「マンション漏水事故」の95%は給湯管ピンホール

マンションと電卓

マンション漏水事故は、いつ、どこで起こるのかわからない(写真:years/PIXTA)
「上の階から水が漏れてきた」「下の階を水浸しにしてしまった」……。マンションにお住まいの方なら、漏水事故について一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。
よその住戸で起きたことでも、他人事とは言ってはいられないのが、マンション漏水事故の怖いところ。漏水事故の95%は、給湯管にピンホール(小さい穴)ができることで、発生すると言われている。ピンホールは給湯管に使われている銅管の経年変化、老朽化によって生じる。経年変化だから、いつ、どこで事故が起こるのかわからない。つまり、マンションに住んでいれば、あなたも突然、漏水事故の加害者、あるいは被害者になる可能性があるのだ。
今回は、『優良中古マンション 不都合な真実』を著書にもつ伊藤歩氏にピンホール事故の根深さ、悲惨さについて解説してもらう。

「水回りの設備がダメになる」の真相

読者の皆さんも、近年、高経年のマンションが増えているけれど、区分所有者間の合意形成が図れず、建て替えがなかなか進まないという話はよく耳にされていると思います。

そして、軀体、つまり鉄筋や鉄骨、コンクリートでできている部分は数十年やそこらではダメにならないけれど、水回りの設備が数十年でダメになる。

だから、竣工から40年、50年経過すると、建て替えが必要になるのだ、という話も耳にされたことがあるでしょう。

ではその「水回りの設備がダメになる」現象とは、具体的にはどういう現象を指すのか、想像してみたことがありますでしょうか。

代表的な事例が「給湯管」のピンホール事故なのです。銅でできている給湯管が経年変化によって劣化し、小さな穴が開いてしまうことで起こります。

もちろん、共用部や専有部の「給水管」や「排水管」が劣化し、そこから漏れた水や排水が住戸内に流入する被害や、どこからか雨水が住戸に流れ込む被害も、水回りの設備がダメになる現象に含まれます。

それでも「漏水事故の95%は上階の給湯管ピンホール」事故です。漏水が発生し、それに対応する設備工事会社の経験値がまさにコレなのです。

多くの高経年マンションで、建て替え議論が始まる発端となる「水回りの設備がダメになる」ことが、実は9割方「給湯管のピンホール事故の多発」を意味していることに、結びつけて認識されていないのです。

なぜ事故情報が共有されないのか

ところが、多発しているのにとにかく情報がない。報道記事はもちろんのこと、専門家が書いた書籍もありません。調べて出てくるのは、せいぜい設備工事会社によるブログレベルのものです。なぜこんなに情報がないのでしょうか。

「ピンホール事故は必ず専有部分で起きるから」です。専有部分とはマンションの区分所有者が単独で所有権をもち、管理責任を負っている部分ですので、事故の情報を共用部の管理を担うマンション管理組合では共有しにくいのです。

それでは誰が事故の情報をもっているかというと、それはマンション管理会社です。

管理会社は最も詳細な情報をもっています。常駐の管理人がいるマンションであれば、管理会社に雇われている管理人に、常駐の管理人がいない場合は管理会社のコールセンターに、被害者から事故の第一報が入り、その後の業者の手配から保険請求、当事者間の示談まで、一切を管理会社のフロントマネージャーが仕切るからです。

しかし、管理会社のフロントマネージャーが「専有部で起きたことだから管理組合と詳細に情報を共有する必要はない」と考えたら、管理組合には通り一遍の報告しかしないでしょう。

管理会社が情報を管理組合と共有する、それも問題の本質やマンション全体に及ぶであろう影響なども含め、かなりていねいに共有しない限り、同じマンション内でも過去の経験値は活かされないままになるのです。

ピンホール事故は他人事じゃない理由

情報がなくても、専有部で起きたことでも、他人事とは言ってはいられないのが、ピンホール事故の怖いところです。

ピンホール事故はいつ、どの住戸に起きるか予測が不能で、いつ自分が加害者になるかわかりません。明日は我が身なのです。最上階の住民以外のすべての住民が突然被害者になる可能性をもち、1階の住民以外のすべての住民が突然加害者になる可能性をもっているのです。

そして、何よりも重要なのは、たとえ自分の部屋で事故が起きなくても、同じマンション内での事故発生件数が増えてくると、保険会社から、マンション全体で加入している「マンション総合保険」への加入を拒絶されるという点です。

事故が起きると保険を使います。自動車の保険を思い浮かべていただければわかると思いますが、保険金を請求する契約者は、保険会社にとってありがたくない存在なので、保険料を引き上げたり、繰り返し事故を起こして保険金を請求してくる人については、契約自体を断るという対応になります。

マンション総合保険に関しても同じで、同一マンション内で全戸の大体15〜20%くらいの住戸でピンホール事故が発生すると、保険会社によっては保険契約を断ってくるのです。

とんでもない高額の保険料で保険契約を受ける保険会社もありますが、高額の保険料は管理組合の財政を圧迫します。それでも契約をしてくれるならまだしも、5年後の契約期間満了時にもう一度更新してくれる保証はありません。

保険加入できないと、最悪「スラム化」

もしも保険がかけられなくなるとどうなるか。不動産を売買したり賃貸したりする際に、仲介業者が発行する重要事項説明書にはその旨を記載しなければなりません。

保険に入れないマンションは事実上、売買も賃貸もできなくなります。仲介業者は基本的にそんな物件をあっせんしないからです。

保険を使えなくなればピンホール事故が起きても、その対応に必要な費用は管理組合の自腹。共用部からの雨漏りで被害を受ける住戸が出た場合も管理組合の自腹になります。そんなこんなで修繕積立金は瞬く間に減っていきます。

手元不如意になることで必要な修繕を先送りし、管理状態が悪くなり始めたら、修繕積立金の徴収率も落ち、瞬く間にスラム化します

保険の更新時期が到来したタイミングで、突然管理会社から「保険契約を断られました」と告げられたら、もう大変なことになります。

何もアドバイスをしなかった管理会社のフロントマネージャーを罵倒する人、理事会の怠慢だと言って理事長や理事を責める人、何も知らなかったのだから仕方がないだろうと開き直る理事、専有部のことは管理会社の仕事ではないと言って、同じく開き直る管理会社のフロントマネージャー……。良好だったコミュニティは一瞬にして崩壊します。

住民同士の大喧嘩が起こるケースも

このことを、筆者自身の住戸の給湯管ピンホールを埋める工事をしてくれた日本リニューアルの工藤秀明社長に教えられ、仰天しました。

ネットで連絡先を調べ、会いに行った著名なマンション管理士にも聞いてみると、

「理事長にアドバイスをしても、理事長本人宅がピンホール事故を経験していないと、人によってはなんの根拠もなく自分のところは大丈夫と考え、真面目に聞かない場合もある」

「逆に、理事会はそうなっては大変だから、以前から全戸での予防工事の必要性を説いていたのに、一部の楽観論者の反対でぐずぐず先送りしているうちに、事故が多発してしまうというケースもある。そんなマンションが保険加入を断られると、文字通り住民同士で大ゲンカになる」

と語っていました。

前出の日本リニューアルの工藤社長によれば、マンションによって差はあるものの、肌感覚では築20年超で全戸の10%、築30年を超えてくると全戸の15%から30%、築40年超だと全戸のほぼ50%超の確率でピンホール事故は起きていると言います。

日本リニューアルは給湯管のピンホールを埋めるライニング技術をもっていて、2015年以降の7年間で、工事実績は6900戸(2022年8月時点)に達し、1年先まで受注が決まっている盛況ぶりです。

多発するピンホール事故の公式の統計がない

にもかかわらず、国土交通省も、マンション管理組合の全国組織も、まったくピンホール事故の統計をもっていません。

2020年3月に、ピンホール事故のリスクに関する単発記事を、あるインターネット媒体で執筆したところ、おびただしい数の批判コメントがつきました。「例外的な事故をさも大量に発生しているかのような書き方をして必要以上に不安を煽っている」「取材もせず字数稼ぎのためにウソの記事を書いて恥ずかしくないのか」といった類の書き込みです。ピンホール事故について世間の認知が広がることが不利益と考える人がいるのかもしれません。

大手損保は2019年10月に、自然災害とマンションの漏水事故の急増を理由に、保険料体系を大幅に見直しています。それまでは導入していなかった、保険事故の発生率を保険料に反映させる制度を導入したのです。

近年は事故の増加で保険金の請求機会が急増し、保険更新時に保険会社から提示される保険料がとんでもない額にハネ上がったことで、この問題に気づく管理組合が増えてきています。

それでもいまだに全国レベルで統計がとれる体制が整う状況にはありません。マンション管理組合や区分所有者には、とても不利益な状況になっています。

(伊藤 歩 : 金融ジャーナリスト)

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