総合商社が「国内回帰」を鮮明にする真の事情

『シン・総合商社』特集バナー

洋上風力発電や空飛ぶクルマなど新ビジネスに照準。5大商社が国内投資の姿勢を鮮明にしている

世界でビジネスを展開する総合商社が今、国内市場に熱い視線を注いでいる。

三菱商事は2022年11月、秋田支店(秋田県)と銚子支店(千葉県)を開設した。同社にとって、実に35年ぶりの国内新規支店である。1980年代には70近くあった国内拠点は再編を続け、7支社4支店に集約されていた。

両支店ともに洋上風力事業の拠点としての機能に加え、地域振興の事業化を進めていくうえでの戦略的機能を持つ。

3月20日(月)発売の『週刊東洋経済』では、「シン・総合商社」を特集。空前の好決算に沸く総合商社がなぜ国内投資に転換をしているのか。その最前線を追うとともに、5大商社のトップインタビューを本誌独占で掲載している。

丸紅、三井物産も国内投資に熱視線

週刊東洋経済 2023年3/25号[雑誌](シン・総合商社)

国内に熱い視線を注ぐのは三菱商事だけではない。丸紅の柿木真澄社長は「国内は飽和している市場なのかと、もう一度よく見てみると意外とそうでもない。日本のビジネスは宝の山だ」と話す。

丸紅は2020年4月に国内統括(国内市場担当役員)を置き、国内事業推進課を新設した。7人のメンバーが各営業部門の国内事業の調整役を担うほか、2~3カ月に一度はチームミーティングを開いて新しい国内事業の立ち上げを議論する。

女性の健康を支援するフェムテック(女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決するツール)を事業化したり、社員を地方銀行に派遣して地元産品の海外販売事業を支援したりするなどの取り組みを進める。

三井物産も2020年10月、関西支社に国内事業開発室を新設し、関西で空飛ぶクルマの空域管理、高速道路でのトラック自動運転のプロジェクトなどに携わる。「国内は産業構造が大きな変革期にある。ビジネスのアウトソース化がますます進んでいく」と、三井物産の堀健一社長は見る。

三井物産は今年2月には、約700億円を投じて国内給食大手のエームサービスを完全子会社化することを発表した。そこから派生するオフィスの「空間づくり」事業も、次の中期経営計画の中で進めていく。

少子高齢化、過疎化、人手不足などの課題が山積する日本市場に、なぜいま商社が投資を振り向けているのか。その理由は、資源高騰の宴の先を各社がすでに見据え始めていることにある。

総合商社は目下、資源市況の高騰を追い風に空前の好決算を謳歌している。三菱商事は今年2月、今2023年3月期の純利益が1兆1500億円となる見通しを発表した。従来計画では1兆0300億円になるとしていたが、製鉄用の原料炭価格などが想定より高く推移したことが効いた。

史上初の「純利益1兆円」超え

三井物産も鉄鉱石、LNG(液化天然ガス)市況が吹き上げ、2023年3月期は1兆0800億円の純利益を見込む。三菱商事、三井物産にとって過去最高純利益だが、商社全体を見ても純利益が1兆円の大台に乗るのは史上初だ。

足元では好決算に沸く総合商社にとって、課題となるのは次なる成長に向けた投資先だ。資源高で潤沢なキャッシュを得ているものの、各社とも大型投資ではなく、配当の上積みや自社株買いなどの株主還元へ振り向けている。野村證券の成田康浩アナリストは「(商社業界では)投資マネーはリスクが相対的に低く見えるところに向かいがちになっている」と指摘する。

現在、商社の悩みの種となっているのは海外の地政学リスクだ。

「あの案件だけは絶対に通せなかった」と、ある商社首脳が明かすのは台湾の洋上風力発電プロジェクト。2010年代後半に権益出資の話が浮上し日本の大手電力会社などがこれに飛びついたが、この商社はトップ判断で参画を見送った。台湾海峡の地政学リスクを読み切れないと判断したためだ。

それから数年が経ち、米中対立の激化やロシアによるウクライナ侵攻などで海外の大型投資案件の事業リスクは確実に上昇している。

三井物産と三菱商事が出資するロシアのLNG開発プロジェクト「サハリン2」では、事実上の運営主体である英シェルが2022年2月のウクライナ侵攻後に撤退。プーチン大統領が署名した大統領令によりロシア法人に事業が移管され、事業をいつまで継続できるか依然不透明な状況にある。

ミャンマーの国営通信事業に参画する住友商事は、2021年のクーデターを受けて国軍の通信監視手段や資金源になっているとの批判にさらされた。丸紅が2013年に買収したアメリカ穀物大手のガビロンは、業績不振に加え米中貿易摩擦のあおりも受け、2022年10月にカナダの企業へ売却された。

地政学や為替のリスクがない日本

これまで商社が海外で収益を上げる「三種の神器」といえば、新興国、資源、インフラだった。が、資源事業は脱炭素の潮流にあらがえず、新興国で展開していた石炭火力発電や石炭権益は近年、相次ぎ撤退に追いやられた。安定的に稼げるインフラ事業も足元で円安やインフレが進行する中、商社は海外への投資を手控えている。

一方、地政学や為替のリスクがない日本は「相対的に割安感もあり、消去法的に商社の投資資金が向かいやすい状況だ」(野村証券の成田氏)。

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国内事業で一歩先を行くのは、伊藤忠商事だ。ファミリーマートを中心にマーケットインの発想で国内市場を深耕しており、他の大手総合商社よりも全体の純利益に占める内需関連比率が高い。

伊藤忠の岡藤正広会長は「『灯台下暗し』ではないが、こんなビジネスチャンスがあったのか、と。日本のいいところは法制度がしっかりしているところで、ビジネスはやりやすい」と言う。

ここ数年、伊藤忠はアクティビスト(物言う株主)に狙われた西松建設や、日立製作所との親子上場の解消を目指してきた日立建機といった国内異業種の企業へ相次ぎ出資・提携してきた。伊藤忠はホワイトナイトのような形になったが、これはさらなる大きな魚を呼び込むためのまき餌だとの見方もある。

楽天グループへの出資の噂も

業界関係者の間では「次はモバイル事業で窮地に陥っている楽天グループに伊藤忠が出資する」との観測まで飛び交う。

足元でこそ新規プロジェクトの立ち上げや既存投資先への追加出資などが目立つ国内事業。資源バブルの宴が終焉したとき、各社の序列を決定づけるのは国内投資の成否となるかもしれない。

日本のどこに可能性を見出し、どんなビジネスを堀り起こそうとしているのか。商社の「次の一手」に耳目が集まる。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)
(秦 卓弥 : 東洋経済 記者)

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