東京都が切り捨てたカウンセラーに広がる余波

東京都庁第二本庁舎

250人のスクールカウンセラー(SC)を一度に雇い止めにした東京都教委が入る東京都庁第二本庁舎。SCたちは同様の再任用拒否が全国の自治体にも広がっていくのではと懸念する(筆者撮影)
東京都の非正規公務員であるスクールカウンセラー(SC)250人が3月末で“雇い止め”にされた。働き続けることを希望して試験を受けたSCのうち5人に1人が不合格。中には勤続10年、20年で、学校からの評価も高い「ベテラン」も少なくない。SCらが加入する労働組合は「これだけの規模の非正規公務員の雇い止めは全国初ではないか」と懸念する。不登校やいじめ、発達障害、自殺未遂、ヤングケアラー、宗教2世などさまざまな問題に対応するSCの突然の“大量解雇”は学校現場にも大きな混乱を招きかねない。その背景と影響を全3回でリポートする。

*1回目:都の学校カウンセラー「250人雇い止め」の衝撃

*2回目:「妊娠したら辞めて」教育委員会のマタハラを"証言"

「もはや職業ですらないなんて……」

「雇い止めにされたスクールカウンセラー(SC)がほかの自治体の募集に殺到して、倍率50倍を超えたところもあったそうです」

「予定の試験日程では収まりきらないほどの応募があった区もありました」

「江東区が募集するSCは有償ボランティアなんです。もはや職業ですらないなんて……」

東京都から雇い止めにされ、別の自治体での仕事を探すSCたちの間でさまざまな“余波”が話題になっている。

中でも衝撃をもって語られたのが、江東区がSCを有償ボランティアとして募集している、ということだった。都内の一部の自治体は、都とは別に独自に会計年度任用職員のSCを採用しているが、同区は職員ではなく有償ボランティアなのだという。

有償ボランティアとは文字通り、少額の謝礼を得て活動するボランティアのこと。本来の特性である「無償性」と矛盾するという指摘があるなかで、一般的な水準よりも安い単価で働く人のことを「有償ボランティア」と称する動きは官民問わず広がっている。「最低賃金以下で働く労働者」が安易に増えることに、個人的には強い危機感を覚える。

1校当たりの年収は3分の1に

同区のホームページをみると、たしかに有償ボランティアSCの募集要項があった。応募資格として「服務規律及び職場のルールを順守」などとあるほか、小中学校の勤務回数は年間23回程度、勤務時間は1日6時間程度、謝礼金は1時間4200円と記載されている。都と比べると年間の勤務時間は半分、1校当たりの年収は3分の1ほどになる。

江東区の募集要項のページ。現在は募集は終了している(筆者提供)

指揮命令下での業務であることや、時間的、場所的な拘束度の高さをみると、民間であれば労働基準法などの保護の対象となる労働者とみなされる可能性が高いのではないか。

そうでなくともSCはときに子どもや保護者からの暴言、暴力に向き合わなければならないケースもあると聞く。こんなとき、ボランティアでも会計年度任用職員と同水準の保障はなされるのか。賃金水準や福利厚生などの低下につながる恐れはないのか。

同区教育委員会に取材をすると、おおむね次のような文書回答があった。

「学校等の実情に応じて柔軟に対応するためには、勤務時間や勤務日が設定されている会計年度任用職員では難しいため、2010年度から有償ボランティアの募集を始めた。ボランティアにすることで会計年度任用職員の時給上限を超え、専門性を加味した報酬(1時間4200円)を支払えるようになるなど、処遇の低下にはつながっていない。

学校とSCが双方のニーズを確認して柔軟に業務に従事してもらうことで、(別に)本業のある方や育児、介護中の方も力を発揮できる」

区教委の説明では、募集開始は10年以上前。正確には都の大量雇い止めの“余波”ではなく、失業したSCたちが別の仕事を探すなかで、同区の募集の実態を知り、あらためてショックを受けたということのようだった。

とはいえ、有償ボランティアという形態に対しては違和感を訴える声が多かった。

「身体に危険が及んだとき、どこが責任を取るのか」「ボランティアの立場でどこまでモチベーションや仕事の質を保てるのか」「今後、ボランティアで募集する自治体が増えないか不安」など。

また、かつて3年間ほど同区のSCをしていたという女性(30代)は「勤務日と時間は学校と話し合って決めるので、日程は年間を通してあらかじめ設定されていました」と区教委の説明に首をかしげる。そのうえで交通費や有給休暇、妊娠出産休暇などの福利厚生は皆無(区側は交通費は謝礼金に含まれると説明)。保育園の入園申請などに必要な就労証明書も発行できないと言われたという。

「福利厚生費を抑えるために名称をボランティアに変えただけ、という話は現場でも耳にしました。仕事は都のSCとほぼ同じでしたから、やっぱりボランティアとしての採用には違和感がありました」

「子どもや保護者との関係崩壊の始まり」

都よりも待遇の低い自治体に応募が殺到し、さらには職員ですらない有償ボランティアという形まで――。雇い止め後の“余波”をめぐる混乱は、あるSCの次の言葉に集約されるのではないか。

「SCの雇用の“値崩れ”が始まる……。それは子どもや保護者との関係崩壊の始まりなのではないでしょうか」

“余波”は雇い止めにされた当事者以外の間でも広がっている。取材では任用継続されたSCからも話を聞いた。そこで異口同音に返ってきたのは「明日は我が身」という答え。

勤続20年の白石しずかさん(仮名、40代)は取材中、一貫して怒りを隠そうとしなかった。白石さんによると、働き始めた当時はSCの全校配置が進みつつあった時期でもあり、学校現場からの警戒感が強かったという。

「『異物が入ってきた』という空気を感じました。先生にあいさつをしても無視されることだってありました。そんななか、私たちの世代はSCが受け入れられるよう、必要とされる存在になるよう努力してきました。でも、今回、そういう時代を一緒に乗り切ってきた尊敬するSCたちが理由も分からないまま何人も雇い止めにされました」

白石さんの怒りのボルテージが上がったのは、雇い止めにされた250人に代わり、今後は教職員OBのSCが増えるのではないかという話題に触れたときだった。

SCに必要な資格のひとつである公認心理師は、導入直後の経過措置期間(2022年まで)のうちは一定の要件を満たせば、臨床心理士のように大学院などで学ばなくても取得することができた。関係者の間では、今後このルートで有資格者となった教職員OBのSCが増えるのではという予想が広がっていた。

臨床心理士の資格を持つベテランSCらの懸念は、自らの仕事が奪われることというよりも、SCに求められる「外部性」が損なわれるのではないかということだった。子どもたちからの相談を受けるうえで、学校側との利害関係がなく、成績などをつける教員とも立場の違う「外部の人間である」ことの重要性については、文部科学省もホームページなどで同様の見解を示している。

教職員OBがSCになったとき、果たして外部性はどこまで担保されるのか。

白石さんは教職員OBの資質や熱意が劣っているわけではないとしながらも「現場の先生からは『元校長に自分の悩みなど話せるわけがない』という声も聞いています」と指摘。そのうえで「同様の問題は東京以外にも広がっていくと思います。雇い止めにならなかったSCはもちろん、全国のSCにもぜひ自分事として考えてほしい」と呼びかける。

一方で勤続16年の伊藤みゆきさん(仮名、40代)は、今回の雇い止めで損なわれたのはSCの「継続性」だと言う。

実は伊藤さんは連載第2回で取り上げた都教委による「妊娠したら辞めてください」という指示を受け、不本意ながら子どもが生まれるたびに退職をしてきた。空白期間があるため正確なキャリアは「通算で16年」ということなる。

継続性が見込めない働き方は人材の流出につながる

自身が身をもって継続性の守られない働き方を強いられてきた伊藤さんは現在、都内の大学で心理職を目指す学生向けの講義も担当している。伊藤さんによると、都の雇い止め問題の“余波”は教室でも広がっているという。

「教え子たちが(雇い止めの)ニュースを見て『やばいですね』『SCってこんなに簡単にクビになるんですか』と話題にしていました。これでは奨学金が返せないと、心理職以外の就職に切り替える学生も出てきています」

継続性が見込めない働き方が早くも人材の流出につながっている。伊藤さんはそれはSCの支援の質にも影響を与えかねないとして、自らに問いかけるようにこう語った。

「SC自身が生活や将来への不安を抱えながら、(任用や評価の権限を持つ)学校や教育委員会と対立してでも子どもの利益を守るという判断ができるでしょうか。何より子どもや保護者の不安に向き合えるのでしょうか」

公立学校へのSCの配置が始まったのは1995年度。私が取材記者として働き始めた年でもある。当時、地域の中学校でいじめによる自殺が続いたことから、教育担当だった私は、全国的にまだ珍しかったSCからも積極的に話を聞いた。

このころの校内の雰囲気はどこもピリピリとしていて、先生に職員室の場所を尋ねただけで「取材は管理職に」と注意を受けるなど、学校はどこか閉鎖的な空間だった。しかし、SCは別。時間さえ許せば、守秘義務を守りつつも自らの裁量でいじめや自殺の背景を説明し、ときに雑談にも応じてくれた。決して口数は多くない、穏やかな雰囲気の男性SCだった。新人記者が問題を構造的に理解するうえでおおいに助けられたことを覚えている。

SC導入から間もなく30年。その実績や成果をあらためて検証することはあっていい。一方でカウンセラーは、AIが普及しても代替できない仕事の代表格でもあるという。

SCの仕事を、いずれは生活に困ったり、やりがいやアイデンティティを求めたりしないAIに任せるのか、あくまでも人間が担うのか。都のSC大量雇い止めは、私たちにそんな選択を迫っているようにもみえる。

(藤田 和恵 : ジャーナリスト)

ジャンルで探す