仕事が頭から離れず「心が休まらない」根本原因

(写真:Pangaea/ PIXTA)
「どんな人生にも意味がある」と説いたフランクル心理学と、その影響を受け、アーロン・アントノフスキー博士が提唱した「首尾一貫感覚」。
ストレスマネジメントの専門家、舟木彩乃氏が逆境に強くなるポイントを解説した著書『過酷な環境でもなお「強い心」を保てた人たちに学ぶ 「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法』から、「首尾一貫感覚」を使って困難な状況にどのように対処していけばよいのかについて、実際のカウンセリング事例をもとにわかりやすく紹介します。逆境においても「首尾一貫感覚」という概念で整理していくと、自分の置かれた状況がクリアになり、解決の方向性が見えてくる。

首尾一貫感覚を高めるには

実際のカウンセリングをもとに、どのようにして首尾一貫感覚を高めていけばいいのか見ていきます。

Aさん(女性30代前半)は、「仕事のことが頭から離れず、心が休まるときがない」という悩みを持っていました。他の人に相談しても「気にしすぎだよ」と軽く流されるだけ。帰宅後も休日も、仕事や職場の不安でいっぱいになり、心が休まるときがないそうです。Aさんはどうしたら、もう少し安定した心を持てるのかと考えていました。

Aさんがこのような状態になってしまった一番大きな原因は、Aさんが〝今〞に集中できておらず、本来の自分を見失っていることです。過去を悔やんだり、良い未来を描けず不安になっていたり、〝今〞ではなく過去や未来に支配され、人生の時間軸の中で今いかにあるべきかがつかめていない状態です。

こういうときは、自分の置かれている環境を客観的に把握できていないことが多いです。まずは、自分を取り巻く環境について、整理することから始めます。首尾一貫感覚を構成する3つの感覚をもとに、環境を整理しましょう。

首尾一貫感覚を構成する3つの感覚

◎把握可能感(だいたいわかった)——自分の置かれている状況や今後の展開を把握できると思うこと

◎処理可能感(なんとかなる)——自分に降りかかるストレスや障害に対処できると思うこと

◎有意味感(どんなことにも意味がある)——自分の人生や自身に起こることにはすべて意味があると思うこと

首尾一貫感覚を意識した質疑応答

Aさんに3つの感覚を意識した質問を投げかけると、次のような回答でした。

———把握可能感に関する質問
 このような不安な状態はいつまで続くと思いますか? あなたを苦しめている毎日起こる〝嫌なこと〞の正体は、具体的になんですか?

———Aさんの回答
 ペアを組んでいる先輩の指示が、気分によってコロコロ変わるんです。先輩の機嫌が悪いと、指示通りに作成した資料を持っていってもやり直しを命じられ、理由を聞いても「忙しいから自分で考えて」と言われます。そのせいで、いつも先輩の顔色をうかがっています。先輩と同じチームでいる限り、この状態は続くと思います。

———処理可能感に関する質問
 今のあなたには、どんな助け(人、情報など)が必要ですか? あなたを助けてくれそうな人や情報は見当たりますか?

———Aさんの回答
 先輩に意見してくれる人に相談がしたいです。そして仕事のことを考えない時間がほしいです。

———有意味感に関する質問
 あなたが抱えている問題や課題と向き合うことに、意味や価値を感じますか? どんな状態の自分でありたいですか?

———Aさんの回答
 正直、先輩の顔色をうかがいながら仕事をすることに意味を見出すことはできません。仕事の仕方を改善し、能力を伸ばしながら成長していけるような環境に身を置きたいです。

Aさんの状態は3つの感覚すべてが低い状態であることがわかります。

◎把握可能感が低い理由
 Aさんの先輩は、指示が(機嫌によって)変わることから、Aさんは何を基準にして仕事をしていいかわからず仕事の全体像が見えません。

◎処理可能感が低い理由
 周囲に相談しても、いまだ解決に至っていないためです。また、Aさんにはセルフケアに関する情報が不足しています。

◎有意味感が低い理由
 今の環境では成長できないためです。

まず無理にでも〝休養〞をとる

Aさんのように3つの感覚のすべてが低く、心身ともに疲弊している場合は、八方塞がりのような感覚に陥り、思考が悪循環して堂々巡りとなっています。こういうときは、有意味感についてじっくりと考えたうえで、なんらかの行動を起こす必要があります。

しかし、健全に物事を考えるためには休養が必要です。自分を取り巻く環境や自身の気持ちをある程度まで整理したら、まず無理にでも〝休養〞をとります。なかでも睡眠が重要なので、時間を取って睡眠時間に充ててみてください。たとえうまく眠れなくても、横になって目をつぶり、余計な刺激を頭に入れないだけでも身体には休息になっているものです。

〝眠れない〞ことがどうしても気になり、そのこと自体がストレスになるようなときは、専門医の力を借りましょう

身体が楽になってきたら、3つの感覚をもとに今後のことを考えます。そのときのポイントは、自分が目指す姿や仕事などを考え(把握可能感)、それを得るために必要な資源を知り(処理可能感)、具体的にどのような行動を起こせばいいのか(上司に相談するなど)を整理し、今の課題に向き合うことにどのような意味や価値があると思えるか(有意味感)ということです。

職業性ストレスモデル(出所)『過酷な環境でもなお「強い心」を保てた人たちに学ぶ 「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法』

把握可能感(だいたいわかった)という楽観的な気持ちを持つ

ここから首尾一貫感覚の3つの感覚に焦点を当てながら説明していきます。まずは把握可能感(だいたいわかった)を高めるにはどうすればよいでしょうか。

私のところへ相談にきたBさん(男性30代後半)は、人前に立つと極度に緊張し、恐怖を感じてしまうという悩みを持っていました。カウンセリングを実施すると、Bさんの心身状態は〝社交不安症〞の傾向があることがわかりました。社交不安症は、「自分は他人から愚かだと思われている」というように、他者からの評価が極端に気になり、身近でない人にかかわることに強い不安を感じる病気です。これは首尾一貫感覚で考えると把握可能感が極端に低い状態ともいえます。

Bさんは、会議で発表する前は「失敗したらどうしよう」という不安に飲み込まれていて、発表中も頭が真っ白になっています。「失敗したら終わり」という考えに支配され、把握可能感が低くなり、目の前が真っ暗になって未来が見えなくなっています。

このような場合に把握可能感を高めるには、想定問答を作るなど準備を万全にして発表に臨む、何度も経験して慣れる、という方法があります。Bさんがまずやるべきことは、完璧主義の考え方が自分に染みついていると自覚することです。そのうえで、自分は最低限なにを求められているのかを考え、100点満点を目指さないことです。

一人の人間が把握できる範囲など、限られています。「自分はだいたい把握している」という楽観的な感覚を持ち、「こんなものか」という体験を積み重ねましょう。

処理可能感を高めるI(アイ)メッセージとは

続いて処理可能感(なんとかなる)が低くなっているCさん(女性20代前半)の事例を紹介します。Cさんは「職場の先輩からのいじりやアイディアの盗用で困っている」ということでした。お話を聞いたところ、Cさんから次のような回答を得られました。

・先輩の目的や悪気の有無がわからず、相手の考えや今後の展開が見えない、自分はどう対応すればいいかわからない。

これは「把握可能感」が低い状態です。

・同僚に相談しても共感してもらえず、運が悪かったというあきらめの気持ちがあり、もはや打つ手がない。

これは「処理可能感」が低い状態です。

・自分で考えたはずの企画が先輩の手柄になり、先輩だけが評価される違和感

これは「有意味感」が低下しています。

Cさんは3つの感覚のなかでも特に「処理可能感」が低い状態になっており、この部分を強化することで根本的な問題解決に近づくことができると考えました。では、具体的に処理可能感をどのように強化していけばいいのでしょうか。

まずは、先輩の言動から心理メカニズムを推測します。先輩は〝いじり〞が多いようです。現実の社会では〝いじめ〞と紙一重になることがあり注意が必要です。その境界線は、ハラスメントと似ていて、相手が嫌がったり傷ついたりしているかどうかです。

先輩にはCさんを傷つけている自覚はなさそうで、想像力が欠如しています。Cさん自身は傷ついているので、いじめやハラスメントととらえられても無理はありません。

相手の気持ちを想像できない無神経なタイプには、Cさんがコミュニケーションのテクニックを学び、それを資源(武器)にすることで、処理可能感を高めるのが1つの方法です。その方法の一つが「私は」を主語にするI(アイ)メッセージです。

「(あなたの)その言い方はキツイです」「それは(あなたが)考えた企画ではないですよね」と言うと、相手は自分が責められたように感じます。なぜなら、それらの言葉は、「あなた」という主語が隠れているYOUメッセージだからです。Iメッセージを使うと「(私は)冗談と受け取れなくて傷ついているんです」「(私は)ずっと温めてきたこの企画を最後まで担当したいです」となります。表情や声色なども言葉の内容に一致させると、より効果的です。

そこまで自分の気持ちを伝えても先輩がまったく変わらないようであれば、上司に相談すべきでしょう。

「結果形成への参加」が有意味感を向上させる

最後にDさん(男性40代半ば)のケースをもとに有意味感(どんなことにも意味がある)の高め方について見ていきます。Dさんは「上司を信じて頑張ってきたのに、認められず、働きがいが見出せない」と悩んでいました。

もともと有名サロンの店長として働いていたDさんは、オープンしたばかりの無名サロン店長へ転職しました。それはオーナーの人柄やスローガンに共感したからでした。オーナーを信じて頑張ってきたにもかかわらず、「Dの代わりはいくらでもいる」という言葉を浴びせられます。Dさんは、オーナーについていっていいのかわからなくなり、今の会社に働きがいを見出せなくなったようです。

Dさんの今の状況を首尾一貫感覚で掘り下げていくと、「自分自身に起こる出来事はどんなことにも意味がある」という「有意味感」が低い状態といえます。Dさんは、自分の意見や提案をまったく聞き入れてもらえない組織では、自身の成長は望めないと思うようになったそうです。

アントノフスキー博士は、「結果形成への参加」が有意味感を高めると述べています。「自分の言動が結果に影響を与えている」「チームに貢献できた」という充足感があれば、自分自身の存在意義を実感することができるということです。「結果形成への参加」が叶わないのは、Dさんの仕事をしていくうえでの裁量度が低かったからです。

仕事に意味を見出せなくなったら

過酷な環境でもなお「強い心」を保てた人たちに学ぶ 「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法

Dさんの場合は、あらためて求める「結果」つまり「目標」について考えていく必要がありました。Dさんに自身の目標について考えてもらうなかで、私の「今直面している問題と向き合うことに、意味や価値があると思えますか?」という有意味感の質問に対し、Dさんは次のように答えていました。

「苦しいけれど、今この問題と向き合うこと自体に、長い目で見て大きな意味があることがわかりました。今の環境で自分ができることを精一杯やって、その経験を糧に、自分が手綱を握れるような立場になったとき、周囲を幸せにしていける職場を作れたらと思っています」

仕事に意味を見出せなくなった場合、自分でコントロールできる部分とそうでない部分に分けて整理すると何かが見えてくることがあります。コントロールできる部分にフォーカスし、その中で自分に可能な人生物語を考え、意味を問うてみてください。そういう視点を持てば、キャリアチェンジや退職をしたことが一見失敗に思えるような場合でも、より良い未来が開けるでしょう。

(舟木 彩乃 : ストレスマネジメント専門家)

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