静岡リニア、相次ぐ「新局面」はJR東海に朗報か

川勝知事と国交省鉄道局長との会談

静岡県の川勝平太知事(左)と会談する国土交通省の村田茂樹鉄道局長(中央)=2024年2月7日(記者撮影)

工事を始めたいJR東海と、大井川の水資源問題や南アルプスの環境保全を理由に工事を認めない静岡県。リニア中央新幹線の静岡工区をめぐる問題は情報戦の様相を帯びてきた。きっかけは大井川流域自治体の1つ、島田市の染谷絹代市長のこの一言だ。「県から報告書に関して説明してもらったことはない」――。

県に不満示す大井川流域市町

国の有識者会議が昨年12月に報告書をまとめ、有識者会議の中村太士座長(北海道大学教授)や国土交通省の村田茂樹鉄道局長らが1月21日に静岡県を訪問、静岡市長、および大井川流域10市町の首長らに相次いで説明を行った。

染谷市長は10市町の首長を代表する形で「理解が深まった」と話したが、その一方で県に不満をぶつけた。県は有識者会議にオブザーバー参加して有識者会議の情報を把握しているにもかかわらず、川勝平太知事は定例記者会見でJR東海に対する発言を繰り返すばかりで、当事者である流域市町への報告を怠っているのではないかというのだ。

1月24日、JR東海はリニア中央新幹線事業に関する報道向け説明会を静岡市内で開催した。開業時期や先行開業区間など年末年始にかけて川勝知事から出されたさまざまな発言が、JR東海が発表している事実と異なる点が多くあり、誤解を与えかねない状況になっているため、あらためてJR東海の考えを直接説明したというのがその趣旨だ。

国やJR東海に比べると、川勝知事は事実関係の説明よりも持論を述べることを優先しているようだ。そんな空気を読んだのか、県で中央新幹線対策本部長を務める森貴志副知事は2月5日、「関係者の皆様がいろいろな話をしており、少し混乱している。それらの整理も含めて今後の進め方について話したい」としてJR東海との議論の進捗状況に関する県の認識を示した。

リニア静岡工区の環境影響評価については大井川の水資源、南アルプスの環境保全、発生土の置き場といった課題がある。県は2019年1月に専門部会を設置してJR東海と議論を始め、同年9月には「引き続き対話を要する事項」として47項目を列挙した文書をJR東海に送付。これらすべてが合意されない限り県はトンネル工事を認めないとした。

進展が見られない中、時間ばかりが経過。そこで国が調停役として有識者会議を立ち上げ、2020年4月から47項目について議論を始めた。水資源については2021年12月、環境保全と発生土については2023年12月に有識者会議が報告書をまとめた。これをもって国は47項目に関する議論は終了したと考えている。

国と静岡県、認識に大きな隔たり

森副知事が今回発表したのは47項目に関する県の見解である。全項目の議論が終わったとする国とは異なり、県の専門部会では疑問点が解消され、合意が得られたのは17項目にとどまり、残る30項目については引き続き協議が必要だという。国の認識とは大きな隔たりがある。

静岡県 森副知事

「引き続き対話を要する事項」47項目について県の見解を説明する静岡県の森貴志副知事(記者撮影)

それはさておき、47項目の内訳について見てみると、トンネル湧水の全量戻しに関する内容など水資源に関する項目は26あり、そのうち17項目が終了。南アルプスの環境保全は17項目で森副知事は「議論が進み、一定の進捗は見られた」と言うものの、終了した項目は0だ。トンネル発生土の置き場は4項目で終了した項目は同じく0となっている。

水資源については、トンネル掘削による大井川中下流域の地下水の影響は、河川流量の季節変動や年ごとの変動による影響と比べれば極めて小さいという報告が国の有識者会議から出されている。中下流域の利水者への影響はほとんどないとしている。それでも県は「トンネル湧水の全量戻し」を求めているため、JR東海は「田代ダム取水抑制案」を示し、ダムを管理する東京電力リニューアブルパワーと実施に向けて合意している。この状況を踏まえ、県はどのように取水抑制を進めるかという具体的な運用方法や、取水抑制できない状態が続いた場合の対応、突発湧水など不測の事態が発生したときの対応などで引き続きJR東海と対話が必要とする。

もっとも、実際のところ県はJR東海に昨年11月29日付で実施案を了解するという文書を送付している。つまり県はすでに了解しているのだ。従って、「引き続き対話が必要」といっても前提がくつがえるなどよほどのことがない限り時間がかかることはないはずだ。

環境保全と発生土に関する21項目については、対話が終了したものが1つもないとしており、国の有識者会議の報告書と真っ向から対立している。その理由を県に問うと、端的に言えば事前調査に関する見解の相違だ。

工事の実施前に調査を行い、工事がもたらす生物への影響の予測・評価を行い、それに基づき、計画を立案、実行、モニタリング、さらに必要に応じて計画を見直す。このPDCAサイクルのプロセスを県と国は「順応的管理」と呼び、その基本的な考え方は両者とも同じ。違いは事前調査をどこまでするかという点に尽きる。

国の有識者会議の中村座長は「何年かけてもパーフェクトなものはできない。不確実性の中で決めていかなくてはいけない」と述べるが、県の石川英寛政策推進担当部長は、「調査が足りないまま工事を始めたときに、取り返しのつかない結果が出ることを危惧している」。そのいっぽうで、「100%を目指し、何年もかけてやれというつもりはない」とも述べた。

専門部会での議論はいつまで続くのか

いちばん気になるのは、もし残る30項目の議論が今後も続くとしたら、それはいつまで続くかということだ。森副知事は「議論がいつ収束するとは言えないが、スピード感を持って県専門部会を開催し、解決を図りたい」としながらも、次回の専門部会については「委員の先生の都合もあるので月1回の開催は厳しい」。年度内に開催できるかどうかも未定だという。となると次の協議は4月以降ということになる。スピード感があるとはとても言えない。

なお、県は今回の専門部会の委員1人ひとりに個別に話を聞き、その意見を集約したというが、JR東海はどう考えているのだろう。県によれば、JR東海には2月2日に今回の内容を届けており、「違和感があれば教えてほしい」と伝えたところ、何も連絡がないのでJR東海も了解しているという認識だ。

JR東海からは公式のコメントは得られなかったものの、同社関係者は「県の認識とは違う」という。2日は金曜日で発表日の5日は月曜日。JR東海が内容を精査するには時間が少ない。そもそも、「47項目も含め国の有識者会議で議論した水資源と環境保全の問題で今後、議論すべき残された論点はない」(関係者)。とはいえ、県から要請があれば専門部会で引き続き協議を行うことは避けられない。

続いて2月7日、国交省の村田鉄道局長が県庁に川勝知事を訪ね、意見交換を行った。村田局長は1月21日に流域8市2町の首長との意見交換後、報道陣に県との意見交換について問われると、「県から要請があるか、または機会があれば検討したい」と話していた。それが今回実現した。

面談時間は30分の予定だったが、実際には1時間02分と予定時間を大幅に超えた。時間オーバーの理由について、村田局長は理由の1つとして「川勝知事がJR東海の事業計画の見直しといった持論を説明したため」と話した。47項目に関する国と県の認識の違いといった話題は出なかったという。

国交省 村田鉄道局長

国土交通省の村田茂樹鉄道局長(記者撮影)

今回の会談の目玉は、水資源や環境保全に対するJR東海の取り組みを監視・評価する新たな体制作りの構想だ。流域市町が積極的な国の関与を求めており、それが具体化に向け動き出したということだ。

会談の冒頭で、村田局長が「水資源の問題、環境保全の両分野について総合的な視点で継続的に確認する新たな体制を準備している」と話すと、川勝知事は思わず「おお」という声を発し、こう述べた。「大変興味深い話だ」。

会談終了後、村田局長と川勝知事がそれぞれ報道陣の取材に応じた。村田局長は「順応的管理に従って、事前・事後のモニタリングが非常に重要である」と話し、JR東海が調査を実施する水資源、環境保全の両分野のモニタリングを行う新たな体制作りに取り組むとした。具体的な設置時期や人選などについては、今後検討するという。

「2037年全線開業」を主張する川勝知事

川勝知事は「さすが鉄道局。本格的に乗り出された」と賞賛した。しかし、気になる点もある。モニタリング組織について「どういう人が座長を務めるかによって(組織の)性格が見えてくる」と話す。川勝知事が人選に口出しして県に有利な人物を登用させようとする可能性は否定できない。過去にも国の有識者会議で国が提示した人選案を県が「中立性に疑義がある」として拒否した経緯がある。

静岡県 川勝知事

国交相の村田鉄道局長との面談後、取材に応じる川勝知事(記者撮影)

それだけではない。川勝知事は「神奈川県内で建設中の車両基地が本当に2027年までにできるか、それもモニタリングしていただく」とも話した。静岡工区の環境問題から逸脱し、リニア計画全体におけるモニタリング体制の構築を求めたのだ。沿線自治体で作るリニアの建設促進期成同盟会に諮りたいというが、リニア計画そのものを監視する組織を作りたいのだろうか。

なかなか進まない専門部会の議論について、川勝知事は「遅らせるつもりはまったくない」と言い切った。しかし、「リニアは全線開通してその機能を発揮する。2037年の全線(品川―新大阪間)開業を目指して叡智を結集しなくてはいけない」。川勝知事がこだわるのは2037年であり、新たな品川―名古屋間の開業時期をどこまで2027年に近づけるかについては関心がない。

とはいえ、新組織がJR東海の大井川の水資源や南アルプスの環境保全に責任を持つのだとしたら、万が一、不測の事態が起きた場合、県は国に責任転嫁できるのだから、川勝知事にとって悪い話ではない。いよいよ川勝知事が難航するJR東海との協議について着地点を探る動きに出たのか、それとも独自の論法で工事を認めない毎度の光景の繰り返しなのか。川勝知事には、自身が県民の代表者であることを心して次の行動に臨んでもらいたい。

(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)

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