算はできるのに、計算の意味がわかっていない。

そんなバカな、と思われるかもしれませんが、これは私が指導現場で目の当たりにしてきた事実です。私はそれらの事象を「なんとなく計算する症候群」と呼んでいます(私の造語です)。先ほどの事例もまさにそのひとつでした。

別の例もご紹介しましょう。かつて私が担当した企業研修において、ある小売店舗の営業を評価するために、次の指標を導入すべきではないか、と主張した方がいらっしゃいました。

(売上)÷(従業員ひとりあたりが占有する面積)

従業員ひとりあたりが占有する面積とは、総床面積を従業員数で割り算した結果ですので、上記の計算を紐解くと、次のようになります。

(売上)÷(従業員ひとりあたりが占有する面積)
=売上÷(総床面積÷従業員)
=(売上×従業員)÷(総床面積)

つまりこの計算は、売上になぜか従業員数を掛け算し、さらに総床面積で割り算するという行為になります。この数字が、いったいどのような意味を持つというのでしょうか。

疑問に思った私はこの人物に尋ねてみました。すると、その答えは次のようなものでした。

「……なんでしょうねぇこの数字。とりあえず、なんとなく計算してみたんですけど。私にもよくわかりません(笑)」

ご本人は笑っておりましたが、これは笑い事ではありません。これが四則演算の意味をわからずなんとなく計算してしまうという現象です。そういえば先ほどの採用の事例において登場した方もこう言っていました。

「なんとなく、相乗効果っぽい意味の数字になる気がするから」

「なんとなく」が共通する言葉であることが気づいていただけると思います。

「計算の意味」がわかる人材になる

私はこのような事例を目の当たりにするたびに、人材育成・教育の分野で仕事をする者として「やらなければならないことがたくさんある」と強く思います。

先ほどもお伝えしましたが、ビジネスパーソンの皆様からは「計算はAIやエクセルがやってくれる」という発言をよく聞きます。もちろんその通りですが、計算を指示するのはあくまで人間です。四則演算や数字の意味がわからない人がAIやエクセルを使ったところで、その行為は無意味です。

計算の意味がわかっていない人のする計算は意味がない。

これはただの言葉遊びではなく、社会人教育において極めて重要なことの言語化です。なぜなら、企業の採用活動といった極めて重要な意思決定において、致命的なミスを生んでしまう可能性があるからです。

AI時代だからこそ、計算ができる人材ではなく計算の意味が説明できる人材が求められています。「なんとなく計算する症候群」に思い当たる節のある方は、どうかご注意ください。

(深沢 真太郎 : BMコンサルティング代表取締役、ビジネス数学教育家)

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