キヤノン、御手洗会長「余裕の再任」も消えぬ難題

キヤノンの本社ロゴ

東京都大田区・下丸子の本社で開かれたキヤノンの株主総会。終始和やかな雰囲気で進んだ(撮影:尾形文繁)

薄氷から一転、今年は余裕の再任となった。

キヤノンの定時株主総会が3月28日に開催された。社内取締役6人、社外取締役4人、合わせて10人の候補者の選任議案はすべて可決。御手洗冨士夫・会長兼社長CEO(最高経営責任者)の取締役再任への賛成率は90.86%だった。

昨年の株主総会での御手洗氏への賛成率は50.59%。選任・再任の条件となる過半数をギリギリ上回る結果に、経済界では「キヤノンショック」「御手洗ショック」などと衝撃が走った。

女性取締役の不在を理由に、多くの機関投資家が経営トップである御手洗氏の取締役再任に反対票を投じたためだ。コーポレートガバナンスの一環として、株主が企業に対して積極的な女性登用を迫る動きが国内でも本格化していることを象徴づけた。

あれから1年、文字通りV字回復によって“汚名返上”を果たした御手洗氏。キヤノンとしては初の女性取締役となる、元消費者庁長官・伊藤明子氏を社外取締役候補に入れたことが効いたとみられる。

総会では後継者に関する質問が

株主総会は、波乱もなく終始和やかな雰囲気で進んだ。一方で複数の株主から、今年で89歳を迎える御手洗氏の後継者の育成や選任に対する考え方について質問が挙がった。

これに対し、御手洗氏は「(自身の健康について)医学的にはリスクはない」と笑いを取りながらも、「心配されていると思うが、後継者を誰にするかはもっとも重要な課題であり、忘れることは決してない」と強調した。

昨年の総会後には、「女性取締役の不在だけでなく、御手洗氏の年齢を心配する意味での『ノー』もあったのでは」との声が個人株主や証券アナリストから上がっていた。そして今、キヤノン自身が御手洗氏の後継者について検討を進めていることは、新任取締役の顔ぶれや、その他の公開情報からもうかがえる。

今回の総会で可決した選任により、キヤノンの取締役会の姿は大きく変化した。

キヤノンの取締役再任に対する賛成率推移

従来の社内取締役は御手洗氏、田中稔三・副社長CFO(最高財務責任者)、本間利夫・副社長CTO(最高技術責任者)の3人で、平均年齢は80を超えていた。

しかし今年からは、従来のメンバーよりも20歳ほど若い3人が加わる。海外営業の実力者と称される小川一登氏(65)、産業機器事業のトップ、武石洋明氏(60)、経理での経験が長い浅田稔氏(61)だ。3月28日付で小川氏は取締役副社長に、他の2人は専務取締役になった。

キヤノンは取締役増員の理由のうちに、次世代の経営者のスキルアップと育成を挙げている。実際、「世代交代の準備」をうかがわせる顔ぶれと言えるだろう。

後継者選びにおける社外取の責任

社外取締役も従来の2人から4人に倍増させた。2021年から務めてきた大和総研・元副理事長の川村雄介氏に加えて、前述の伊藤氏、元最高裁判所判事の池上政幸氏、元環境事務次官の鈴木正規氏が新たに選任された。

明治安田生命や松竹、ロート製薬で社外取締役を務める上村達男・早稲田大学名誉教授は、キヤノンのような長期政権の会社で後継者を指名するに当たって、社外取締役が果たすべき役割は大きいと指摘する。

「社外取締役には日常的な注意義務が要求される。不明点があれば質問し、問題がなければ決定に対し信任を与えることで、経営による判断に正当性の根拠を付与する。この信任は訴訟など有事のときに役立つが、長く経営トップを務めた人の後継者選びは、有事に準じた局面と言える。選任の基準や合意形成のプロセスを確認することが求められる」(上村氏)

では、キヤノンは今後どのように“ポスト御手洗”を選んでいくのだろうか。

キヤノンの御手洗富士夫会長兼社長

昨年10月の「キヤノンエキスポ」では約1時間の講演をこなした御手洗氏。たしかに健康面の心配はなさそうだ(撮影:尾形文繁)

キヤノンは会社法に定められた指名委員会等設置会社ではないが、任意の指名・報酬委員会(以下、委員会)を設けている。委員会は、代表取締役CFO、独立社外取締役4人、独立社外監査役1人の計6人で構成する。

CEOの後継者選定のプロセスについて、委員会の紹介とともにキヤノンはホームページ上で説明している。以下はその抜粋だ。

「取締役・監査役の候補者の指名および執行役員の選任(最高経営責任者の後継者の選定を含む)に際しては、所定の要件を満たすと認められる者の中から代表取締役CEOが候補を推薦し、その推薦の公正・妥当性を当該委員会にて確認の上、取締役会に議案として提出、審議しています。」

「特に最高経営責任者の後継者候補につきましては、経営幹部の研修制度、執行役員選抜後の人事異動や全社的プロジェクトへの関わりなどを通じた経営経験の蓄積を図るしくみを通じ、CEOが自らの責務のもとで候補の選定・育成を行っており、その過程を『指名・報酬委員会』が確認します。」

御手洗氏が責任を持って後継者を選定・育成し、そのプロセスと推薦の妥当性について社外取を中心としたメンバーがお墨付きを与える仕組みということだ。

社外取への考え方にも変化?

かつては社外取の選任に消極的な姿勢をみせていたキヤノン。社外取を初めて2人登用したのは2014年と、日本の大企業の中でもとくに遅かった。しかしこのほど、社外取の役割が問われる“有事”を前に増員を決めた。

「人事の透明性を追求してきた」。2023年10月の東洋経済の取材でそう語った御手洗氏の、社外取に対する考え方の変化を反映しているといえそうだ。

次の経営トップの選定を着実に進められるのか。キヤノン最大の課題を前に、取締役会の新たなメンバーは重い役割を担うこととなる。

(吉野 月華 : 東洋経済 記者)

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