コロナ禍の海外旅行、治安良く物価安い国を選べ
コロナ禍によって日本帰国時、現地でのPCR検査が必要であったが、2022年9月から3回のワクチン接種によってPCR検査が免除されるに至った。これは実質的な海外旅行解禁ともなるので、筆者も2年6カ月振りに海外へ出てみた。2年以上のブランクがあるので、手強そうな国は避け、治安のいい国ランキングなどにも顔を出すスロベニアへ渡航してみた。スロベニアは日本の四国ほどの面積、人口はたった200万人の小国である。
スロベニアは旧ユーゴスラビア連邦で唯一通貨がユーロの国、ユーロ圏ではもっとも物価が安い国ともいわれている。円安の今、「物価が安い国」というのも渡航先の条件として重要である。
航空券はアテネを拠点にし、往路は成田―シンガポール―アテネ(LCCのスクート)、復路はアテネ―アブダビ―成田(エティハド航空)と飛び、アテネとスロベニアの首都リュブリャナ間はセルビアのベオグラード乗り継ぎで往復した(エア・セルビア)。航空券は総額16万7034円(2022年9月30日出発)、航空券検索サイトで探し、もっとも安かったものを購入したのである。決して安くはないが、円安の現在はこれでもリーズナブルなほうではなかったかと思う。
特急券450円で無料のコーヒーサービス
私はスロベニアのほぼ中央に位置する首都リュブリャナに宿泊し、そこから日帰りで鉄道の旅などを楽しむことにした。
鉄道の旅1日目はリュブリャナから156km離れたスロベニア第2の都市マリボルを往復した。リュブリャナ―マリボル間にはイタリア製振子電車の特急が走っていて、運賃9.6ユーロ+特急券3ユーロ。156kmというと、日本のJR主要3社の幹線だと運賃2640円なので、円安の現在で比較してもスロベニアの鉄道運賃はかなり安い。加えて特急券も3ユーロとリーズナブル。しかも特急列車では無料のコーヒーが振る舞われた。普段、サービス低下が著しいJRを利用している感覚からすると、カルチャーショックに似たものを感じてしまう。
マリボルからの帰路はローカル線と国際列車を乗り継いでみた。運賃は9.6ユーロ。ローカル線はガラガラだったが、途中の主要駅から地元高校生がどっと乗り込んできて、日本と状況が酷似していた。
国際列車はお隣のクロアチアのヴィンコヴチからザグレブを経由し、オーストリアのフィラッハへ向かう列車で、山間のローカルな駅からリュブリャナまで利用した。国際列車のため追加料金1.5ユーロが必要で、検札時に車掌から購入した。オーストリア国鉄の機関車が牽引、コンパートメントスタイルの客車にたった1.5ユーロの追加で乗車でき、これまたご機嫌な汽車旅であった。開閉する窓から山あり谷ありの日本にも共通する車窓を楽しんだ。
鉄道の旅2日目は地中海に近いコペルへ向かい、路線バスに乗り継いで海辺の街ピランへ行った。リュブリャナ―コペル間は153km、運賃9.6ユーロ+インターシティ料金1.5ユーロ。車両は3両連接の電車。
ほかの路線でもそうだったが、スロベニアの鉄道車両はすべてクロスシートで、ロングシートの通勤然とした車両はない。しいていえば自転車を載せる部分と、2階建て車両の階段付近がレイアウトの関係で窓に背を向けている。
すべての列車にトイレがあり、ゴミ箱もある。どの車両に乗っても汽車旅旅情があった。感心するのは、ある年代以降の車両は、普通列車でも電源コンセントがあることだ。ほとんどの人がスマホにダウンロードしたアプリで鉄道を利用していて、QRコード部分が乗車券、車掌はQRコードで正しい乗車券かどうかをチェックしている。スロベニアでもほかのヨーロッパ諸国同様にIT化が進んでいた。このようなことからも列車内に電源コンセントは必須なのであろう。今回の旅行中、イタリアにも足を伸ばしたが、切符のシステムは同様で、やはり座席には必ず電源コンセントがあった。
2階建て電車も運行
鉄道の旅3日目はリュブリャナからブレッド湖を往復した。ブレッド湖最寄りの駅は2カ所あり、往路と復路で異なる駅を利用してみた。往路はオーストリア行き国際列車に乗ったので、料金は運賃5.1ユーロ+国際列車料金1.5ユーロ、復路はローカルなディーゼルカーと、2階建て電車を乗り継いで運賃6.6ユーロ。
ローカルディーゼルカーの車窓は日本ほど鮮やかではないものの紅葉も見ることができた。2階建ての電車は、通勤時間帯にリュブリャナ駅を多く発着しているので、主目的は通勤時の全員着席といった趣旨の車両であろうが、それにしても座席がゆったりしていて、こんな寛げる車両で通勤しているというのは日本とは雲泥の差であると感じる。
鉄道の旅4日目は、イタリアのもっとも東の町であるトリエステへ足を伸ばした。リュブリャナ―トリエステ間は、途中の国境の駅オピチーナで普通電車同士を乗り継いで2時間39分、運賃は往復16ユーロであった。スロベニア、イタリアともにシェンゲン協定加盟国なので、パスポートチェックなどはなく、国が変わったというだけで特段の手続きなどはいっさいない。
スロベニアは隣国からの国際列車が多く、ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、ハンガリー、クロアチアへの国際列車が縦横に運行していて、そのなかには寝台車を連結した夜行も含まれる。国際列車は国内のインターシティの役割も兼ねていて、隣国への客、国内だけを移動する客、そして、オーストリアからクロアチアなど、スロベニアを通り抜けるだけの客が通過することもある。
日本のような問題が何もない
こうして、私はスロベニアに丸7日滞在して、そのうち4日間、鉄道の旅を楽しみ、残り3日間はリュブリャナ市内観光やバスの旅を楽しんだ。余談であるが、スロベニアの旅はバスを利用するとさらに安く移動でき、円安といわれるものの日本の交通費は諸物価に比べて高いことを感じる。
多くの日本人がコロナ禍によって海外旅行にブランクができてしまったと思うが、久し振りに海外で鉄道を利用するのは、日本の鉄道を外から見直すという意味でいい機会だと思う。島国ゆえに、多くの人が日本の常識に慣れてしまい、ガラパゴス化しているということに気付かないことだって多い。
スロベニアでもローカル列車の主たる利用者は高校生で、日本に似た状況だったが、日本のように新幹線のような儲かる路線があるわけではない。どう考えても儲かってなさそうであるが、国鉄ゆえにうまく機能しているのだろうか。スロベニアのローカル列車に乗車していると、日本には儲かる新幹線などがあるにもかかわらず、なぜローカル線が維持できないのだろう。日本の人件費は安いままなので、いったい日本はどこがいけないのだろうと感じてしまうほどである。
スロベニアはユーロ圏では物価の安い国であるが、それでも旅行者物価としては、食費や宿泊費は日本よりも高く、食事は1食につき10ユーロは必要な感じで、宿泊もホステルと呼ぶドミトリーに泊まったが、それでも1泊日本円で4000円以上であった。ところが、交通費だけは日本の半分程度に感じた。
駅に改札はなく、駅舎は夜に閉まってしまうが、ホームなどは24時間出入り自由、ベンチも多く、人々たちはキックスケーターなどで行き来している。意外なことにホームは禁煙でもなく、やや遅れているとも感じる。
ひとつ儲かっていそうなのが貨物輸送で、首都のリュブリャナ駅でも貨物列車が頻繁に通る。スロベニア国鉄の電気機関車牽引の列車もあるが、オーストリア国鉄の電気機関車が引いてくる列車も多く、国際貨物輸送の通過国になっているようだ。世界的な海運会社の海上コンテナを満載した列車、タンカーに加えて、日本では見なくなった自動車を運ぶ車両も多く見られた。ベンツの出来立ての自動車が満載だったり、小麦など穀物類を運ぶホッパー車の編成だったりと、貨物列車は終日、かなり頻繁に通過した。貨物輸送という鉄道の得意分野をうまく活かせていると感じた。
格安バスが席巻
こんなスロベニアは、ここのところドイツ、オーストリア、イタリアなど近隣国からの旅行者で大賑わいである。リュブリャナでは、ドミトリーの宿などでこれらの国から来たという旅行客に多く出くわした。宿のおばさんも、「今年は10月になってもピークなのよ」と言っていた。ロシアのウクライナ侵攻によってエネルギー供給が不安定となり、ドイツやオーストリアでは一般家庭の電気代が3倍に跳ね上がり、諸物価が軒並み高騰したのだという。
冒頭に「スロベニアはユーロ圏で物価がもっとも安い国」と述べたが、ドイツやオーストリアからの旅行者にとっては物価が安くて手軽な旅行先なのである。しかし、これら観光客で街が大賑わいの割に国際列車は混雑しているような光景は見なかった。
そこで、ウィーンから来た観光客にどうやってここへ来たか訪ねてみたところ、格安バスという答えが返ってきた。現在ヨーロッパを席巻しているFLIX BUSである。彼らはドイツやオーストリアから日本円で4000~5000円相当でやってきていた。気軽に来られるので週末の1泊2日程度の人が多いのだ。
リュブリャナでも駅前のバスターミナルではなく、駅近くの路上のバス停を発着していて、日本の格安バスに似た運行である。バス停に時刻表はなく、専用アプリでのみスケジュールの確認や予約ができるというもので、2013年設立以来急成長している。ヨーロッパでも鉄道に変わって長距離バスが台頭している様子もうかがえたのである。
コロナ禍が落ち着き、海外旅行再開と思っていたところに、円安や物価高のニュースが飛び込んできて、今ひとつ海外旅行再開が盛り上がらないが、物価の比較的安い国を目的地にし、往復の飛行機にLCCを利用したり、ヨーロッパ方面なら比較的運賃の安い中東産油国の航空会社を利用したりし、現地での宿泊をホテルではなくホステルを利用すれば、リーズナブルな旅行はいくらでも可能である。ホステルを利用すれば、共用キッチンなどで自炊して費用を節約している旅行者も多くみられ、彼らとのコミュニケーションは旅を楽しくする。
世界はコロナ禍以前に戻っている
今回の旅では、シンガポール到着後、成田に帰国するまでマスクの必要はまったくなかった。スロベニアではマスクを着用しようにも、マスクをしていたのでは奇異の目で見られるに違いないという雰囲気であった。ヨーロッパでは航空会社の客室乗務員さえマスクなしである。
日本ではいまだに「人との接触を極力避け」などといわれているが、世界はコロナ以前と何ら変わらず、「旅は見知らぬ人とのコミュニケーションがもっとも大切」に戻っていたのである。
(谷川 一巳 : 交通ライター)
11/30 04:30
東洋経済オンライン