キーマン明かす「宇都宮ライトレール」成功の鍵

宇都宮ライトレール常務の中尾正俊(なかお・まさとし) 氏は1944年広島市生まれ。1967年広島電鉄入社後、広島電鉄常務取締役などを歴任し、2015年より現職(写真:宇都宮ライトレール)
2023年8月26日に国内では75年ぶりとなる路面電車の新規路線として宇都宮ライトレールが開業し大きな注目を集めている。宇都宮ライトレール(通称ライトライン)の開業に向けて2015年から路面電車の専門家として陣頭指揮を執ってきたのが、広島電鉄出身の中尾正俊常務だ。宇都宮ライトレールのこれまでとこれからについて話を聞いた。

生活の一部として利用

――宇都宮ライトレールの開業からまる3カ月が経過しました。沿線の方々の反響や利用状況はいかがでしょうか。

開業から82日目となる11月15日には利用者が100万人を突破するなど多くの皆さまにライトラインをご利用いただいており、利用者数は堅調に推移していると認識しています。

通勤客のご利用が定着してきていることに加えて、小学生から大学生までの通学利用だけではなく、保育園・幼稚園などの園外活動、小学生の社会科見学など、さまざまな場面や目的に応じてご利用をいただいており、沿線の皆さまにはライトラインを生活の一部としてご利用をいただいているものと分析しています。

――中尾常務は、もともとは広島市内を中心に路面電車を運行する広島電鉄で常務取締役を務めていました。どのような経緯で、宇都宮ライトレールの常務取締役に就任したのですか。

宇都宮市には今から20年ほど前にライトレールに関する講演で訪問したことがあり、前職の広島電鉄時代から縁がありました。いったんは路面電車の世界からは離れていましたが、2015年の夏に宇都宮市関係者から面談がしたいと電話連絡があり、その後、佐藤栄一市長も広島までお越しいただきました。佐藤市長は私が宇都宮市で講演をしたときのことを覚えておられ、私を宇都宮に招聘する意向を強くお持ちであることを知り、胸が熱くなりました。

宇都宮ライトレールはこれからの日本のまちづくりを変えるかもしれない大事業ということもあって、本当に私でよいのかと自問自答を繰り返しましたが、家族や広島電鉄とも相談したした上で、私の路面電車人生の集大成にしようと妻とともに宇都宮移住を決断しました。

開業日の発車式で「ライトライン、出発進行!」の号令をかける中尾常務(写真:宇都宮ライトレール)

職員の間に情報格差を作らない

――宇都宮ライトレール社長は宇都宮市の元副市長が務めており、ほかの役員の方々も芳賀町や宇都宮商工会議所などの出身者と、路面電車の実務に精通した役員の方は中尾常務だけの印象です。そのような中で開業に向けてどのような役割を果たしたのでしょうか。

路面電車について大きな知見を持つ自分が、状況に応じて効果的に事業の「牽引役」としての役割を果たすことを心がけました。路面電車を運行する軌道事業の業界用語は難しいものが多く、知見の差が出てしまうと議論が深まらないことをいちばん心配したので、自分自身の経験を分かりやすい言葉で表現することを心がけ、職員の間に情報格差を生まないよう注意を払って取り組みました。

また、新規に軌道施設の整備や運転業務などの準備を詳細に行うため、それぞれのスペシャリストに宇都宮まで来てもらい準備を進めました。

――宇都宮ライトレールは、日本の路面電車では75年ぶりとなる新規路線ということでも注目を集めています。新規路線ならではの大変さはどのようなことがあったのでしょうか。

宇都宮のある北関東はクルマ中心の社会で路面電車というものに馴染みのない地域であったことから、住民に対する公共交通の必要性の説明から始める必要があったことでした。こうしたことから、特に「住民理解の醸成」には、宇都宮市と芳賀町との連携のもと気を使って事業を進めてきました。

――公共交通の必要性についてはどのような観点から住民の理解を求めたのでしょうか。

年齢を重ねていくと自分でクルマの運転をすることも難しくなることから高齢化社会が進んだ先には、自分の力で行きたい場所に行けなくなる人がたくさん出てきます。そうした不安を「自分ごと」として感じてほしいと思い、宇都宮でも起こりうる問題だと住民の方には何度も何度も語りかけました。 

初めのうちは漠然としか伝わらない空気もありましたが、各所で説明会を重ねるにつれ、徐々に住民の雰囲気が変わっていきました。参加者の方がクルマの運転ができなくなった時のことについて危機感も広がり、住民のほうでも何か行動をおこさなければいけないと参加者の表情も変わっていきました。

説明会のほかには、パンフレットの全戸配布や大型商業施設ベルモールでのパネル展示も実施し、ライトラインは「ランドマーク」としてまちの魅力を高めるための装置となることにも理解が得られるように取り組みを行いました。

――しかし、宇都宮ライトレールでは建設反対運動も起こり、開業までには様々なハードルがあった印象があります。

建設に反対されている方とも説明会では膝を突き合わせてお話をさせていただきました。高齢化問題と公共交通問題は避けては通れず他人事ではないこと。超高齢化社会の到来が迫りつつある中、今後は運転免許の返納者数は増え外出したくても外出できない高齢者が増加することが予想されます。そうしたことから、分かりやすく利用しやすい都市交通の重要性がより一層高まるということを何度も訴えかけました。

さらに、百聞は一見に如かずということで、宇都宮市とも連携をしながら富山市で実際のライトレールを見ていただく機会を設けるなど、ライトライン建設への理解が得られるように取り組んできました。

――宇都宮駅東口―芳賀・高根沢工業団地間14.6kmの建設には、当初予定していた約458億円から、地盤改良や豪雨対策の強化などを理由に約684億円に増加し批判を招きました。

一般的にLRTの建設費はキロあたり約30億円と言われていますが、ライトラインの場合は高架構造物が多くキロ当たりの建設費は約47億円と上振れしました。

しかし、一方で道路建設費についても決して安いわけではなく、国道119号のバイパスである宇都宮北道路約5kmの建設には約500億円かかっており、キロ当たりの建設費は約100億円に上ります。ライトラインの輸送力と自家用車の輸送力を比較すると大きな差があり渋滞解消にも役立っていることから、こうした輸送効率を考えるとライトラインの建設費だけが決して高いとは言えません。

ライトラインの開業前には、鬼怒川にかかる柳田大橋が、朝、工業団地への通勤者で慢性的な渋滞を引き起こしており、宇都宮駅から芳賀町内まで1時間以上かかることも多い状況でした。こうした渋滞の解消にもライトラインは一役買っています。

渋滞する柳田大橋(写真:宇都宮ライトレール)

「歴史の当事者になりたい」と運転士が集まる

――2022年11月19日には試運転電車で脱線事故も発生しました。

脱線事故のときは私自身も事故復旧や対策内容の検討にも当事者の一員として関わりました。少しでも住民の方々の不安を解消し引き続き事業を応援していただけるように、情報を隠すことなく全面的に公開しました。

――日本各地のバス・鉄軌道事業者で運転士不足が深刻化する中で、宇都宮ライトレールだけが運転士の募集が順調だったと聞きました。なぜでしょうか。

日本国内では75年ぶりとなる路面電車の「新規開業」のインパクトが大きかったと考えています。こうした「歴史の当事者」となるべく全国から熱い心をもった職人たちが期待に胸を膨らませて宇都宮に集まってくれたのだと感じています。

――宇都宮ライトレールが誇りをもって働ける職場だと感じた方が多かったということでしょうか。

そうです。給与面については、ほかの軌道事業者や地元の民間企業等の実績を参考に設定していますが、ライトラインで「新たな道を拓きたい」と、積極的で前向きな社員が集結してくれました。さまざまな困難にめげず、開業までこぎつけてくれた社員一同は、今では日本一の軌道事業軍団だと自負しています。

――宇都宮ライトレールは最高速度が時速40kmに設定されていますが、もともとは時速70kmで快速運転をできるように設計されています。専用軌道の広島電鉄宮島線ではすでに時速60km運転が実現しています。

開業直後ということもあり、まずは安全な運転について実績を積むことに専念しています。速度向上に向けた国との調整は今後の課題ですが、全国の軌道事業者の間でも速度上限の一律緩和は長年の願いとなっています。今後は、ほかの軌道事業者とも連携し、軌道法ではなく道路法下での速度制限となるように、丁寧に働きかけていきたいと考えています。

――宇都宮ライトレールは公設民営型上下分離方式が取られ、線路や車両などの施設を宇都宮市と芳賀町が保有し、運賃収入の中から電車の運行経費と施設使用料を払うスキームが組まれています。今後の売上の増加など安定経営に向けてのビジョンはどのようなものですか。

より一層の通勤利用いただけるように沿線企業の皆さまと定期的に意見交換を行っています。ライトラインへの乗り換えのための条件などをお聞きし必要に応じて将来的なダイヤ改正に反映していく方針です。10月23日には早速ダイヤ改正を実施しています。

また、グッズ販売については、開業直後の熱気もあり多くの皆さまからご用命をいただきました。イベント時のブース出展のほか、オンラインショップでの売上も好調です。当社のグッズは宇都宮市のふるさと納税の返礼品にも採用いただきました。

今後は車体を活用した「ラッピング車両」の取り組みを進めていきます。ここでの広告料収入はライトラインの利用環境の向上に投入することとしています。広告主、ライトライン利用者、当社の「三方良し」の制度として、積極的に取り組んでいきたいと考えています。

東側でも延伸構想が進む

――宇都宮ライトレールの西側延伸については2030年代前半の開業を目指し、教育会館付近までの約5kmの延伸に向けて着実に計画が進んでいます。一方で、東側延伸についても構想があると聞きますが、こちらはどのような状況になっているのでしょうか。

東側は芳賀町の大関一雄町長が中心となって、地区座談会などの開催を通じて町民の意見の集約を進めているほか、町長がリーダーシップを発揮され、芳賀町の中心部である祖母井地区へのライトラインの延伸の効果や可能性について検討を進めているともお聞きしています。

(櫛田 泉 : 経済ジャーナリスト)

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