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ダイハツ不正で考えたい「安全に関わる人」の問題

今回の認証不正の対象となったタイなどで生産されるトヨタ「ヤリス・エイティブ」(写真:トヨタ自動車)

「クルマの安全性」について、消費者の意識が高まる出来事が起きた。ダイハツによる側面衝突試験での認証不正だ。

「この度のダイハツ工業の不正は、クルマにとって最も大切な安全性に関わる問題であり、お客様の信頼を裏切る、絶対にあってはならない行為だと思っております」

トヨタ自動車の豊田章男会長は2023年4月28日の午後7時半過ぎ、トヨタのオウンドメディア「トヨタイムズ」で「ダイハツ工業の側面衝突試験での不正行為判明」に関して、そうコメントした。

当該不正について、本稿執筆時点でダイハツおよびトヨタが公表した情報では、側面衝突試験の認証で用いた車両の前席ドア内張り部分(ドアトリム)の内部に「スリットを入れる加工を施した」と説明されている。

対象車種はダイハツが開発を行い、トヨタブランド等でも販売される3車種と、開発中の1車種。ドアトリムに不正な加工を施すことで、衝突後に「シャープエッジ(鋭い形状)にならないようにした疑いがある」(ダイハツ工業・奥平総一郎社長)という。

ドアトリムを含むヤリス・エイティブのインテリア(写真:トヨタ自動車)

つまり、ドアトリムの“壊れ方”を意図的に操作し、最初から割れやすくすることで、破片が鋭い形状にならないようにしたというわけ。それにより、法規で定められている乗員に対する安全性を確保できるという解釈だ。

本当に“必要な不正”だったのか?

だが、この不正に対して疑問を呈す声もある。このような加工をしなくても認証を得るに十分な結果が出ることを、不正に関する内部通報後にダイハツ社内で行った検証により確認できているというのだ。

そのため、記者会見に参加したダイハツの技術関連部門の幹部、そしてこれまで技術畑を歩んできたトヨタの佐藤恒治社長は、それぞれの会見の中で「なぜ、不正にまでおよぶ必要があったのか疑問だ」とエンジニアの視点で語っている。

担当者が個人的な判断で不正を行ったのか。それとも先に発覚した日野自動車のエンジン認証不正のような企業風土の問題なのか。

今回の不正に関して、ダイハツが設立した第三者委員会が詳細な調査報告を行うとしており、その経過を継続的にウォッチしていきたい。

繰り返すが、豊田章男トヨタ会長が改めて指摘したように「クルマにとって最も大切なこと=安全性」である。そうした安全性(安全性能)を確保するため、自動車メーカー各社は研究開発を続けている。では、具体的に「クルマの安全性能」とは何だろうか。そこには、大きく2つの領域がある。

1つは今回の認証不正で話題となった、衝突したあとに乗員を守る「衝突安全性能」。車体やインテリアの構造の最適化のほか、エアバッグなどの装備・機構がある。

現代のクルマでは、エアバッグは運転席/助手席に加え側面などにも設置される(写真:VOLVO CARS)

もう1つが、「予防安全性能」だ。衝突する危険性がある場合に回避、あるいは衝突被害を軽減するものである。

具体的には、いわゆる自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ)やアクセルとブレーキの踏み間違い防止装置など、各種センサーや制御装置を使った機能を指す。自動車メーカーが近年、ほぼすべての車種で標準装備しているものだ。

そのうち、衝突安全性能の評価については、実際に試験車を規定の方法で障害物に衝突させたり、移動する物体を試験車に衝突させたりして、乗員に対するダメージを測る。乗員へのダメージは、ダミー人形に仕込んだ各種センサーによりデータを収集して推定する方式だ。

衝突試験に使用されたダミー人形(写真:VOLVO CARS)

評価試験にも2つの種類がある

そうした衝突安全性能を消費者がイメージしやすくするため、クルマが激しくぶつかる試験の模様が紹介されることがある。ネットやテレビのニュース、また自動車メーカーのホームページなどで見たことがある人もいるだろう。

こうした衝突試験には、今回のダイハツの件のように自動車メーカーが自社の施設内で行うものと、第三機関が自動車アセスメントにもとづき試験を行うものがある。

自社試験と第三者機関による試験があることやこの2つの試験の違いについて、多くの消費者は認識していないのではないだろうか。ご存じの方もいると思うが、改めて自動車アセスメントについて説明する。
 
自動車アセスメントとは、第三者機関が新車を独自に購入、または自動車メーカーがアセスメント(客観的な評価)を求めて試験車両を第三者機関に提供して、衝突安全と予防安全に関する各種試験を行い、その結果を一般向けに公表する仕組み。NCAP(ニュー・カー・アセスメント・プログラム、通称:エヌキャップ)という。

ヨーロッパ、アメリカ、中国などにNCAPがあり、日本では独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)が、JNCAP(ジェー・エヌキャップ)と呼ばれる試験を実施している。

JNCAPの衝突安全性能は、100点満点で点数がつけられ、点数によってA~Eまでの5ランクに、また予防安全性能では91点満点で5ランクに振り分けられ、衝突安全性能と予防安全性能の総合得点よって★から★★★★★までの5段階で評価する。

一旦まとめておくと、ダイハツで認証不正があったのは、新車の製造販売をするにあたり、国の機関が定める規定をクリアするための試験。

NCAPやJNCAPによる試験は、実際に販売されている車種の安全性能レベルを消費者に知らせるための試験である点で、大きく異なる。また、自動車メーカーにさらなる技術開発が必要であることを自覚してもらうため、という側面もある。

アメリカが主導した「ESV=実験安全車」

こうした衝突安全性能や予防安全性能は、日頃あまり表に出てこない技術領域であるため、消費者はもとより自動車産業界を定常的に取材する報道陣でも、最新技術の詳細やグローバルでの技術動向を総括的に確認することは難しい。

そうした中で貴重な機会となったのが、日本では20年ぶりの開催となった、第27回ESV国際会議(2023年4月3~6日、於:パシフィコ横浜)だ。

ESVは、「エクスぺリメンタル・セーフティ・ヴィークル=実験安全車)」のことで、1970年2月にアメリカ運輸省が提唱した開発計画だ。日本政府は、同年10月にEVS開発に関してアメリカ政府と覚書をかわしている。

1972年の東京モーターショーにトヨタが出展した「ESV-II」(写真:トヨタ自動車)

当時の日本は高度経済成長期の真っ只中で、乗用車の普及が一気に進み、排ガスによる大気汚染や交通事故の増加が社会問題となっており、ESV開発は自動車メーカー各社によっても急務であった。これを契機に、車体構造の見直しやエアバッグといった安全装備の導入など、衝突安全性能が進化していく。

一方、2010年代になると、カメラによる画像認識技術や演算能力の高い半導体の量産効果によるコスト削減などがあり、予防安全性能の新しい量産技術が続々と登場した。

最近では、ADAS(アドバンスト・ドライバー・アシスタンス・システム=先進運転支援システム)と呼ばれる技術領域のことだ。また、ADASの発展した形として、自動運転の技術革新も進んでいる。

進化する安全性能を評価するため、世界の国や地域で自動車アセスメントの内容が拡充されてきたといえるだろう。

第27回ESV国際会議では、全体講演や各領域での個別協議のほか、自動車メーカー、自動車部品メーカー、そして各種研究機関などが最新技術を展示した。

その中で印象深かったのが、アメリカ運輸省道路交通安全局(NHTSA)の幹部が、「ピープル・ファースト=人中心」を基本として、交通全体や道路・街のデザインを考える必要性を強調したことだ。

ここでの「人」とは、クルマの運転者、自転車の利用者、歩行者などの交通参加者としての消費者、メーカーなどの技術者や研究者、そして行政に携わる関係者等を意味する。世界の中でももっとも高齢化が進む日本という国に、高齢社会におけるクルマや交通のあり方を議論する場として世界の注目が集まっていることを再認識した。

また技術面では、自動車メーカー各社の関係者と意見交換する中で、クルマ同士(V2V)、クルマとインフラ(V2I)、そしてクルマと歩行者(V2P)という、通信による情報のやり取りを的確に行うための、V2X(クルマとさまざまなもの)プラットフォームの早期実現が必要だとも強く感じた。


V2Iの例。災害時、車両等より収集した情報に基づき通行実績情報を提供する「通れた道マップ」(写真:トヨタ自動車)

こうしたプラットフォームが、予防安全性能をさらに高めていくために必須であることは、自動車産業界に関わる人の共通認識である。だが、この分野に関しては、メーカーまたは国による主導権争いも見え隠れしており、日本国内での技術連携、そして国際基準化にはまだハードルが高い印象があるのも事実だ。

さまざまな最新V2X技術を展示したホンダのエンジニアも、「自社技術としてはかなり高いレベルになっているが、課題は理想的な(V2X)プラットフォームをいつ・誰が・どのように取りまとめるかだ」と指摘する。こうした業界内での意見調整も、また国際基準化についても、協議するのは「人」だ。

「クルマの安全性」は「人の問題」である

第27回ESV国際会議の取材の約3週間後、ダイハツの認証不正が明るみに出た。

ダイハツとトヨタの記者会見にオンラインで参加しながら、衝突安全性能と予防安全性能という技術はあくまでもツールであり、「クルマの安全性」で最も重要なのは、運転する消費者の交通安全に対する意識、国や地域による「人中心の社会」を目指すための協議、そして消費者の信頼を裏切らないクルマづくりに携わる人たちの誠意だということを再認識した。

至極当然な見解だと思うが、「クルマの安全性」は「人の問題」なのである。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)

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