名物記者が指摘「鉄道車両見れば経営状態バレる」

3月18日の供用開始を前に一足早い16日に報道公開された大阪駅うめきたエリアの「顔認証改札機」を取材する日経ビジネスの佐藤嘉彦記者(右)と東洋経済の大坂直樹記者(左)(編集部撮影)
日頃はライバル関係にある『日経ビジネス』と『東洋経済』による異例のコラボが実現――。日頃の鉄道現場の取材を通して何を感じているのか、どのような鉄道業界の未来像を描いているのかについて日経ビジネスの佐藤嘉彦記者に質問した。(聞き手:大坂直樹記者)

もがき、苦しむ鉄道の現場を取材し続けた

――『週刊東洋経済』の鉄道特集は2008年4月から始まりましたが、『日経ビジネス』はそれよりも早い2007年7月に第2特集で「世界を走る『日の丸鉄道』」という特集をやっていますね。メーカーの鉄道車両輸出に焦点を当てた、経済誌ならではの内容です。

東洋経済さんが巻頭特集で鉄道を取り上げられた衝撃が強すぎたのか、先に取り上げたことをすっかり忘れていました(苦笑)。まあ、第2特集なので東洋経済さんほど充実した内容ではなかったですが。その3カ月後には同じメンバーで「脱『日の丸ジェット』の覚悟」という第2特集もやっていて、そちらもものづくりの話。そういった切り口はありますが、日経ビジネスで鉄道会社の特集はあまりやってこなかったように思います。

――佐藤さんは最近『鉄道会社サバイバル』(日経BP)という本を著しましたね。

ちょうどコロナ禍になった2020年4月に別の媒体から日経ビジネス編集部に約10年ぶりに戻ってきました。当時の編集長に「どの業界に興味があるか」と聞かれたので「前の媒体でよく記事を書いていた通信業界と、個人的に好きな鉄道業界を担当したいです」と手を挙げたら運良くどちらも希望が通りました。10年前は本誌に書くだけでよかったのですが、いまは日経ビジネス電子版というウェブ媒体にも書かないといけない。通信か鉄道かどちらかは定期的に書け、と言うので、「佐藤嘉彦が読む鉄道の進路」というコラムを作りまして、月に1~2回、多いときには毎週のように記事を出していきました。それをまとめたのがこの本です。つまり、コロナ禍という未曾有の変化に直面し、もがき、苦しむ鉄道の現場を2年半取材し続けたルポルタージュですね。鉄道が担う公共交通という役割を残し、守ろうと奮闘する現場の人々の思いを感じ取っていただければ幸いです。

――佐藤さんは鉄道がかなりお好きですよね。新型車両の報道公開などでの佐藤さんの突っ込んだ取材ぶりに、鉄道への愛を感じます(笑)。

佐藤嘉彦(さとう よしひこ)/1980年生まれ。2005年に日経BPに入社。2008年まで「日経ビジネス」にて白物家電、自動車、飲料業界や遊軍を担当。2009年から「日経トレンディ」、2019年から「日経クロストレンド」を経て、2020年4月に再び「日経ビジネス」記者。小売りと鉄道、運輸、観光・レジャー業界を担当する

小学校、いや、幼稚園の頃から鉄道が好きでした。就職のときは「四六時中、鉄道と接していられる鉄道会社に就職したら幸せだろう」とも考えたほどです。でも、自分の大好きな古い車両を引退させざるをえないときに、冷静な判断ができないかもしれないというわけで、最終的には鉄道業界ではなく、出版社への就職を決めました。でも、鉄道というテーマで話が進んでいるのですごく言いづらいのですが、実を言うと鉄道よりもバスのほうが好き。

――えっ、そうだったんですか。

鉄道もバスもどちらも好きですが、どっちが好きですかと聞かれたらバスのほうが好きです。

――バスのどういうところが好きなのですか。

鉄道はオーダーメイドで造られるので基本的に会社によって車両が違いますよね。でもバスはレディメイド、しかもメーカーは今は日本に2社しかないので、事業者はそのどちらかを購入するしかない。その中で、いすの色や形が違っていたり、ドアの位置が違ったりしていて、その細かい違いが楽しい。また、バス業界は鉄道と違って新規参入しやすい。だから新しいものがどんどん出てくる。そういう意味でも面白い。

収支については意識的に考える

――鉄道に話を戻します(笑)。経済誌が鉄道を特集するということについてどう考えますか。鉄道を廃止すると寂しい、乗る人が少しでもいたら残すべきだという見方もありますが、経済的な側面から見ればほかの交通モードに置き換えるほうが、効率的だし利便性も高まります。

ビジネスパーソンの人はそうした考え方に共感してくれると思います。以前にコラムで観光列車を取り上げたときに、「その観光列車は儲かっているのかちゃんと調べたのか」という読者からの書き込みがありました。確かにそれはそうだよなと思って、その後は意識的に収支について考えるようにしています。JR九州の肥薩線などを見ていると、観光列車を走らせて、それなりに人は乗っていたけど実際は大赤字だったわけで。車両の製造費や客室乗務員の人件費など多額のお金をかけてもそこから得られる収入は限られる。だから鉄道好きの人や利用者から見ると鉄道は残すべきだとなりますが、経営の視点ではもっとシビアに見なくてはいけない。

――JR九州は株式を上場したことで、それまで利用者や社員、取引先くらいだったステークホルダーが増えて、ファンドのような短期的な利益を追求する株主にも広がってしまいました。

株式上場は鉄道事業にはあまり合わないんですかね。でも、鉄道株はコロナ禍前は利益率で10%くらいはあったので、安定銘柄ではあったのですが、コロナで赤字になってしまった。

――ほかの業界なら売り上げが減ったらその分費用を減らせばいいとなるけど、鉄道会社は費用を簡単に減らせない。売り上げの減少が利益の減少に直結してしまいます。

そうなると設備の更新もできなくなる。車両の新しさを見れば、一発で経営状態がばれちゃいますよね。合理的に考えれば、新しい車両にしたほうが性能もいいし、メンテナンスコストも安く済みます。まさに、鉄道好きの理想と合理性は真逆のところにあるので。われわれも報じるときにそのギャップをどう埋めるかということをつねに考えます。

非鉄道事業を見れるのが強み

――もしかしたら鉄道ファンって、鉄道会社の不合理な部分に引かれているんじゃないか思いました。

対談中の様子(写真:山中浩之)

それはありますよね。時代遅れになった旧型車両に熱烈なファンがいたりしますが、そういうファンへの客寄せを除けば、古い車両をわざわざとっておく合理性ってないですから。鉄道会社の経営状態は、車両の新しさを見ればわかりますよ。

――大手の鉄道会社は不動産や流通といった鉄道以外の事業も手掛けていますよね。

鉄道のことだけ知っていても鉄道会社ってわからなくて、取材する側がいろいろな知識を持っていないと難しい。不動産もあるし、流通もあるし、それこそ運輸事業でも鉄道以外にバスなんかも持っていますし。いろいろな業態がそこに入っているからまさにコングロマリット。そこをカバーできるのも経済誌の強みですね。

――鉄道趣味誌が西武の車両を特集することがあっても、「プリンスホテル」を特集することは、まあないでしょうね。

だから、経済誌の記者としてある程度いろいろな業界を見てきてから担当すると、鉄道だけを見ている媒体とは、ちょっと違った見方ができると思います。

経済誌ならではの強みとは?

――経済誌とすれば株主とか経営的な立ち位置のほうが断然書きやすいと思いますが、どうですか。

いちばんお客さんに向き合っている現場の人の視点で書きたいですね。冷徹なことを書こうと思ったら経営者の立場で書くのがいちばんいいのですが、現場で頑張っている人を応援したいし、そこで働いている人が「少しは自分たちのことをわかってくれているな」と思ってくれる記事を書くことが、結果的にちょっと行き過ぎたことをストップすることにもつながるかもしれないし、それがお客さんのためにもなる。あとは、鉄道会社の論議だけでなく、社会全体の視点やほかの業界ではどうやっているのかといった視点を入れることができるのも経済誌の強みだと思います。

鉄道ファンや実際に利用している人の視点では鉄道は残さなきゃいけないということになりますが、一方で、経営の視点で見たときには、やっぱりもっとシビアに見なきゃいけない。それはやっぱり東洋経済さんなり日経ビジネスの役目として、忘れちゃいけない視点かなと思っています。

日経ビジネス電子版では佐藤記者が大坂記者にさまざまな質問をしています。こちらもぜひお読みください。

(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)

ジャンルで探す