トヨタとホンダが「EV生産改革」でテスラを追撃

トヨタがギガキャストで生産したリア部品(右)と従来製法でのリア部品。部品点数と工数が大幅に減るという(写真:トヨタ自動車)

「日本の自動車メーカーはまさにテスラ化している」。ある大手自動車部品メーカーの幹部はそう驚きの声を上げた。

日本の自動車メーカーがEV(電気自動車)の競争で勝ち抜くために、生産工程の抜本的な見直しに取り組み始めた。ガソリン車と異なる構造であることを重視し、車両の設計や構造、生産手法を根本から見直す。見本とするのはEVで先行するアメリカのテスラだ。

トヨタ自動車は6月中旬に、次世代EVに使用する車体部品について「ギガキャスト」の導入を検討していることを明らかにした。ギガキャストは、車体部品を一体成形できる技術で、アルミダイキャストという鋳造法で溶かしたアルミ金属を流し込んだ金型を圧入して整形する。

アルミダイキャスト自体は既存技術だが、「ギガ=巨大な」という言葉どおり巨大な装置で大型部品を作り出す。別々に造った複数のパーツを溶接などでつなぎ合わせていたこれまでの工数、つまり製造コストを劇的に削減できる。

86個、33の工程が1つに集約

たとえば、トヨタが2022年に発売したEV「bZ4X」のリア部分は、86個の鉄製の部品を33の工程で一体化している。ギガキャストを導入することでアルミ合金製の1個の部品に置き換えて、工数は1に減らせるという。

新設されたトヨタBEVファクトリーの加藤武郎プレジデントは「素早い意思決定と初動を実現する」と強調した(写真:トヨタ自動車)

トヨタの生産改革は、ギガキャストの採用にとどまらない。次世代EVでは、現状のガソリン車やEVに比べて車体構造をスリム化・標準化する。具体的には、車体をフロント、センター、リアの3分割した大きなモジュール構造とすることで、車種の開発や生産を簡単にできるようにする。

このうち、フロントボディとリアボディを前述のギガキャストで生産する。さらにトヨタ生産方式の思想も盛り込むことで各工程の無駄を削減、効率化を徹底する。トヨタでEV事業を統括するBEVファクトリーの加藤武郎プレジデントは、3分割のモジュール構造とギガキャストの採用によって、「車両開発費と工場投資を削減できる」と自信を示す。

トヨタは、生産中の量産車が自走して次の工程を行う場所に移動する技術を開発中で、コンベアをなくして工場の設備レイアウトの自由度を拡張する。デジタル技術や無人搬送機、自律走行検査の採用など、一連のクルマづくり改革で工場への投資金額、年単位でかかっていた量産準備の期間、工数を半減できるという。

EVの生産改革で先行するのがテスラだ。テスラはイタリアのダイキャストメーカーであるIDRA社が供給する「ギガプレス」と呼ばれる巨大なアルミダイキャスト設備を使い、一般的な自動車メーカーなら150個を優に超える部品を、わずか2個に集約。自動化も追求した高効率生産を実現している。

加えてテスラの場合、車種数の少なさ(現状4つ)や、原則ディーラーを通さない直販体制、広告宣伝に頼らない販売促進なども相まって、電池コストが高く利益を出すことが難しいといわれるEVで、好採算を実現している。

新たな生産手法をメキシコ工場に導入

さらにテスラは、「アンボックストプロセス」と名付けた新たな生産手法の導入を計画している。シートやインストルメントパネル(前席正面の内装部品)、電装品も含め、車体を6つの大きなモジュールに分けて組み立て、塗装作業などもしたうえですべての部品を接合するというもの。

テスラは新たな生産手法を採用することで300万円台の小型EVを実現するという(写真:テスラ)

2024年に稼働するメキシコ新工場で導入する。投資額は50億ドル(約7000億円)と巨額になるが、大幅な生産時間の短縮とコスト削減が可能になる見通し。テスラが投入を予定する3万ドルを切る小型EVはこのメキシコ工場で造る予定だ。

激化するEV競争を勝ち抜くために、BYDや長安汽車といった中国勢もギガプレスの採用で走り出していた。EVシフトとともにEVに最適化した生産改革でも出遅れていた日本勢で、巻き返しに動き出したのはトヨタだけではない。

関係者によると、ギガキャストの導入を検討しているのはホンダも同じだ。

ホンダは、2020年代後半以降に投入する「MFD-BEV」と名付けた10車種以上で構成する次世代EV商品群の準備を進めている。これらの商品群では、さらなる自動化やアルミダイキャスト部品の採用拡大といった新たな生産ラインが適用される見通しで、ギガキャストも導入が検討されている。

ホンダの三部敏宏社長は2020年代後半に次世代EV専用工場を立ち上げると明言(撮影:尾形文繁)

興味深いのは、ホンダも車体を3つのモジュールで形成するトヨタと似たような案を温めていること。新ラインでは従来に比べて要員の3割削減、新車種に関わる費用を減らすなど飛躍的な生産効率の改善を図る。また、温室効果ガスの排出量を減らすという。

三部敏宏社長は6月21日の株主総会の場で「2020年代後半から次世代商品と合わせて、EV専用ラインの生産システム改革に現在着手している」と語っている。社内では、最終的には電池セルから完成車まで一貫して生産できる工場を2020年代後半に設置する計画が練られている。

EVで生産改革が進む切実な事情

自動車メーカーが抜本的な生産改革に取り組む背景にはEVならではの事情がある。基幹部品である電池のコストがかさむため、ガソリン車に比べて採算が厳しい。高価格帯が中心のプレミアムメーカーはまだコスト吸収余地があるが、大衆車メーカーはこれまでと次元が異なるコスト削減が必須だ。

ただ、そうした現実をわかっていながら、これまで日系メーカーは踏み出せなかった。生産改革はメリットと同時にリスクもあるからだ。

たとえばギガキャスト。一体成型された部品が破損した場合、まるごと交換することになるため修理費用が高くなるといった問題が指摘されている。実際、テスラ車で高額な修理費用を請求される事例が報告されている。アフターサービスの充実や修理費用を含めたコストパフォーマンスを強みとしてきた日本勢だけに大きなハードルになると見られているが、トヨタ幹部は「衝撃をどう抑えるかも含めて対応策についてめどはついている」と自信を示す。

また、「ギガキャストが導入されれば、車体部品メーカーにとっては仕事がなくなる」と、ある車体部品メーカーの幹部は危機感を示す。ギガキャストは部品点数と接合などの工数を減らし生産性を飛躍的に高める反面、当該部品や工程にかかわっていた部品メーカーにとっては仕事そのものがなくなる可能性がある。

トヨタやホンダはそれぞれ系列部品メーカーを抱え、密接な関係によるすりあわせの技術を生かし、緻密なものづくりを実現してきた。が、ギガキャスト導入によって、強みとしてきたサプライチェーンにひびが入りかねない。これはゼロからビジネスを構築してきたテスラとは異なる点だ。

莫大な投資も重荷になる。ギガキャストや大型モジュール、さらなる無人化・省人化に対応した生産設備は、物の流れから人の導線まで既存の工場レイアウトの大幅な見直しも必要になる。ホンダ幹部は、「世界中の工場で同じような設備を整えるには兆円単位の費用がかかる」と苦しい台所事情を吐露する。

反撃へ、トヨタは全固体電池を実用化

しかし、ここに来てリスクを恐れて足踏みしていられなくなった。主戦場であるアメリカや中国はEVの販売台数が急激に増えており、先行するテスラは稼げる仕組みを整えつつある。トヨタ幹部は「今までのやり方じゃEVはとても儲からない。テスラに徹底的に学んで(どうすれば儲かるか)わかってきた」と打ち明け、反撃に向け意欲的だ。

もっとも、テスラはCEO(最高経営責任者)であるイーロン・マスクのカリスマ性をブランド力の源泉として快走を続ける。ソフトウェアサービスや自動運転でも既存の自動車メーカーにはマネのできないスピード感を持っている。

トヨタは、生産改革と同時に大幅に性能を高めた次世代電池を2026年以降に投入すると発表。加えて、期待が高かったEV向けの全固体電池も2027年以降に実用化する見通しを示した。生産改革に次世代電池の量産立ち上げ、さらにはブランド力や商品力にどう磨きをかけるかも含めて、EVをめぐる競争が総力戦となることは間違いなさそうだ。

(横山 隼也 : 東洋経済 記者)

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