労働者が大増税時代に「見限るべき社長」の4特徴
・少子高齢化により、今後の社会保険料負担の激増は避けられない
・給料を上げられる社長の下で働かないと、貧しくなる一方
・「現状維持」「価格競争」「コストカット」しかできない社長は見限るべき
日本人に「給料アップ」が必要な根本理由
私は今年の4月に『給料の上げ方』というタイトルの本を発表しました。
その本で私が特に強調したかったのが、「日本の過去30年の状況が示しているとおり、給料というものは黙っていても上がらない。だから、経営者に給料を上げるプレッシャーをかけるよう、1人ひとりが尽力しなくてはいけない」という点です。
こういう主張をすると、「日本ではお金にガツガツしたりするのは、はしたないと思われている。アトキンソンさんはイギリス出身だから日本人のメンタリティーが理解できていない」などと言われてしまうことも少なくありません。
正直、少々食傷気味なのですが、それでも給料を上げてもらうべく、不断の努力を欠かしてはいけないという主張を取り下げる気はまったくありません。
本稿では、まず、なぜそこまで給料を上げてもらうことにこだわらないといけないのか、その理由から説明を始めます。
結論から申し上げると、日本では高齢化と人口減少が同時に進行し、大増税の時代が到来するのは確実だからです。なるべく早い段階から、より高い給料を手にできるようにして身構えておかないと、取り返しがつかなくなります。
「1人あたりの負担額」は激増している
具体的なデータで見てみましょう。
1990年の社会保障給付の総額を生産年齢人口(15~64歳)で割ると、1人あたり55万1372円の負担でした。これが2000年には86万8136円、2010年には128万2554円、2020年には177万771円へと急増しました。
社会保障給付の総額が現状のままで変わらないと仮定すると、2030年には195万円、2040年には228万円、2050年には264万円、2060年には299万円となります。2060年には、1990年の5倍以上にまで膨れ上がる見込みです。
しかも、これは社会保障給付費が現状を維持したと仮定した数字です。
政府が2018年に発表した社会保障給付の予想数字を使うと、2040年には322万円、2050年には380万円、2060年には430万円となります。1990年の、実に8倍程度です。半分は会社負担であっても、あなたの給料から税金に加えて、215万円もの金額が天引きされることになります。これは、今の平均給料の約半分に相当します。
税金と社会保障費は、国民全員が負わなくてはいけない支出です。このように国民が義務として支払わなくてはいけない支出金額の所得に対する比率を表しているのが、国民負担率と呼ばれる数字です。この数字のこれまでの動向を見ると、将来の負担率もある程度推察することができます。
OECDの2019年のデータでは、日本の国民負担率は世界19位となっており、突出して高いわけではありません。しかし、負担率が年々上昇しているのは紛れもない事実で、2023年には46.8%まで上がっています。
特に注目すべきなのは、どの支出が増えているかです。1990年と比べると、2019年は負担率が8.4%ポイントも上がっていますが、そのうち8.1%ポイントが社会保険料の増加で、大半を占めているのです。
働く人の減少数は「イギリスの全生産年齢人口」に匹敵
この間、社会保険料が国民負担率の増大の原因となったのは、1995年から2021年の間に、生産年齢人口が1299万人も減ってしまったのに対して、高齢者人口が2141万人も増えたからです。
日本で減った1299万人というのは、オランダの全生産年齢人口を上回っているので、大変な数です。
実は同時期、生産年齢人口は大幅に減少しましたが、全体の就労者は増加しました。しかし、働いている人の数は増えても、労働者1人ひとりにかかる年金と医療費の負担は大きく増えています。
これから2060年にかけて、日本では生産年齢人口がさらに3000万人も減ると予想されています。先ほどの1299万人と合わせた約4300万人という減少数は、日本の生産年齢人口がピークだったときに比べて4割の減少で、イギリスやフランスの全生産年齢人口に匹敵し、韓国の3698万人を大幅に超える規模です。
生産年齢人口の大幅減少は、労働者が減るという労働市場で起きている1つの事象を説明するものですが、同時に経済にさまざまな悪影響を及ぼします。
最も懸念されるのが、納税者が減るので税収が減ってしまうことと、最も活発な消費行動を行う消費者が減るので、国内の需要が縮小してしまうことです。
高齢者の負担が減らないのに納税者が減るので、1人ひとりにかかる社会保険料が増えるのは間違いありません。
「より多くの給料を稼ぐ」以外に対処法はない
このような厳しい状況を耐え抜くには、より多くの給料を稼ぐ以外に、対処の方法は存在しません。当然ですが、国による財政措置だけでは対応できる問題ではないのです。
人口に占める生産年齢人口の割合が大幅に下がるということは、見方を変えると仕事をしていない人の割合が増えることだと捉えることができます。
働いていない人の割合が増えるので、当然、働いている人の負担は大幅に重くなります。要するに、失業者が大量に増えれば、働いている人の担わなくてはいけない失業保険が重たくなるのと同じです。失業者が大量に増える国では、景気がよくなるわけがないのです。
かつての日本は生産年齢人口の割合がOECD平均よりずっと高かったのですが、2005年からOECD平均を下回るようになり、今では59.1%まで下がりました。これは先進国のなかで最下位です。さらに2060年になると50.9%まで下がると予測されています。
またここ数年、予測以上のペースで人口が減少しているうえ、出生数の低下に歯止めがかからなくなっているので、これまでの予測以上に厳しい状況が訪れても何ら不思議ではなくなっています。
このように厳しい未来が予測される以上、この国の社会システムを維持するためには、生産性を上げてより多くの給料を稼ぎ、年金や社会保障費を払い続けるしかないのです。
『給料の上げ方』でも強調しましたが、日本では経営者が率先して、従業員の給料を上げたりはしません。このことはここ何十年も下がり続けた労働分配率と、史上最高を突破した企業の内部留保金を見れば誰の目にも明らかです。
ですので、どんな企業で働くべきかを、1人ひとりが本当に真剣に考えなくてはいけないのです。
ついていくべき社長、見限るべき社長
給料を上げてくれる可能性が高い企業を見定めるには、各社を率いる社長の能力、意欲、そしてどのような経営戦略を標榜しているかを見極めなくてはいけません。具体的には、以下に挙げる特徴を備えているのが、ついていくべき社長だと言えます。
(2)新しい需要(市場)の発掘をしている
(3)10年先の戦略を立てている
(4)輸出を重視している
(5)調査・分析をして、論理的思考が出来ている
(6)高齢者マーケットを攻める
逆に、見限るべき社長の特徴は次のとおりです。
(2)付加価値を理解していない
(3)単価を下げる、または上げようとしない
(4)コスト削減を重視する
人口が減少し高齢化も進むので、今後の日本では既存の商品が売れにくくなり、余剰が生じやすくなります。日本で失われた需要を補うため、輸出を増やすのは比較的頭に浮かびやすい対処法ですが、実際に実行できている企業は限定されているのが現実です。
また、これまでの日本ではあまり高く売れない、つまり付加価値の低い商品を丁寧に作って商売をしてきましたが、今後は多少価格が高くても多くの人が欲しがる、今より高付加価値の商品を開発し、こういった商品を世の中に普及させる方向に転換するべきです。
このように頑張って輸出を増やしたり、より高付加価値商品への転換ができる企業で働いていれば、これから訪れる厳しい時代も耐え抜ける可能性が高いと判断して間違いないと思います。
つまり、変わりゆく世の中に機敏に対応してビジネスモデルを変革し続けられる企業だけが、同時に従業員も守ってくれるのです。
一般に、こういう企業でリーダーシップを発揮している経営者は、国に対してイノベーションを後押しするような施策を求めます。
ですが現実には、今説明したような将来を見据えたかじ取りができない経営者が少なくないのが現実です。そういった経営者は現状維持をよしとし、ビジネスモデルの変革もせずに、減っていく需要を補うため、単価を下げて過当競争を激化させています。
結果として売り上げが伸ばせないのですが、その分を従業員の給料を据え置いたり、労働環境を悪化させるのにもかかわらず非正規雇用を増やすなどして賄おうとします。結局、最終的に割を食うのは労働者なのです。
実際、こういう企業からは、国に対して現状維持のため「需要を増やす」という名目のもと、消費税廃止やバラマキともいえる補助金の拠出を求める声が挙がっています。
時代の変化に果敢に向かって戦う意欲と能力を持った社長の下で働くか、変革が遅れてすでに死に体になって、コスト削減と単価の引き下げしかできない社長の下で働くか、人口減少時代にどちらが賢い選択かは、言わずもがなでしょう。
これまでの日本では、企業側が労働者を評価し、選択するのが当然でした。しかし、そんな時代は終わりを迎えています。
これからの時代、この国で働き続けるのであれば、自分や家族のため、そして国の将来のために、企業に対して厳しい評価の目を向け、現状維持しかできない経営者はどんどん見限るべきです。
(デービッド・アトキンソン : 小西美術工藝社社長)
06/09 05:30
東洋経済オンライン