AIに負ける物書きと「利用して勝つ人」を分ける差
ChatGPTは、脅威だとは思わなかった
2月22日に、マイクロソフトの検索エンジンBing(ビング)に新しい機能が搭載された。人間が出す指示に応じて、AIが文章を書いてくれる。この技術は、「対話型生成系AI技術」と呼ばれる。
私はこれにかなりショックを受けている。なぜなら、AIが私の仕事を奪う可能性が、現実味を増したと感じるからだ。
この背景を述べよう。
昨年12月にChatGPTという対話型生成系AIのツールが公開された。文章を書く作業が自動的に行えるようになり、大きな反響を呼んだ。世界中で利用者が急増し、2カ月で1億人になったといわれる。
これを用いて書かれた本がアマゾンのキンドルストアに現れた。ロイターが伝えたところでは、著者もしくは共著者にChatGPTの記載がある電子書籍が、2月半ば時点で200冊を超えた。ChatGPTを利用したことを開示していない著者が多いため、AIを使って書かれた本は、もっと多いと見られている。
ただし、私は、これにはショックを受けなかった。
その理由は、ChatGPTが出力する文章には、往々にして、事実に反する内容があるからだ。
小説(とくにSF、ファンタジー、童話)の場合には、事実に反することが書いてあっても、問題はない。犬が人間の言葉を話しても、一向に構わない。だから、ChatGPTが出力した文章をそのまま公開しても、問題は起こらない。
ところが、私が書いているのは小説ではなく、論述文だ。したがって事実に反することは書けない。
例えば、「政府が打ち出した**の政策は適切なものではない」と書いたが、実際にそのような政策は存在しないとしたら、 アウトだ。誤った事実をそのまま書いたら、命取りになる。
ところが、ChatGPTが出力する文章には原典が示されていないので、事実なのかどうかを確かめるすべがない。確認するためには別途調べる必要があり、これにはかなりの手間を要する。
だから、ChatGPTで書けるのは小説(とくにSF)に限られ、論述文は難しいと考えていた。
アメリカの大学では、ChatGPTを用いて書いたレポートが急増していると伝えられているのだが、対処の仕方はあると考えている。レポートの出題者が、「事実を例示して述べよ」と制約をかけておけばよいのだ。
そうすれば、ChatGPTが作った文章をそのまま提出するのは、きわめて危険なことになるだろう。
Bingショック
ところが、Bingは違う。文章を書くためにウェブサイトを検索しており、出所を明記している。だから、書いてある内容が事実かどうかは、そのサイトを見ればチェックできる。あるいは、「**によれば」と書いておけばよい。
だから、私がカバーしている領域にも、AIが書いた文章が大量に出てくる可能性がある。
ChatGPTの場合もBingの場合も、質問を何度も繰り返すことによって、生成される文章の内容を望む内容に近づけていくことができる。
しかも、内容について、「批判的な立場から書いてほしい」とか、「賛同する立場から書いてほしい」というような注文を付けることも可能だ。
そうすれば、最終的な出力物を自分の著作物として発表することもできるだろう(ウェブ記事を引用している箇所は、それを明記すれば、著作権上の問題もクリアできるだろう)。
現在は、1つのテーマに関して繰り返しを行える回数は6回までとされているので、あまり推敲はできない。ただし、この回数は、将来、増やされる可能性がある。
Bingが参照の対象としているのは、現在はウェブサイトだが、これを拡張していくことは十分可能だ。専門的な文献を機械学習することが今後行われるだろう。すると、Bingが書ける文章の範囲は、いまよりずっと広がることになる。
日本経済新聞社が主催する文学賞「星新一賞」で、2022年には、AIを利用して作られた作品が114編あった(2023年は、32編)。そして、AIを使って執筆された小説が入選した。
このとき、大きな驚きをもってニュースを見ていたが、対岸の火事だと思っていた。しかし、わずか半年の間に、火はすぐ近くまで迫ってきた。
AIが私の仕事を奪っていくという悪夢が、現実のものとなるかもしれない。
「良い質問」が決定的に重要に
ただし、私は、私の仕事がなくなってしまうとは考えていない。
なぜなら、AIだけで文章を書ける訳ではないからだ。
AIは人間の指示に基づいて文章を書く。そして、出力される文章の出来栄えは、指示が適切か否かによって決まる。
だから、文章を書く能力は、どのようなテーマを見出し、それに関してAIにどれだけ「良い質問」をできるかという能力になる。
つまり、人間が行うべき仕事の内容が変わるのであって、それが不要になるわけではない。
昨年の夏ごろから、AIが絵画を制作し始めた。作品の出来栄えは、人間がいかなる指示を出すかによって変わる。
このため、制作作業の内容は、絵筆をふるうことでなく、AIに適切な指示を出すことになる。絵画を作るために必要とされる能力は、去年の夏ごろから急激に変化しつつあるのだ。
これと同じことが、文章の作成についても起こるだろう。
AIとの会話を通じて、新しいアイデアを得る
人間が行う仕事の内容が変わるだけではない。うまく使えば、これまでより大きな成果を得ることが可能になるかもしれない。
実際、以上で述べたことの応用対象は、文章を書くことだけではない。こうしたプロセスを通じて、新しいアイデアを得ることが考えられる。
そこで、実験を開始した。
手始めに、「読んでない新聞が山のようになって苦労しています。解決策はないでしょうか?」と質問してみた。最初は常識的な答えしか返ってこなかったのだが、何回か対話を繰り返すうちに、「電子クリッピングサービス」という手段があることを教えてくれた。
もっとも、この方法よりは、私がいま行っている方法のほうが効率的なので、実用にはならなかったのだが、いままで知らなかった方法を、比較的簡単に知ることができるとわかった。
ビジネスモデル開発といった問題でも、うまい質問をすることによって、新しいアイデアを引き出すことができるかもしれない。
これからのアイデア創出活動の核心は、AIに向かってどのような質問をするかになっていくだろう。
(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)
03/19 08:00
東洋経済オンライン