「米国株は今後も堅調」と決めつけるのは危険だ
アメリカ株の市場が堅調な値動きを見せている。代表的なS&P500種指数は昨年10〜12月の企業決算をこなしてジリ高となり、同12月を超えて上昇している(2月1日現在)。焦点とされていた企業決算はまちまちで、同10〜12月の企業利益は前年比で減少しているが、ほぼ想定内と受け止められている。
2月1日のFOMC(連邦公開市場委員会)は、事前の予想どおり0.25%の利上げが行われた。ジェローム・パウエル議長の会見の受け答えの中で、「ディスインフレが始まりつつある」などの発言がハト派的に受け止められ、株式市場は株高で反応したとみられる。議長の発言からは、今後のデータ次第ではあるが、さらなる2回程度の利上げが念頭に置かれているとみられる。筆者自身は、追加利上げはあと1回にとどまる可能性も十分にあると考える。
一方、アメリカ経済の大幅な悪化が回避されるとの期待も浮上している。さらに、エネルギー価格の高騰に喘いでいた欧州経済への警戒が和らぎ、ゼロコロナ政策を転換させた中国経済が復調する動きとも相まって、欧州株や中国株が年初から大幅高となっている。欧州や中国の株高も、1月のアメリカ株高に相応に影響したとみられる。
欧州経済は「持続的に回復」とまでは言えず
ただ、欧州経済が予想外に堅調なのは、昨年12月までの暖冬でエネルギー不足が深刻化していないことが主要因である。想定外の幸運がもたらしたわけで、欧州経済が持続的に回復するとまでは言いがたい。また、コロナ政策の転換で中国経済は復調するとしても、アメリカの経済に及ぼす影響は軽微にとどまるだろう。ヨーロッパなどの株高が、アメリカ株高をもたらす構図は続かないとみられる。
アメリカ経済をみると、1月26日に発表された10〜12月期GDP成長率が高い伸び(前期比年率+2.9%)となったことが、株式市場で好感される場面があった。
ただ、これは在庫投資などによって上振れした結果でもあり、個人消費など国内総需要の伸びは低いままである。11〜12月分の個人消費は減少しており、1〜3月期GDPはマイナス成長に転じるリスクはかなり高い。これまでのFRBの利上げによる金融引き締め効果が、個人消費に及び始めており、経済減速が軽微にとどまるとの見方は楽観的にみえる。
確かに、2022年に許容範囲を大きく上回った高インフレについては、同年10月から伸びが落ち着いてきた。労働需給の逼迫に起因する賃金加速も同様に和らぐ兆しがあることはよい兆候だ。
ただ、2%インフレへの回帰をもたらすほどに、賃金・インフレが十分減速するには相応に時間がかかるだろう。
今後、アメリカ経済の減速が大きくならずに賃金が急ピッチに低下するのが「ベスト」の展開である。だが「経済活動の失速を経て賃金が低下する」、というのが蓋然性が高いシナリオではないか。
もしそのシナリオであれば、今は緩やかに下方修正されているアナリストによる企業業績の想定は、今後大きく低下する可能性があると筆者は慎重に考えている。先述したとおり、FRBの利上げ打ち止めが近づいているとしても、それだけでアメリカ株市場が持続的に上昇するとは限らない。
アメリカと日本の賃金上昇率はまったく異なる
これまで述べてきたように、アメリカでは2022年に上昇しすぎた賃金が、これからどの程度抑制されるかが、株式市場の動向に大きく影響する。
ところで、日本でも賃金の動向が注目されているが、低い賃金が本格的に上昇するかどうかが問題なままである。
アメリカやイギリスでは、賃金がインフレを高めるまで上昇したが、日本ではまったく異なる。具体的には、2022年後半のアメリカの賃金指数(アトランタ連銀算出)は前年比+6%台だが、同時期の日本の賃金(所定内給与)は前年比+1%台前半である。
日本でも、企業による賃上げの動きが報じられており、今年の春闘賃上げ率(定期昇給を含む)は3%前後まで高まるとみられる。もし、これが起きれば、1990年代半ば以来の大きな変化である。金融緩和の刺激効果がようやく賃金まで波及する前向きな動きだが、「2%インフレの安定的な実現」を確実にするほどの賃金上昇には至らないのではないか。
海外中銀は大幅な利上げを行い、日本でもエネルギーや食料品を含めたインフレ率では「40年ぶりの物価高」となり、これらを理由に「日本銀行の金融緩和は限界にある」などとメディアで言われている。ただ、サービス価格や賃金上昇率の状況がまったく異なるのだから、海外中銀と日銀の対応が異なるのは当然だろう。
現在、岸田政権は「物価高を上回る賃金上昇」を目指している。これを後押しする対応がいくつか挙げられているが、賃上げと幅広いサービス価格上昇を伴いながら2%インフレを実現させるまで、金融緩和を徹底するのは大前提になるだろう。仮に、日銀の次期執行部の対応が大きく変われば、岸田政権が目指す賃上げ実現は、かなり難しくなるだろうと筆者は考えている。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
(村上 尚己 : エコノミスト)
02/02 19:00
東洋経済オンライン