ワークマン社外役員「YouTuber抜擢」の納得理由

作業服・関連用品の専門店だったが、近年はアウトドアアパレルとして顧客が拡大中(撮影:尾形文繁)

「私、サリーはワークマンの社外取締役に内定しました。更新頻度は下がりますが、今後もキャンプに関する発信や、社外の強みを生かした発信をしていきます」

YouTubeチャンネル「サリーチャンネル」で、約4.4万人の登録者を抱えるサリー氏(本名・濱屋理沙氏)。5月8日に投稿された動画は、いつになくかしこまった雰囲気で始まった。

ほぼ毎週キャンプに出かけるという濱屋氏は、YouTubeやブログなどで、キャンプやアウトドアグッズに関する情報発信を日々行っている人気インフルエンサーだ。6月下旬に開かれる株主総会での承認を経て、ワークマンの社外取締役に就任する。同社によると、インフルエンサーを社外取締役に迎えるのは上場企業で初めてという。

この人事、ワークマン社内では2年前から模索し続けていたものだった。

人気商品の開発にも携わった「ご意見番」

今回の社外取締役人事について、ワークマンの土屋哲雄専務取締役は胸をなで下ろす。

「どこかで数合わせ的な妥協をしないといけないと思っていた。でも、『お飾りで入れます』『東証のルールだから入れます』では、社内に説明がつかない。理想的な人材を見つけられてよかった」

2児の母であるサリーさんは、2017年からブログなどでアウトドア情報を発信してきた(写真:ワークマン)

濱屋氏とワークマンの最初の接点は2019年。ワークマンの溶接工向け作業着がバーベキューやたき火用のアウトドアウェアに最適だと、濱屋氏がブログで発信したところ、同製品の売り切れが相次いだ。

不思議に思ったワークマンの社員がブログの存在を知り、濱屋氏に連絡。そして同社初の「公式アンバサダー」に任命した。

アンバサダーとは、ワークマン製品の愛用者に情報発信や製品開発に対する助言などを行ってもらう制度だ。無報酬だがアンバサダーに認定されれば、ワークマンの展示会に参加したり、新製品を自身のSNS上で優先的に紹介したりできる。

現在、約50人に拡大したアンバサダーの中でも、濱屋氏の影響力はずば抜けている。これまで31種類の商品開発に携わり、前出の溶接工向け作業着を女性でも着やすいデザインなどに変えた「コットンキャンパー」は、累計販売数が40万枚を超える大ヒットを記録した。

衣料品のネット販売事業の運営経験もある濱屋氏は、会社の“ご意見番”として存在感を高めていった。

数年前、ワークマン社内で群馬の廃校を活用したキャンプ場運営の計画が持ち上がった。経営陣も現地視察をするなど前向きだったが、社員が濱屋氏に意見を求めたところ、真っ向から反対。フランチャイズを基本とし、直営ノウハウの乏しい同社にはリスクが大きすぎるとの考えからだった。

冷静な指摘に経営陣らも納得し、結果的に計画は見送りとなった。

社外取締役候補に選ばれたきっかけは「もっと経営に踏み込んで、ワークマンに関わりたい」との思いを募らせた濱屋氏本人からの相談だった。土屋専務が「将来的にアンバサダーを社外取締役にできたら」という構想を持っていることを思い出したという。

実際、土屋専務は2020年末に行った東洋経済の取材でも「引退した加盟店OBやアンバサダーを社外取締役にしたい」と語っている。濱屋氏の申し出を受けたワークマンは、社内で検討を重ねたうえで2022年秋に本人の正式な意思の確認を行い、今回の内定へとこぎ着けた。

「社外取締役ゼロ」に迫られた変革

ワークマンは3年前まで、「社外取締役不要論」を貫いてきた。「(社外取締役がいない上場企業として)最後の1社になるまで置かないつもりだった」(土屋専務)。

2020年の有価証券報告書に記載があるように「社外取締役不要論」を社内外に訴え続けてきた(写真:記者撮影)

2020年の有価証券報告書では、社外取締役ゼロという状況について、次のように正当性を主張している。

「当社は単一事業経営と単体のみのシンプルな経営体制であり、迅速な意思決定機能を維持し、(中略)市場環境の変化にいち早く対応できる現在の体制がもっとも有効である」

ところが時代の波が変革を迫った。2021年の会社法改正により、上場企業は社外取締役の選任が義務づけられたのだ。

そこでワークマンは同年6月、以前から社外監査役(監査等委員会設置会社へと移行した2021年以降は監査等委員)だった弁護士と大手損保出身者を社外取締役に選任。これにより、取締役会を社内取締役4人と社外取締役2人の構成とした。法律やリスク管理などの面で会社に不可欠な専門的知識を持つ人ならば、社員も納得すると判断したためだ。

しかし監査等委員以外の社外取締役をどう選ぶか、という問題は社内で積み残したままだった。取締役の過半数を社外取締役とする企業も増える中、上場企業である以上、さらなる増員を求められるのは時間の問題だ。

同じ衣料品を中心とした小売業でも、ユニクロを展開するファーストリテイリングは、取締役10人のうち6人が社外取締役。「ウーマノミクス」を提唱したことで知られるキャシー・松井氏や大学教授、大和ハウス工業や日本オラクルの元社長など、そうそうたる顔ぶれだ。

一方のワークマンでは、多くの上場企業が選任している学識経験者やプロ経営者などにお願いする考えはさらさらなかった。

理由について、土屋専務は「1つの分野を深掘りしてきた会社だから、『グローバル経験』や『幅広い知見』を持つ人を、と言われてもピンとこない。その会社の方針自体に問題があると言われたら、創業時にさかのぼって自己否定することになる」と語る。社外取締役不要論を貫いてきたのも、そうした考えが根底にあったからだ。

1982年に設立したワークマンは、40年以上にわたって作業服やその関連用品、アウトドアウェアの小売業のみを運営してきた単一セグメントの会社だ。業態こそ「ワークマン女子」などに広げたものの、「しない経営」を掲げて海外出店や事業の多角化とは一線を置いている。

お飾りの社外取締役は要らない

社風も“純血主義”を徹底する。M&Aを実施したことはなく、外部からの幹部登用も行わない。社外取締役を迎えるなら、作業服やアウトドアウェアへの知見があり、社員にとっても遠くない存在である必要があった。具体的な候補者の選定が進まない中、濱屋氏からの申し出は渡りに船だった。

濱屋氏は社外取締役に選任後、アウトドアウェアや女性用商品の開発のほか、会社情報のネット発信などに対する助言を行ってもらう予定だ。アンバサダーではなくなるものの、インフルエンサーとしての活動は続ける。

土屋専務は「アメリカの基準を押しつけて数だけ揃えても、お飾り化しては意味がない。大物の社外取締役が多いと日程調整に苦しんで、緊急の役員会も開きにくい。サリーさんはご意見番として実績もあり、実体のある社外取締役となるはず」と期待を寄せる。

ワークマンが熟考の末にたどりついた奇抜人事。その影響は、新たな社外取締役の役割として広がるかもしれない。

(真城 愛弓 : 東洋経済 記者)

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