業界の異端児2社が「組織の結婚式」を行ったワケ

両社で「組織の結婚式」を開催して新たな門出を祝った。左端の新郎姿が英治出版の原田英治代表、右端の新郎姿がカヤックの柳澤大輔CEO(提供:カヤック)

ビジネス書のヒットメーカーであり、出版業界の異端児である英治出版が2月末、ゲームアプリなどを手掛ける”面白法人”カヤックの子会社になった。

そのスキームはユニークだ(下図)。カヤックは英治出版の普通株式5800株(発行済株式の約99.9%)を取得する。残り1株は社名とパーパスの変更にのみ拒否権を持つ種類株式、いわゆる“黄金株”に転換し、英治出版の従業員が構成・運営する一般社団法人「英治出版をつなぐ会」が保有する。

これにより英治出版は、社名やパーパスの変更に対して拒否権を持つことができる。

今回の子会社化にあたって両社の間で行われたのが「組織の結婚式」だ。異業種かつ個性的な2社が、どのように未来を共にすることになったのか? キーパーソンであるカヤックの柳澤大輔CEOと英治出版の原田英治代表、そして仲を取り持ったZebras and Company(ゼブラアンドカンパニー)共同創業者の田淵良敬代表が、今日までの道のりと思いを語った。

5年ほど前から準備を始めた

英治出版といえば「ティール組織」や「イシューからはじめよ」など数々のビジネス書を世に送り出してきた。また「絶版にしない」「企画会議は全員参加」といった独自の経営方針を持ち、多くのコアなファンがいる出版社だ。

筆者も英治出版ファンであり、子会社化の一報を聞いたとき「あの英治さんも出版不況には勝てなかったか・・・・・・」と早とちりして悲しんだ(英治出版の業績は好調)。しかしコンサル業界から転身して創業した原田英治代表に話を聞くと、今回の事業承継は5年ほど前から準備していたという。

原田代表は「島根県海士町に親子で島留学をしていた時、人口減少やテクノロジーの変化が激しい時代に、経営者の自分が毎年歳を取るという事実に気づいた。自分が会社を抜けた後、どういう体制で経営するのがいいのか、事業承継のために何か早くしないと間に合わないのではないかと考えた」と語る。

そして「カヤックの柳澤さんには海士町に来てもらったり、応援する会社が同じだったりして1年に1回は顔を合わせる関係があったので、事業承継について相談するようになった」(原田代表)。

資本構成をどうするか

英治出版の株主は、原田代表の知人など個人が多い。事業承継にあたっては、次期代表となる高野達成編集長が経営しやすいように資本構成を見直す必要があった。

「僕自身が関わり続けられないことを考えると、資本構成を変えておく必要がある。最初は高野君と『コミュニティで株式を保有できないか』と考えたが、全部まとめて皆に分割するのは難しいのがわかった。そこに信頼できるパートナーであるカヤックが現れ、残るメンバーとともに決めた。まさに『仲間と作る現実は自分の理想を超えていく』ですね」(原田代表)

一方、カヤックの柳澤CEOは買収について「数年前から原田さんが後継者問題について話していたので、『様々な選択肢やアイデアを検討しよう』となりました」と語る。

カヤックは社員の自主性を大切にしており「多様な業種の会社をグループに入れたらどんな面白い化学反応を起こすかということを常に考えている。出版社と組むという検討も、過去何度かしていた」(柳澤CEO)。

今回のディールについて筆者は当初、「黄金株はカヤックにとって今後の経営の足かせになるのではないか」と思った。しかし英治出版側から黄金株の話が出てきたとき「いいことだと直感的に思った」と柳澤CEOは言い切る。

「英治出版は面白い経営をされているというのが最初の印象だったが、組織文化にすごくこだわっているのを知り、組織としても近いと思っていた。英治出版が大切にしているものを守るために株を残すのは、象徴的な意味もあるし、仕組みとしても面白い」(柳澤CEO)

仲介役となったゼブラ アンド カンパニーの田淵代表は「もともとは原田さんが自身と既存株主の株式を長期的にどうしていくかという話から始まった」と振り返る。

「英治出版にはファン的な個人株主が多く、従業員や著者などステークホルダーにとっては英治出版というコミュニティにいること自体がある種の権利だった。黄金株のスキーム自体は海外でも事例があったので、どう今回のディールにカスタマイズしていくかを考えました」(田淵代表)

黄金株の権利は限定されている

とはいえ、原動力だからと従業員が何でもできるようにしたわけではない。「黄金株が拒否できる権利はすごく限定されている」と田淵代表は説明する。

「英治出版の定款の一部を書き換えることに対しての拒否権を、従業員で構成される『英治出版をつなぐ会』が持っている(英治出版の経営者は持たない)。今回、英治出版の従業員が定款にパーパスを書き込み、少なくとも従業員の同意がないと変えられない形にした。もちろん定款の他の部分はカヤックが変更できる権利を持っている」

今後、カヤック傘下となって英治出版はどう変わっていくのか。原田代表は「長期的に発展していくには、株式市場の中で多様性を大切にしているカヤックという会社が必要だと思った。創造力は多様なものが組み合わさって生まれるわけで、そういう文化を志向している会社とまるっと一緒になることで、英治出版の創造性が最大限に引き出される直感的確信があった」と語る。

相乗効果については「英治出版は真面目な会社で、カヤックは面白がる会社。カヤックから多様な刺激を受けながら、シナジーを出していかなければ」(原田代表)と意気込む。

英治出版は金融商品取引業者で、出版業界では唯一ブックファンド(匿名組合を使って出版プロジェクトに投資する仕組み)を手がける。「たとえばカヤック傘下の初の金融商品会社として、地域創生や起業家育成ファンドを作ることもできる。カヤックと英治出版のリソースが合わさって何か違う方向のシナジーが出来上がると思っている」(原田代表)。

柳澤CEOも「お互いに念願かもしれないが、『新しい読書体験』を届けるようなものができたら、革新的だし面白いと思う」と語る。

「今の読書は一部の人に限定されている感じがするが、本は非常に人生を豊かにしてくれる。だから体験そのもの、もしかすると別のものになってしまうのかもしれないけれど、イノベーションを起こすことがあればいいと思っている」(柳澤CEO)

異業種だから面白いことができる

今回の子会社化について柳澤CEOは「この数年でM&Aが、すごく盛んになってきている。後継者のいない会社が何十万社も出てきて、仲介ビジネスも伸びている。成功や失敗があると思うが、『こういう形だったらいいね』というものが生み出されれば、チャレンジをしてみようという人が増えて日本経済全体が盛り上がると思う」と語る。

その上で「異業種だからこそ面白いことができるとチャレンジをし、結婚という言い方をした今回の子会社化が、『これだったね』と示せるようにがんばりたい」(柳澤CEO)。

原田代表は5月の株主総会で退任するが、「1人のプレイヤーとして、もう1度カヤックと一緒に地域の経営者の育成をやっていきたい」と新たなチャレンジに意欲を見せた。

(鈴木 款 : 教育アナリスト)

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