新型「エクストレイル」が中国市場で不評の誤算
中国で日産「アリア」が発売された。アリアは「艾睿雅」と表記され、2022年9月27日に日産自動車と東風汽車の中国合弁企業、東風日産からの発売となった。
価格は27.28万~34.28万元、航続距離(中国のCLTC基準)は533~623km
、充電量は約40分で30%から80%に達する。東風日産は2018年にガソリン車「シルフィ」のEVバージョンを投入したが、販売が振るわず、オンライン配車サービス向けが中心となっている。
EV専用モデルであるアリアは、中国の中間所得層をターゲットとしており、日産の中国電動化シフトを担う戦略モデルとして大いに期待される。一方、2018年以降、日産の中国での販売台数は減少傾向にあり、2022年は2018年比で約3割減と予測されている。
トヨタやホンダの中国販売が好調を維持している中、長年、中国で日系車首位だった日産が成長にブレーキをかけている。なぜ、日産は中国で伸び悩むのか。中国市場で生じた日産の変化と、事業の課題を浮き彫りにする。
トヨタ、ホンダに抜かれて3位に
日産は2020年以降、インドネシア工場やスペイン工場を閉鎖するなど、世界で過剰な生産能力の削減を行い、中国とアメリカに注力した。その結果、2021年の世界販売台数は前年比4.3%減の388万台となったが、そのうち中国での販売台数が35.6%を占めるまでに拡大した。
中国市場での日産は、2019年にトヨタとホンダに抜かれて、日系メーカー3位にまで転落した。また、2022年1~10月の販売台数は、前年同期比17.3%減の92.6万台で、トヨタの同時期販売台数の57%にとどまっている。乗用車事業(東風日産、東風ヴェヌーシア、インフィニティ)と小型商用車事業(鄭州日産など)を個別に見ると、それぞれ15.5%減、26.2%減だ。
商用車市場は、政府のインフラ整備に伴う特需や燃費規制の強化による買い替え需要などの要因に左右されやすい側面がある。一方、乗用車市場では日系メーカーが健闘している中での減少だ。その要因を分析してみよう。
1つ目の要因は、初期の車種に過大依存し、ラインナップの全面開花が実現できなかったことにある。シルフィ・シリーズはロングホイールベースに大きなフロントグリルを装着するなど、中国人の好みに合ったテイストを取り入れ、コストパフォーマンスの高さとともに着実に製品競争力を高めている。
2018年には、初めて上汽フォルクスワーゲンの「ラヴィーダ」を超えて、中国乗用車市場のトップモデルとなった。その後も堅調で、2021年の販売台数は51.3万台、2022年1~10月には36.6万台を販売。5年連続での首位を維持している。
東風日産の新車販売に占めるシルフィの割合は、2018年の36%から2022年1~10月は46%へと上昇した。他のモデルの不振により東風日産全体の販売台数が減少している中、シルフィの好調は対照的で、はっきりと明暗がわかれている。
2つ目の要因は、主力SUVで起きた予想外の事情だ。東風日産が2021年7月に、中国市場で4代目となる新型「エクストレイル」を投入した。日本でも2022年の夏に発売されたモデルだ。
ダウンサイジングが裏目に
先代エクストレイルは2.0リッターと2.5リッターエンジンを搭載していたのに対し、1.5リッターのターボエンジンを採用する新モデルは、100kmを走行するのに必要な燃料が5.8リッター(=17.2km/L)となり、従来型の2.0リッターエンジンと比較すると、燃費効率は6.5%も改善した。それでいて走行性能は、2.5リッターエンジンに遜色ないレベルだ。
しかし、期待される新モデルの売れ行きは、予想外に低迷している。3代目エクストレイルの販売台数が2019年20.7万台、2020年17.5万台だったのに対し、新モデルは2021年7.9万台、2022年は1~9月で1.1万台と、大きく減少している。販売不調の主な要因は、パワートレインにあると見られる。
4代目エクストレイルは、ルノー・日産・三菱アライアンス共用の「CMF・C/Dプラットフォーム」で作られている。「CMF・C/D」とは、「コモン・モジュール・ファミリー、C/Dセグメント」を意味する。
エンジンは従来の4気筒自然吸気ガソリンエンジンではなく、新たに開発された3気筒ガソリンターボエンジンを採用している。日本仕様とは異なり、e-POWERではない。この3気筒エンジンが、「高回転域で特有の振動音を発生する」とユーザーが指摘した。
その他の車種では見られない現象であるため、「エンジンの異常だ」といった口コミが広まり、新型エクストレイルにはネガティブなイメージが定着してしまったのだ。
3気筒エンジンは構造上、振動が発生しやすい。これが、中国人の志向に合わないのだろう。かつては人気車種であったフォード「フォーカス」やビュイック「エクセル」も、3気筒エンジンモデルを投入すると、いずれも販売台数の減少を余儀なくされた。
そんな中、鄭州日産は2021年末に先代エクストレイルをベースとした4気筒エンジンの「エクストレイル・栄躍」を投入し、ファンの流失を防ごうとしている。しかし、旧モデルが復活したことによるネガティブなイメージが先行し、エクストレイルそのものを敬遠する消費者を増やす結果となった。
東風日産は、2022年8月に「4気筒エンジンを搭載する新型エクストレイルを2年後に投入する」と発表し、主力SUVモデルの復権を図ろうとしている。
エクストレイルと同じプラットフォームから生まれた「キャシュカイ」は、中国で人気を集めており、2022年1~10月の販売台数は13万台で、第7位となっている。しかし、キャシュカイを除くと、日産ブランドSUVの存在感は薄い。
ヴェヌーシアブランドの誤算
3つ目の要因は、ローカルブランド「東風ヴェヌーシア」の低迷だ。ヴェヌーシアは、東風日産が2012年にコンパクト車「ティーダ」のプラットフォームをベースとしてスタートしたブランドである。
「日産品質の安価ブランド」をキャッチコピーとし、ファーストカー市場の開拓に注力。2017年には、同ブランドを東風日産から独立させ、東風ヴェヌーシアを設立する。
日産プラットフォームを流用しながらも独自デザインの採用に切り替え、若年層をターゲットとするブランドコンセプトも打ち出した結果、同年の販売台数は14.3万台を記録した。
しかし、2017年以降、新車販売の減速が起こると、低価格車市場の競争が一層激しくなり、ヴェヌーシア車も苦戦。東風ヴェヌーシアの販売台数は、2018年に13.2万台、2020年には8.1万台にまで減少してしまう。
かかるなか、東風日産は2020年末に東風ヴェヌーシアを統合し、日産と並ぶ2ブランド体制で再びスタート。2021年には、ヴェヌーシアブランドの新型コンパクトSUV「啓辰大V(V-Online)」を投入するが、通年の販売台数は8.0万台にとどまっている。
日産は、車種や車格の壁を越えて共通化したモジュールの組み合わせによるクルマ作りに取り組み、コストダウンも実現したものの、有力車種が少ないことや廉価帯の中国専用ブランドの販売低迷が響いている。
2022年1~10の販売台数で3万台超となった車種の数を見ると、日産が3車種であるのに対し、トヨタは14車種、ホンダも12車種ある。また、モデルチェンジした主力車種の不振、ディーラーの値引き販売に加え、中国における日産車のブランド力が低下していると見られる。
“ゴーン時代”は、新興国市場を強化する方針を掲げ、販売台数の目標を優先した。その結果、値引き販売が行われることになり、ブランド力の低下をもたらしたとも言える。
こうした方針が、中国事業全体にも大きく影響を与えている。コロナ禍でファーストカーを買おうとしていた人の収入が減り、そこをメイン顧客にする中国系、韓国系、フランス系の新車販売は大苦戦。買い替え検討者のクルマ選びは、安全性や信頼性を重視する傾向にあり、新車需要も廉価車から中高級車へシフトしつつある。
日系車は、中間所得層以上が主に買い替えを目的に購入するため、ブランド力が物を言う。特にトヨタは廉価帯をほとんど手がけておらず、ハイブリッド車(HEV)をラインナップする優位性もあり、逆風下でも販売拡大を実現できていると言える。
「Nissan Ambition 2030」は実現できるか
日産は2021年11月、電気自動車(BEV)を中心とした“電動化”を戦略の中核とする長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」を発表した。
電動化対応に今後5年間で2兆円を投資し、BEVと独自のHEV技術であるe-POWERを搭載した車両を2026年度までに20車種導入。ヨーロッパ、日本、中国における電動車の販売比率をそれぞれ75%超、55%超、40%超とすると掲げた。そして、2030年度までに新型電動車を23車種投入し、グローバルでラインナップの半数以上を電動車とすることを目指す。
中国で内燃機関車(エンジン車)の販売が低迷している中、日産はBEVシフトで新たな成長を図ろうとしている。熾烈な市場競争が続く中、日産にとっては、技術力とブランド力の向上による独自性や差別化が一層需要となる。また、BEVは走行性能、航速距離、安全性の向上だけではなく、車載電池の安定調達を含む車両のコストダウンにも注力する必要があるだろう。
なお、2022年11月6日には、蘇州市に新会社「日産モビリティサービス」の設立を上海市で開かれた「第5回中国国際輸入博覧会」で発表した。自動運転技術を活用する「ロボットタクシー」事業に取り組む会社だ。こうした自動運転を含む次世代技術の開発競争はとどまることがなく、投資を継続するためにも収益力の強化は重要であろう。
(湯 進 : みずほ銀行ビジネスソリューション部 主任研究員、中央大学兼任教員、上海工程技術大学客員教授)
11/24 05:00
東洋経済オンライン